Rainy,Rainy
31
雨など一滴もふっていないのに傘をさしてわずかな日だまりでしゃがみ込んでいる***に近づいた。
隣に腰を下ろすと、空を見上げていたらしい視線が自分へと向けられる。
その鮮やかな黄色い虹彩はいつみても慣れない。
「雨でも降りそうなのか?」
自分の言葉に首を横に振った***はぼんやりとその視線を地面へ落とした。
雨月が長期の仕事を好まない、というのは聞いたことがある。
実際に彼がそう口にした訳ではないが、長期の仕事を受けることがほとんどないからだ。
本来なら彼に依頼しようなどとは思わないのだが、ひょんなことから彼がサトツの一人息子だと知り、駄目元でお願いしたら、意外にも仕事を受けてもらえた。
それがちょうど1ヶ月ほど前のことだ。
信じられないほどの広範囲で動物たちの動きを察知し、水辺を見つける彼の能力に助けられ、仕事は予想以上にはかどっている。
護衛屋よりもそういう方向の仕事の方が向いているんじゃないかと思ったくらいだ。
ただ、はじめはくるくるとよく動き回り、無邪気に笑ってよく皆と話していたのに、最近はこうして一人でじっとしていることが多い。
どことなく落ち込んでいるように見えて、頼りなくすらある。
それで、なぜか皆に自分が彼に何かしたのではないかとあらぬ容疑をかけられ今に至るのだ。
原因を聞き出すにも、カイトはそういうことをさりげなく聞けるほど器用ではない。
隣に座ったはいいが、言葉が見つからずその柔らかいくせ毛をなでる。
「……どうした? 元気がないぞ」
結局遠回しも何もなくなってしまい、その場で頭を抱えたくなったが、ぎりぎりで我慢した。
***は膝にあごを乗せ、小さくため息をついた。
「ちょっと疲れてるだけ」
短くそう言った***はぱちん、と傘を畳んだ。そういえば、彼が傘を畳んだのはここへきて初めてかもしれない、とその小さな傘に目をやった。
「湿気が多いんだよね、ここ」
「まあ……たしかにな。雨期も近いし」
「……俺はさ、雨は嫌い。水も嫌い。だからこういう湿気の多いところも本当は得意じゃないんだよ」
こつんと自分の肩に頭を預けた***は、そのままゆっくりとまぶたを閉じた。
瞳が見えなくなったことが少しだけ残念だ。
本当に疲れているのか、くったりと体重を預けてくる***を支える。
「疲れてるんなら、今日はもう休むか?」
「……ああ、そうか。カイトは知らないのか」
俺は、雨の降っているときとか、水気の多い場所では常に発の状態なんだよ、と思いもかけないことを口にした***にカイトはどういうことかとその頭を見下ろした。
もしそれが文字通りの意味なら、よく一ヶ月も持ったものだ。
正直、疲れたなんてものじゃないだろう。
「俺の念はさ、俺の周りの水気を排除するためのものなんだよね、簡単に言っちゃうとさ。どうしてそんな念にしたのかカイトには分かんないだろうけど、俺にはこれが結構切実なんだ」
地面についた手のひらから伝わるしっとりとした水の気配。青々とした葉に含まれる水分。目に見えるもの、肌に感じるもの。
今まで意識したことはなかったが、特別水に敏感ではないカイトにも感じられる水の気配。
しかしそれに嫌悪を感じたことはない。
***の言わんとしていることが分からず、カイトは続く言葉をおとなしく待った。
「初めて会ったときに言ったろ? カイトは晴男だって。俺は、雨男なんだよ」
わずかに頭を持ち上げ視線を合わせて微笑んだ顔は、いつものそれと違ってどこか儚げで、かける言葉を失う。
これは、彼の本質に触れる話だと、漠然と理解した。
「俺はきっと、水の事故で死ぬ。母さんもそうだった。父さんは晴男だけど、俺の空を晴らしてくれる人じゃない」
あの人は母さんの空を青空にできても、俺の雨を止めることはできない。そう言った***の顔は泣いているように見えた。
瞳は乾いていたけれども、それが逆に青い空を渇望しているようでもある。
「俺が、***の晴男とは限らないだろ?」
「分かるよ。カイトで間違いない。現に、ここは今湖の底じゃないだろ?」
カイトがいなかったら、そのくらい雨がふってもおかしくないと、暗に言う***
にほおが引きつった。
さすがに、そこまでの雨男だとは思っていなかったのだ。本気か冗談かは判然としないが、そこまでいけば個人レベルを遥かに超えて天災レベルだ。
「カイト……俺は男だけど、俺の雨を止めてくれるのはカイトがいい」
しっかりと目を合わせて珍しく真剣な顔で言われたプロポーズまがいの台詞に、「考えさせてくれ」と返すのがカイトの精一杯だった。