Rainy,Rainy

21

二度目の邂逅は、偶然。

依頼人との待ち合わせの場所に行くと、見知った顔があった。
喫茶店で待ち合わせなど初めてのことだ。
暗殺の依頼なのに、こんな日の高い時間に大通りに面した喫茶店を指定してくる人間はそうそういないだろう。
外は、先ほど降り出したばかりの雨でザァザァと耳障りな音がする。
依頼人の顔は知らなかったから軽く店内を見渡すと、知った顔が、にこりと笑ってこっちこっちと手を振った。
あれの隣に座っているのが、もしかして依頼人なのだろうか。
足音も立てずにそちらに近づくと、向かいの席を勧められる。
彼の隣に座る依頼人らしい男は、どこかびくびくと落ち着きがなかった。
「ひさしぶり、イルミ。1年ぶりくらい?」
始めてあったとき同様、恐れの感じられない声。
名前は、なんだったか。
「…依頼人?」
彼の隣に座る男を指差して聞くと、是とうなずく。
「…ていうか、名前、なんだったっけ?」
「がーん、イルミってば忘れちゃったの? ちゃんと名乗ったじゃん」
「1年前に1回だけね。覚えてないよ、そんなの」
わざとらしく落ち込む相手にさらりと返す。
覚えていないものは、仕方ない。顔を覚えていただけ自分ではましなほうだ。
「もう、***だよ、***。もう忘れないでね」
「はいはい」
なんだか、昔からの知り合いのような会話だなと思う。自分のペースにあわせてくれているのか、それが彼のペースなのか、はたまた、自分が彼のペースに巻き込まれているのか。
ただ、めずらしく話しやすい相手だ、とイルミは思った。

22

約束は、雨を呼ぶ。

体の中に、蛟を飼っているのだと母は言った。
本当かどうかは今となっては確認のしようがないけれど、自分の中に別の意思を感じる時がある。

母は、水の事故で死んだ。
そのときに、今までは気配しか感じていなかったのもがするりと、自分の中に入ってきたような感覚を覚えた。
思えばあれが蛟だったのかもしれない。
だからきっと、自分も水の事故で死ぬのだろう。

約束や予定された出来事は、水を呼ぶ。
無計画であれば無計画であるほど雨は降らない。
俺の中にいる蛟は、きっと俺のことが嫌いなのだろう。

まぁ、そんなのは全部気のせいってやつで、本当は俺がどうしようもないほど雨男なだけかも知れないけど。

「あ、もしもしヒソカ? 今どこにいんの?」
『やぁ、久しぶり。まだヨークシンだよ』
「えー…久々に一緒にご飯食べに行こうと思ったのにぃ」
「君はどこにいるんだい?」
「パドキア…イルミんとこ」
ヒソカは好き。一見変人っぽいけど付き合いやすいやつだと思う。
なんか薄味だし。
きっと、自分に対してヒソカがそれほど関心を持ってないせいだろう。
そういったら、昔イルミに変な顔をされた。
『ふぅん…ならどこか他の場所で会おう。しばらく会えなくなりそうだからね』
「そうなの?」
『そうなの』
俺がパドキアでもヨークシンでもない場所、と指定したらヒソカは何も聞かずに場所を指定した。
それなりに付き合いの長い彼は、自分の厄介な体質を分かってくれている数少ない人物だ。
「じゃ、またね」
『ああ』

きっと約束の日は雨が降るのだろう、と今にも泣き出しそうな空を***は見上げた。

23

雨が降った、予定通りだ。

「相変わらずすごいね」
雨にぬれてロビーに入ってきたヒソカは開口一番そう言った。
何が、とは言わずとも分かる。
傘など差さないほうがましと言うくらいの土砂降りを、ガラス越しに眺めた。
「だから、迎えに行こうかって聞いたのに」
「別に、このくらいかまわないさ」
このくらい、といっても結構ずぶぬれのヒソカを見やる。
ホテルの最上階にあるスカイラウンジで食事をしよう、と言う約束だったのだがその格好では入れないだろう。一応、それなりにフォーマルな場所だ。
「水もしたたるいい男だねぇ。でも、それじゃあレストランで門前払いだから、シャワー浴びて着替えなよ。俺も着替えたいしね」
ホテルの2階にブティックがあるから、もともとそこで服を変えるつもりだったのだ。
ついでに、自分から高級ホテルを指定したくせにピエロ姿で登場したヒソカにも服が必要だろう。
まぁ、多分そういう格好で来るだろうと予測はしていたが。説得する手間が省けたと言うものだ。
「いいねぇ、ヒソカのフォーマルな格好。眼福眼福」
適当に一部屋、とカウンターに告げる。もちろんハンター証を出すのも忘れない。

使える特権は使えるときに使わなきゃ。

24

ちらちらと視線を感じる。
外は雨。
ガラス越しに眺める眼下には、色とりどりの傘が咲く。

向かいに座る少年は、自分と同じく黒いスーツに身をつつんでいた。
足元もめずらしく黒い靴を履いている。
まわりから時折向けられる視線は、自分と彼、半々だろう。
きっと本人は自分に視線が向けられているなど、露ほどにも思っていないだろうが。
机に頬杖を突いていた***が、にこりと笑う。ひどく機嫌が良さそうだ。
「やっぱ美形だよねぇ、イルミといいヒソカといい、俺の周りには美形が多くて嬉しいよ」
「そうかい?」
「そうそう」
無邪気に笑う姿は、あの雨月とは思えないほど幼い。
ただ、ヒソカが彼に会ったのはまだ彼が雨月として知られていない駆け出しのころからだから、こちらのほうがしっくりくる。
「ところで、しばらく会えなくなるって言うのはなんなわけ?」
「ああ、グリードアイランドをプレイしてみようかと思ってね」
「グリードアイランド、ねぇ…」
「君も一緒に来るかい?」
「やめとく」
「即答だね」
「だって俺やったことあるもん」
さらっと言われた言葉に、ヒソカは目を丸くした。
「そうなのかい?」
「そうなの」
もともと誘っても断られるだろうとは思っていたが、すでにプレイ済みとは。
「どうだった?」
「最悪。もう二度としたくない」
***は不快気に顔をしかめてそう吐き出した。
嫌悪感をあらわにする彼は珍しい。
表面上は明るく、感情豊かで幼さの残る***だが、中身はどちらかと言えば平坦で大人びている。
別に装っているとかそういうわけではなく、感情が外に出るときに増幅されるという珍しいタイプなのだ。
負の感情に乏しいのかベースラインが負の状態なのか、表面化する感情はほとんど正のもので、それゆえに無邪気そうに見える。
ヒソカは***をそう分析していた。
だからこうして嫌悪感をあらわにしているのは珍しいし、おそらく本気で嫌がっているのだろう。
「…理由を聞いても?」
ヒソカの質問に、***は子供のように口を尖らせた。

「滞在してる間中、雨が降ってたんだよ」

25

携帯がけたたましく鳴った。

人通りの多い道だったために、周りの視線を集めつつもそんなものは気にしない。
雨音に負けないために、音量はいつも最大。
相手を確認しようと鳴り続ける携帯に手をかけたとき、人ごみの中から好奇とは違う視線を感じた。
反射的に握っていた傘を開く。ばっと勢いよく広がる鮮やかな黄色。
遅い。
開ききる前に左手でナイフを抜いた。
互いのナイフの切っ先が、互いの喉に突きつけられている。
結構おもしろい光景だなぁ、とのんきに思った。
相手の印象的な黒い瞳がわずかに光を帯びている。
イルミといいこの男といい、妖しいほどに真っ黒だ。
きっとアレなら世界は違って見えるのだろう。
自分の黄色い虹彩は、強い光に弱い。
お互い微動だにしない中で、そんなどうでも良いことを考えた。
ポツリと頬に冷たい感触。
それが自分にとっての合図だった。
喉の皮膚が裂けるのもかまわず、間合いを詰める。
開いた傘を相手の頭上に掲げ、一気にプレッシャーをかけた。
相手が地面にひざをつくと同時に、ポツリポツリと雨が降り始める。
勝負はついた。
重力を元に戻してやると、相手は何事もなかったように立ち上がって、パンパンとひざについた土を払った。
このやり取りが挨拶代わりになりつつあるな、と首もとの傷を指先でなぞる。
意外と血は出ていないようだ。
大きい傷よりも小さな傷のほうが痛むのは不思議だよなぁ、と指先についた血を雨に流す。
ちゃっかりと自分の傘の下に入り込んできた相手の服で手を拭いてやった。
「めずらしいな、怪我をしてまで勝とうとするなんて」
「別に…俺は、あんたやイルミみたいに強くないけど…生身の人間に負けるほど弱くもない」
「………ずいぶん、情報が早いんだな」
「知り合いが多いからね」
自分より高い位置にある顔を見上げて、ゆったりと微笑んだ。

「無様だね、クロロ」