Rainy,Rainy
26
目の前に並んで座る青年2人を眺める。
容姿の点で言えば、どちらも文句のつけようが無い。
片方は正統派、さわやか系の美形。
一方は黒い髪に鮮やかな目が美しい、少年といっても差し支えない青年。
美形、とまではいかないがくるくると変わる表情がかわいらしい。
通常ならかなり眼福だが、いや、眼福は眼福なのだが。
片方はかなり危険なにおいを発しているし、片方はおばかさんだ。
おばかさんのほうは能天気にニコニコとパフェをほおばっている。
……まあ、そんなところも可愛いのだが。
「***、あたしにもひとくち」
別に、ものすごく欲しいと言うわけではないが、こうおいしそうに食べられては、食べたくなってしまうというものだ。
***はわざわざ苺のところをすくって、スプーンを差し出してくる。
こういうことをさらりとやってしまうところは、文句のつけようもない。
言葉遣いはともかく、こういうところは父親に似て、フェミニストだ。
ぱくり、とそれを口に含んだ。
まさしく、「はい、あ〜ん」状態だ。
***は女をいい気分にさせるのが最高にうまい男だと思う。
「…ところで、そっちの男はなんなのさ?」
ここにきてようやく、顔だけはさわやかな青年に目をやった。
待ち合わせの喫茶店に、何故か***と一緒にやってきた男で、もちろん、知り合いではない。
見ている分にはいいが、親しくはなりたくないタイプだ。
「あ、こいつクロロ。俺のストーカー」
「ストーカー違う!」
スプーンをくわえながらにこやかに言い放った***に、クロロという男はものすごい速さで突っ込みを入れた。
「げんえいりょだんだんちょー」とわざわざ念で書いてよこした***に、ビスケは苦笑をもらす。
天下の幻影旅団も***にかかればかたなしらしい。
27
別にたいした相手じゃないけど、助けてくれるというなら助けてもらう。
それが、いい男なら尚更。
晴れているというのに、おしげもなく開かれた黄色い傘。
男性が使うには不釣合いな小さな傘は、きっと雨具としての用途はないのだろう。
すぐにそれが、彼の念能力に必要なものなのだと分かった。
そして、おそらく具現化系ではないのだろう、ということも。
具現化系なら、こんな武器として使えないものをわざわざ具現化したりしない。
衝撃波のようなもので自分に絡んできた連中を一掃した彼が、くるりとこちらを振り向いた。
放出系か?
自分のかわいらしい容姿を最大限に利用して、礼を述べる。
空気がゆらり、と動いたような気がした。
「でっかい猫をかぶってるね、オネーサン」
黄色い傘の下で、暗く影になっている顔を見上げる。
一瞬で漏れそうになる警戒心を押し込めて、かわいらしくおびえた表情を作った。
「………あの…?」
何のことを言っているのか分からない、とばかりに小首をかしげる。
しかし、そんな演技は無駄だとばかりに相手が口の端を上げ、声もなく笑った。
正体が、ばれている…?
わずかに感じた違和感に、本能のままその場を飛びのく。
特に何も起こっていなかった。
だが、今の違和感は?
あまり、なめてかからないほうがいい相手かもしれない。
視線を鋭くして、ビスケは得体の知れない男を見据えた。
ポツリと、頬に小さな衝撃。
相手から目線をそらさずに片手で頬に触れた。
「狐の嫁入り」
晴れた空を傘越しに見上げた少年は、ポツリとそれだけを言って、傘をくるりと回した。
その言葉が合図だったかのようにポツリポツリと雨が降ってくる。
念か?
「ぬれちゃうよ? せっかくの服が台無しだ」
無防備に近寄ってくる少年にどうするべきか迷った。
「その傘で何をする気なのさ」
あの傘に入ることは、みすみす相手のテリトリーに踏み込むも同然だ。
一見傘に見えるが、あれは傘ではない。
武器だ。
敵意をあらわにしたビスケに対して、少年はまたくるりと傘を回し、からかうようにちいさく笑みを浮かべた。
「なんだ、傘の用途を知らないの?」
28
湿った風が頬を撫でた。
不快感に顔をゆがめながら傘を差す。
こういう場所は、嫌いなんだ。
豊かな水にはぐくまれた木々の茂るジャングル。
そこかしこに水の気配を感じてうんざりした。
「***」
狭い空を見上げて水の気配をたどっていた***にサトツは声をかけた。
護衛屋としてそれなりに高い評価を受けている息子は、最近では引っ張りだこのようで親としては微妙な心境だ。
派手な外見から名前ばかりが広まってしまったこともあり、いつもハラハラさせられる。
妻によく似た外見。似たのは外見だけではない。
ときおり見せる行動や発言が、初めて会ったころの彼女を彷彿とさせた。
2人とも、雨を予測するのが得意だ。それが時々、怖くもある。
「なに、父さん」
「人を紹介するから、こっちに来なさい」
「んー。依頼人って奴?」
しばらく仕事はしない、とぐずる息子をなだめすかして連れてきたのは、知り合いから是非、と頼まれたからだ。
***がサトツの息子と知ると、たいそう驚いていた。
「全くお前は…口の利き方に気をつけなさい」
この先で、彼らは仕事をしているはずだ。
生態調査をしている彼らからすれば、息子の水の気配を読む特技は貴重らしい。
水の気配、というのがサトツにはよく分からないが、息子の天気予報は外れたことがない。
そのことを言ったら息子は嫌そうな顔をしていたが。
彼にとって水は、恵みではない。
それでも、その特技が人の役に立つこともあることを知ってほしかった。
29
雨は嫌い、水も嫌い。
でも、水は自分のことが嫌いな訳ではなく、むしろその逆で愛していると言っても過言ではないのだろう。
だからこそ、自分の周りに集まってくる。
湿地は自分にとってアウェイでありながら、ホームでもある。
水気の多い場所では、地面を走る水脈に念を走らせてより広い範囲の気配を探れるからだ。
「向こうの方……7キロくらい先に池があるよ」
割と生き物も多そう、と言った自分に調査隊の人たちが感心したように父親に目を向けた。
なんだか、動物園のライオンにでもなった気分だ。
まぁ、自分はライオンなんて立派な動物じゃなくて、アライグマとか、プレーリードッグのたぐいだろうけど。
ぽつりぽつりと控えめに降る雨が、傘布をはじく。
幾ばくもしないうちに霧のように細かな雨が降り出した。
土砂降りではなくとも、水の多い場所だから嫌が応にも体力を消費してしまう。
雨が降れば降るだけ、念を使わなくてはいけないから、こういう水の多い場所は自分にはメリットよりもデメリットの方が多い。
父親には悪いけれど、やはりこの仕事は断ろうと心に固く決める。
ふいに、遠くで水脈を踏む気配。
「誰かいるよ」
かなり遠いけど。
こんなところにいるのはどう好意的に考えても一般人ではないので、警告の意味も込めて皆に告げると、ああ、と何か納得したようにうなずかれた。
「カイトじゃないかな。俺たちのリーダーだよ。こっちに向かってる?」
うなずく。
気配は確実にスピードを上げて自分たちの方へと向かっていた。
30
さぁ、と雲が晴れた。
霧のように降っていた細かな雨もない。
さしていた傘をおろしても、自分を濡らすものはいなかった。水の気配が引いていく。
目の前に立つまぶしいまでの金髪の男は、父の知り合いで今回の依頼人らしい。
父が彼と話しているのを横目に、くるくると傘を回し水を払う。念を使ってもよかったのだが、父親の前でやると後がいろいろ面倒そうだったので、細かな水滴をそのままに、また定位置へと戻した。
すぐにたたむと骨が錆びてしまう。
しかし、それはそれでよくなかったのか、ぱしん、と父親にはたかれた。
「雨が上がったんだから、たたみなさい」
「いったいなー。すぐたたんだら乾かないだろ!」
いつものように口を尖らせて抗議すると、小さな笑い声。
見れば、先ほどの金髪の男が小刻みに肩をふるわせている。右手で口元を押さえうつむいていて表情は分からないが、自分と父親のやり取りがツボに入ったらしいことは間違いない。
自分と父親の視線に気づいたのか、彼は咳払いをして平然を装った。
何もかも遅いが、まあそこは気づかない振りをしてあげるのが優しさというものだろう。
「サトツさんもやっぱり親ですね」
「……お恥ずかしいところをお見せして」
「
いえいえ、新鮮でよかったですよ」
いやいやその返しはフォローになってないだろうよ、と金髪の男と父親のやり取りを眺める。
そういえば、まだ自己紹介をしていないけれど、さっき誰かが彼のことをカイトと呼んでいたし、向こうは依頼人で父親と知り合いなのだから自分のことは知っているだろう。
「なあ、あんたその金髪地毛?」
長い金髪に手を伸ばして一房つかむと、憎たらしいくらいストレートでさらさらだ。
さらさら具合で負けるつもりはないが、くせっ毛の自分にはうらやましい髪質だ。
「あたっ!」
再びはたかれて小気味よい音をたてる。
昔はそんなこともなかったのだが、俺が口よりも先に行動してしまうタイプだからなのか、はたまた言っても聞かないタイプだからなのか、昔は辛抱強く口で諭していた父親も最近は手が出る。もちろん本気ではないからたいして痛くもないが。
犬のしつけみたいだ。
はたかれた後頭部をさすっていると、男が小刻みに揺れているのが髪から手のひらに伝わる。
笑い上戸なのか。
「面白いな、雨月は」
髪は地毛だよ、と初対面でいきなり髪をつかまれたことに不快な顔もせず男は微笑んだ。
木々の間から差し込む木漏れ日が、金髪を照らしていて、無意識にその光を目で追った。
そのまま相手の顔にたどり着き、視線があう。
「なあ、あんた、晴男だろ」
太陽の色だ。
握っていた金髪をぐっと引いて、突然のことに身を屈めた相手の唇に一瞬だけ口づけた。
驚いたように目を見開く相手と至近距離で目が合う。
ずっとずっと、探していた相手だと確信した。