Rainy,Rainy

06

鮮やかな黄色に染まった水を見て、やっぱり、と溜息をつきそうになった。

「あれ? 色が変わるのって何系?」
「放出系です。まあ、妥当なところでしょう」
ふーんと自分のことなのにどうでも良さそうな相槌をうつ息子に、どうしたものかと頭を悩ませる。
どのような能力にするか、ということについては父親である自分にも口を出す余地はないだろう。
自分にあった能力は、その本人にしか分からない。
まぁ、あまりに道に外れたものを選択しようものなら全力で止めるが。
「念能力はどのような物が良いか、考えはありますか」
「ないよ。だいたい、今系統が分かったわけだし。これから考えるよ」
「そうですか…自分にあったの能力は自分にしか分からないでしょう。
よく考えて決めることです」
「んー、分かった。2,3日考えとくよ」
よく考える、というのが息子によって2,3日考えると読みかえられてることに頭痛を覚える。
「…慎重に決めなさい」
「うん。だから次の修行は3日後ね」
念を押すように「慎重に」といった言葉もむなしい。
言いたいことだけ言って息子は黄色い傘片手に出かけてしまった。
彼の脳内では3日後には能力が決定されているらしい。ものすごく不安だ。
自分に教えられることはないと思ったが、やはり最後まで口を出したほうが良かったかもしれないと早くも後悔した。

雲行きの怪しくなってきた空に、息子の将来も雲行きが怪しいとサトツは今はなき妻に助けを求めた。

07

9月1日、ヨークシン

「今夜午後9時、セメンタリービルでコルコ王女のミイラが競売にかけられる。
トチーノ、ヴェーゼ、***、競りはお前たちに任せる」
リーダーのダルツォルネの言葉に頷きつつも、疑問だった。
黒いスーツに黄色のシャツを着込んだ雨月は自分とそう変わらぬ年のように見える。
「ねぇ、トチーノ。俺グラサンとかかけたほうがいいかな?」
最初の印象と違って、口を開けばひどくフランクな言葉が次々と出てくる。まるで、小さな子供のような話し方だ。
「…なんでグラサン?」
「んー…ちょっとは大人っぽく見えるかなぁって」
「なんだそれ。やめとけよ、なんか似合わねぇって」
いつのまにか仲良くなったのか、トチーノが雨月の言葉に笑いながら返す。
たしかに、彼にグラサンは似合わないだろう。
それに、あの黄色の瞳。
黄色い傘がトレードマークになっていて陰に隠れてしまいがちだが、確かに雨月の噂の中にはその情報がある。
黒い髪に黄色い瞳。
もともと「雨月」という呼び名は本人が名乗ったものではなくまわりが勝手に呼び出したものだという。
由来は、雨の中にその黄色の傘が月のように映えるからというのが一般的だが、一説には、黒い髪からのぞく瞳が月のようだからというのもある。
黄色い瞳を持つ人間が、一体どれほどいるのか。
以前に比べ、雇うのが格段に難しくなったと言われる雨月。その彼が地下競売に現れれば、それは一種のステータスにはならないだろうか。
自分ではなく、彼が選ばれたこともそのせいだろうか。
先を歩くのそ背中を見ながらそう考えていると、くるりと彼が振り返った。
ガラス越しに黄色の瞳と目があう。
いつの間にかけたのか、顔にはレンズの小さな眼鏡をかけていた。
伊達だろうな、と多少大人っぽく見えるアイテムに判断を下す。
どうでもいいことを真剣に考えてしまうのは、癖の様なものだ。
歩調を遅らせて自分の横にわざわざ並んだ雨月に気付かぬ振りをして、視線を前に向けたまま歩く。
「あんたさ…俺のこと気に食わないって顔してるね」
「…べつに、そんなことはない」
直球でものをいう男だ。なんでも分かっている、というような目がやけに癇に障った。
「ああ、怒んないでよ。別に俺とあんた、たいした違いはないさ。ただ、今夜は雨が降るからね」
雨月の言葉に内心で首をかしげる。言葉の意味がよく理解できなかった。
たいした違いはない、だた自分が選ばれたのは今夜が雨だから、という意味だろうか。
「…地下競売に雨も何もないだろう。それに今夜の天気は晴れだ」
「そんなことはないさ。地下だから雨が降らないなんて言い切れないだろ?」
「貴様まさか…地下競売に傘を持っていく気か」
「もちろん」
その手にしっかりと握られた黄色の傘はどうやら地下競売まで本気で持っていくらしい。非常識にもほどがあるだろう。
とても自分には真似できない。

世の中には理解不能の人間もいるものだ、とクラピカは大変失礼な判断を下した。

08

この傘が、自分にとっての空だった。


昔から、決まって遠足の日は雨だった。
いや、遠足だけじゃなく行事という行事は全て雨。照る照る坊主がなんの役に立つ。
だから、雨にいい思い出なんて一つもない。
黄色い傘は、母が買ってくれたものだった。雨の日でも気分が明るくなるように、と。
いつも空は暗くよどんで、さえぎられた視界には鮮やかな黄色。
それを見ると、母の言葉を思い出して少しだけ落ち着く。

それでもやっぱり、ぐっしょりと塗れた服にため息をつきたくなるのだ。
自分の人生は、ひどく諦めにも似た憂鬱さで過ぎていく。

くるくると傘をまわす。
雨が降ればたいした役には立たないそれを見上げる。
くるくる、くるくる。
傘をまわすのは、癖のようなもので手持ち無沙汰になるとやってしまう、ちょっとした暇つぶしのようなものだ。
「念能力ねぇ」
どんなものが良いか、と言われても特に欲しい能力なんてない。
そもそも放出系なんて、取り合えず放出してれば良いのでは? なんて。
六性図では確か強化系と操作系の間。
強化系のほうがよかったなぁ、考えなくて良い。
考え事をしている間に、ズボンがだんだんしけってきたことに眉根を寄せる。
「…っていうか念能力なんて要らないから…」
そうだ、念能力なんていらない。
ぱっと思いついた考えに、知らず笑みがこぼれる。
「俺って天才かも」
くるくるっと傘をまわして、靴に泥が跳ねるのも気にせず走り出す。

そう、この傘が、自分にとっての空。

09

雨が降るから、と黄色い傘を持ったままセメンタリービルに入った雨月を、意外にも警備の人間はすんなりと通した。
それを不思議に思いつつも、まぁ、「あの」雨月だし、危険はないと判断されたのだろうと自己完結。
強面のマフィアたちが集まる中でも、彼は緊張のかけらもなく飄々としていた。
ちらちらとその鮮やかな傘に向けられる視線にもまったくの無反応で、落ち着いたものだ。
明らかに未成年と分かる風貌は回りから浮くかと懸念されたが、それはまったくの杞憂だったようだ。
意外と幼い雨月に、なんだか兄のような気分になってしまう。
「なぁ、本当に雨なんか降るのか?」
今夜は星が良く見える。とても雨が降るようには見えなかった。
うーん…と慣れないメガネを直しながら、雨月が視線を天井に走らせる。そこに空はないはずなのに、まるで見えているかのような仕草だった。
「降るよ」
妙に確信めいた口調で雨月は言った。
まるで、予言のようだ。
「ずいぶんはっきり言い切るんだな」
「まあね…まぁ、これは経験則だけど、こういうときは必ず降るし、ネオンちゃんに占ってもらったから」
「ネオンちゃん………ってお前ボスに占ってもらったのか!?」
いつの間に。
驚く俺に、雨月はこともなげにうなづいた。「占いってどんなもんか興味あったから」と楽しそうに語る雨月に尊敬すら感じる。
「お前って…すごい奴だな…」
ある種尊敬するよ。
「ん? 褒められてんの? 貶されてんの?」
褒めてんだよと返すと、「ありがと」と素直な答えが返ってくる。
噂と違って結構かわいいやつだよな、とトチーノはその頭を軽くなでてやった。

地下競売が始まる。

10

にこにこと機嫌の良い息子に、嫌な予感を覚えて一歩後退さる。
「父さん父さん!俺念能力考えたよ」
もうばっちり、という息子になぜだか分からないが冷や汗がどっと出てきた。
「そうか…それで、どういうのにするつもりですか?」
引きつった笑みをなんとかかえす。どうか自分の思い過ごしであってくれ。
ばっと黄色い傘を開いた息子は「これを使おう思って」と言った。
やめてくれ、とはさすがにいえない。
使い慣れたものや、愛着のあるものと言うのは不思議なもので、念の効果を高めると言うのは定説だ。
とうとうその傘を処分する機会を失ったことに、内心で頭を抱えた。
「………そうですか…それで、どんな能力なんです」
「聞いて驚け!なんと、これをさすだけであら不思議!雨にぬれないんだな!」
まるで通信販売のような口調で、いつもよりいささか高いテンションの息子に、意識が飛びそうだった。
どう? 驚いた? 驚いた? と子供のように目を輝かせて覗き込んでくる息子に、お前はいったいいくつだと小一時間…、いけない現実を見つめるんだ自分。
何とか自分を鼓舞し、息子の暴走を止めようと口を開く。
「…お前は…放出系でしょう。いったいどうするつもりですか」
「ちゃんと考えてるよ。えーと、俺は放出系だから、お隣は操作系でしょ? だから傘の下に限定して、って言っても実際は円のできる範囲だからもうちょっと広いんだけどね、水の出入りを操作できるようにしようと思って」
なんで素直に放出系の能力を使わないんだ、というかそんなくだらないことに念能力を使うな、と突っ込みたくなる自分を必死で抑える。
そんな自分の葛藤には気づかず、息子はなおも続ける。
「で、水の出入り操作するのって結構難しいから、制約をつけてみたんだ」
「………ちなみにどんな制約ですか」
「傘を使用しないとすべての念を使えない」
「…***、ちょっと座りなさい」

結論として、止めようにもすでに修行に取り掛かっているらしい息子の念に、サトツはなす術もなかった。