三月の雨

01

屋上には先客がいた
その顔には見覚えがある、同じクラスの柚木崎圭だ。大きめのゴーグルをつけていて分かりづらいが、おそらく間違いないだろう。
器用にもフェンスの上にたっている。よくよく見れば履いているのは普通の靴ではない。
ホイールがついているから、インラインスケートの類いだろう。
そんなものでフェンスの上に立つなんて自殺行為だ。
「……こんにちは」
「……こんにちは。すごい格好だね、黒羽」
驚いたように振り返った柚木崎の言葉に、彼よりも驚いたのはもちろん快斗の方だ。
その様子から、おそらく柚木崎がここにいるのは単なる偶然だと思うが、彼が自分の名を呼んだのはたまたまではない。
それは確信のこもった声だった。
ポーカーフェイスを保ったまま、何のことでしょう? としらを切ってみる。
夜風は冷たいのに、汗をかいていた。
フェンスから柚木崎が飛び降りて、ジャッとコンクリートの上をこする音がする。
昼間のどこか目立たない彼とは少し違った印象を受けた。
「一度実物を見たいとは思ってたけど、いやはや、こんなに早く見られるとはね」
くすくすと楽しそうに笑うその顔に敵意は無い。しかし薄ら寒い物を感じて快斗は一歩下がった。
「何故俺がここに来ると?」
「ああ……偶然、偶然。まあ、夜中に徘徊してりゃそのうち会えるかなーとは思ってたけどね」
あと、遠くから見えたからこの辺に降りるんじゃないかと思って来てみた、と人差し指で空をさした。
空には綺麗な月が出ていた。

02

自分が漫画という世界観の中で生きていたことを知ったのはつい最近。
そしてここも漫画という世界観の中であるということにはとっくに気づいていた。

ゲーム好きが高じてゲーム作成会社に就職して5年。
仕事のきつさにやめていったもの多数。
その中で5年努めてきた自分は、気づけば上よりも下の方が増えていた。
というか、就職したときに次々にやめていって、気がつけば2番目に長い。
圭の次に長く勤めているのはまだ2年目だ。
「お先失礼します」
「お疲れー」
最近ようやく一つ仕事が終わって余裕が出てきた所だ。今日は家に帰れる。
終わった、と言ってもまだテストやらバグ取りやらあるわけだが、まだ納期まで日がある。
これは結構奇跡的な早さだった。
帰って寝るか、と歩いてすぐの自宅に向かう。
一人暮らしを始めたのは就職してからだが、ほとんど寝る意外に用途のない部屋はひどく殺風景だ。
アンテナにつないでいないゲーム専用のテレビとゲーム機各種、パソコンが3台。
後はベッドと、小さな本棚が一つ。
以前机くらい買えと言われた記憶がある。
ベッドの上に置きっぱなしにしていた寝間着に着替えて携帯のタイマーをセットした。
背の低いベッドに横になると、幾ばくもしないうちに睡魔が襲ってくる。
それが、俺が覚えている世界の最後だった。
寝る前にこの前買った新作のゲームしときゃ良かった、と真っ先に後悔したことはここだけの話だ。

何が楽しくてまた高校生からやり直さなくてはならないのか、と思わなくもない。
最近会ったばかりのクラスメイト達とまるで以前からの知り合いのように言葉を交わすのも、高校生らしく、多少幼さを演じるのもここ一ヶ月で慣れた。
くじを引いて自分の番号と、黒板に書かれた表を眺める。
窓際後ろの席とは、つくづくくじ運が良いなぁ、と皆にぶーぶー言われながらも移動した。
許せ、少年達。おじさんはもう前で授業を受けられるほど若くないんだ。
イスに座ってだらしなく体重を背にかけ、足を伸ばす。
どうでも良いが、この昔ながらの学校の机っていうのは、高校生男子には少し窮屈だよね、とはみ出した自分の足を見遣った。
がたがたと隣に移動してきた机が目に入る。残念、男だったようだ。
まあ、高校生女子が隣に座って喜ぶような年でもないので、本当のところはどうでも良いと思っている。
顔を上げると、まだ2、3度しか言葉を交わしたことの無い相手だった。
「お隣さんか。よろしく、黒羽」
「……ああ」
もとい、怪盗キッドさん。
漫画の中の彼は、今現実のものとして俺の前にたっていた。
やはり、どこからどう見ても怪盗キッドだ。
漫画の存在を知らなくても、彼が怪盗キッドだと分かる自信が圭にはある。
「昨夜はどーも」
「……何の話だ」
ああ、そう来るとは思ってたけど、と圭は肩をすくめた。
もとより彼のことを知っている圭からしてみれば、当たり前の事実だが、快斗が怪盗キッドだと知るものは少ない。
正直、彼の母親と寺井くらいではないだろうか。
個人的にいわせれば、あんなに顔丸出しで分からない方がおかしい。
頬杖をついて窓の外を眺めた。3階の窓からは校庭くらいしか見えない。
どこの学校も一緒だな、とそのどことなく懐かしい風景に目を細めた。


近くに小学校でもあるのか、朝の登校時間や、さぼって早く帰るときによく子供の姿を見かける。
ランドセル姿を見るたびに、あそこまで若返らなくって良かった、と心底思う。
小学生になってたら、思わず江戸川コナンと名乗ってしまう所だろう。というか、実際自分の姿を鏡で見たときに「コナンかよ」と思わず口にした。
この世界での記憶は、ありがたいことにちゃんとある。
ただしそれは、体験したような記憶ではなく、テレビで見るようなものだ。
日常生活に支障がないのは助かるが、音も匂いも無い記憶は何もかもをどうでも良くさせた。
やはり自分には、元の世界で生きた時間がすべてだ、と時々思う。
「圭お兄ちゃん!」
高い、幼い声にはっとなった。
耳につけていたイヤホンをはずす。
後ろを振りかえると無邪気に駆け寄ってくるいとこの姿があった。
「歩美ちゃん、今帰り?」
「うん、これからみんなで阿笠博士の所に遊びにいくの!」
皆、という言葉に歩美ちゃんの走ってきた方向に視線をやる。
ああ、なるほど、歩美ちゃんって、あの歩美ちゃんだったのか、と今頃になって怪盗キッドの世界と名探偵コナンの世界がつながっていることを思い出したのだった。

03

エレベーターで下りる途中、赤ん坊を抱えた女性と入れ替わりになった哀はどうやってこの建物から脱出すべきか頭を巡らせた。
既に退路と言う退路は断たれている。目の前には、途切れてしまった連絡通路があるだけ。
まったく、ただパーティーに参加しただけだと言うのに、結局はこうなるのか、といつも通りと言えばいつも通りの展開にため息をついた。
自分の手を引いて歩きだした少年はまだ高校生。
工藤新一のような頭脳も無ければ怪盗キッドのような身軽さも無い、普通の高校生だ。
高校生にしては落ち着いた雰囲気を持っているが、今はそれも意味が無い。
「どこへ行くの」
「ん? ああ、とりあえず上に登ろうと思って」
暗い中を迷わず進む彼は、夜目が利くのか哀の手を引いてずんずんと進む。
正直上に登っても何の解決にもならないと思ったが、それしか無いのも事実だ。
これ以上下へ降りてもすぐに炎に行く手を阻まれるだろう。
彼の考えは、愚かではあったが最善でもあった。
意外だったのは、彼の口調がいつものそれと変わらなかったところだ。
この状況で少しも慌てていないなんて、なかなか出来ることではない。
「……助からないわね、私たち」
「大丈夫、ちゃんと助けるよ」
子供を不安にさせないための気休めだろうと、哀はその言葉に頷いた。自分にとっては何の意味も無いその言葉も、相手の配慮だとちゃんと分かっている。
それに付き合っても、罰は当たらないだろう。


そういえば、すっかり忘れていた。
結構最初の方から、圭はこれが「天国へのカウントダウン」だと気づいていた。
だからビルが爆破されても驚かなかったし、連絡通路が落ちても特に危機感はなかった。
そもそも、自分にはA.Tという相棒がいる。
おそらくこれが必要になるだろうと最初から履いてきていたくらいには映画の内容を覚えているつもりだった。
だから、わざわざ66階のエレベーター前で待っていたわけだし。
子供達全員を抱えて飛ぶことは出来ないが、1人2人なら何とかなる。
エレベーターから降りようとする元太達をとどめるのは結構骨が折れた。
その甲斐もあって、エレベーターから下りたのは哀ちゃんだけだ。
あとはA.Tをつかって適当なビルに飛び移るだけ、のはずだったのだが……犯人のこと忘れてたよー……。
とりあえずコナンもとい工藤新一の代わりに探偵のまねごとなんてやって、お前が犯人だー、とまぬけな台詞をはいたはいいが。
「あーあ、自殺しちゃったよ」
そういえば、コナンは麻酔銃で眠らせてたっけ。ついでにこのあと部屋中に爆弾仕掛けてあって車で向こうのビルに飛び移るんだった、と思い出したときには既に遅い。
しっかり毒を含んでくれちゃったご老体はもうぴくりとも動かないし、個人的には車で脱出とか、危険極まりない行為はご遠慮したい。
爆風と一緒に飛び出すとか、主人公がいなければ生きていられないのは目に見えてる。
いや、時間測るのは自信あるけどさ。30秒どころか1時間だって余裕だ。今となっては必要の無い能力だけど。
さて、申し訳ないけどもう死んでしまったご老体はこのまま放置して、さっさと逃げようと、ポケットの中から100円玉を取り出した。

まるで、最初から分かっていたと言う風に淡々と犯人を追いつめた少年は、老人が毒を含むのを見ても変わった様子はなかった。
くるりと死体に背を向けて、先ほどと変わらない顔で行こうか、と哀を促す。
大人しく手を引かれて、時折遠ざかる死体に視線を向けた。
ひょい、と軽く持ち上げられてバーカウンターに下ろされる。
のばされた手が酒を手に取った。何故、と思ってすぐその理由を目にする。
「爆弾……!」
「あと5分だね」
淡々と言った少年に、哀はようやく何かがおかしいと思いだした。
彼は、一体何者なのだろう。
吉田さんのいとこ、高校生。ごくごく普通の少年だったはずだ。
その認識が間違っていたのか。
まるで、こうなることをすべて知っていたかのような態度に、哀は初めて不信感を抱いた。
ポケットから100円玉を取り出した少年の行動を静かに見守る。
窓に近寄った少年はその100円玉でガラスに何度か円をかいた。ガラスをこする不快な音に哀は顔をしかめた。
描いた円の中心を肘で打つ。数回繰り返すと、意外にも厚いガラスにひびが入った。
われたガラスは眼下へと落ちてゆき、冷静な部分で下は大丈夫だっただろうかと、哀はその光景を眺めた。
「哀ちゃん」
こっちへ、と窓枠に足をかけた圭が手を差し伸べる。
まさか、ここから飛び降りる気なのか、とその手と顔の間を視線で行き来した。
風に彼の短い髪がなびいている。ここは75階。風も強い。
「哀ちゃん? ……大丈夫、怖くないよ」
安心させるように微笑を浮かべた圭に、哀はためらいつつもその手を取った。どちらにしてもこのままでは死んでしまうのだ。
賭けてみるのも悪くない。
ちょっとごめんね、と哀を抱え上げた圭は危なげも無く窓枠の上にたった。
地面は遥か遠く、この高さなら気を失っている間に死ねそうだ、と皮肉な気持ちで笑った。
「首、ちゃんと掴まっててね」
下から視線をはずして、言われるままにその首に両腕をまわした。暗い建物の壁が空に変わって、落ちていることを知った。
耳にごうごうと風を切る音が聞こえる。
ジャッ、とこすれるような音が聞こえて、視界が一転した。
違う、落ちているんじゃない、登っているんだと遠ざかる眼下の景色を眺める。
一瞬の熱を感じた後、どうしようもない浮遊感を感じてみぞおちの辺りからわき上がる嫌な感覚にとらわれた。
上下逆さまの、炎に包まれたビルが視界に入る。
向こうのビルに飛び移るつもりだろうが、このスピードでは無理だ。壁に激突する、と冷静な頭で計算を導きだした。
「爆発するよ、目、つむって」
耳元でいわれた言葉に目をつむると同時に、爆風を受けた。ぐん、と体が加速するのが分かる。
目を開くと、ビルの壁がすぐ近くにある。まるでそこが地面であるかのように壁の上を移動していた。
くるくると視点が何度か変わって、最後に夜空が見えた。

僅かな衝撃とともに、ようやく視点がいつも通りのものになって、哀は助かったのだと理解した。
「はい、到着」
怖かったね、と下ろされて優しく頭を撫でられる。
怖かった? いや、怖くはなかった。
「平気」
「……そっか」
穏やかに笑った彼の顔が、何故か目に焼き付いた。

04

「あれ、こんばんは。また会ったね、黒羽」
「……こんばんは」
まったく、こんな所で何をしているんです? と呆れたようにため息をついたキッドに圭はゴーグルを下ろして首にかける。
なに、と言われてもこの世界にはA.Tが存在しないので、返答に困る。
「ま、夜遊びは男の甲斐性ってね」
「聞いたことありませんよ、そんなの」
「あはは。それよりほら、早くしないと月が陰るよ」
人差し指で空をさした柚木崎に、快斗はこの時ほどポーカーフェイスを保つのに苦労したことは無い。
いったいこいつはどこまで知っているんだ、と探るように柚木崎を見つめた。
そんな快斗の様子など気にもとめず、再びゴーグルをつけた柚木崎は黒いコートの裾を風になびかせて、信じられないことに快斗の目の前から姿を消した。
慌ててフェンスに駆け寄ると、下に柚木崎の姿は無い。地面に死体が無いことに安堵の息が漏れた。


3時過ぎに退屈な授業に見切りを付けたのか「俺もう帰るわ」と隠すことも無く堂々と教室を出て行った柚木崎の後を快斗は追いかけた。
後ろから青子の呼び止める声がしたが、聞こえないふりをした。
つくづく思うが、彼もたいがい自由すぎると思う。
追いかけてくる快斗に気づいた柚木崎が、歩みを遅らせる。
「黒羽、サボんの?」
「お互い様だろ」
俺は良いんだよ、とよく分からないことを当然のように言って柚木崎が軽そうな鞄を肩にかけ直す。
つくづく思うが、教材もほとんど学校に置きっぱなしで、よくさぼるくせに成績上位者だと言うのが納得いかない。
「つーかよ、前から気になってたんだけど、お前何者だよ」
「何者と言われても……」
そんな哲学的な質問には答えられない、と猫背気味に歩きながら興味なさそうに視線を虚空に漂わせた圭からは、まるで生気と言うものが感じられない。
「馬鹿、そういうことじゃなくて何で俺のこと知ってるのかって聞いてんだよ」
「あれ、キッドだって認める気になったの」
「てめえ……」
「怒んないでよ。うーん……なんでっていわれても、俺的には分からない方がどうかしてるとしか」
顔丸出しじゃん、と心底不思議そうにつぶやいた柚木崎に、テレビや新聞に映っている自分の顔をもう一度確認してみようと、少しだけ背筋が寒くなった。

05

「……歩美ちゃん、俺、これは聞いてないんだけど」
「皆の方が楽しいでしょ?」
「……そうだね」
というか、他にも保護者がいるなら、自分は必要ないのでは、と思わず遠い目をした。
ことの始まりは、昨日の夜、圭、と自分を呼んだ人物にある。
「なに、ゆかりさん」
40とは思えぬ声と顔で圭を呼んだのは、「母」と呼ぶと激怒する世にも珍しい、まぎれも無く血のつながったこの世界での圭の母親だった。
「姉さんが明日歩美ちゃんのお守りをお願いしたいみたいなんだけど」
「あー……、まぁ、いいよ。別に用もないし」
「ごめんね。遊園地に行くらしいんだけどね、急に仕事が入ったみたいで」
遊園地ねぇ、と圭は差し出されたパンフレットを受け取った。
正直、インドアな圭にはあまり気の進まない話だったが、まあいいか、とその話を受けた。
蓋を開ければ参加者はいつもの犯罪遭遇率100%のメンバーだったわけだが。
「すいません、俺までお邪魔しちゃって」
「いいえ〜」
「ガキのお守りは多い方が助かるよ」
笑顔で否定した欄と、はなから子供の面倒を見る気の無い小五郎は圭の参加を快く受け入れてくれた。
一方圭は、この顔ぶれに不安を覚えずにはいられない。
ぜったい、何もなしにかえって来れないな、と確信した。


目の前に置かれた腕輪型のフリーパスを、圭は胡乱な瞳で眺めた。
時計のように見えるが、ミラクルランドのフリーパスということで喜んで腕につける子供達を尻目に、これ、もってるだけじゃ駄目なんだろうか、と往生際の悪いことを考えた。
「どうされました?」
「いや、これどーしてもつけないといけないのかなって」
「はい、こちらはつけていないと無効となります」
あ、確実にこれ爆発するな、と男性の言葉に圭は確信した。
だってそうだろう。わざわざ腕につけなくても、こういうのはもっていれば問題ないはずだ。
それなのにつけていなければ無効とはこれいかに。
指先に引っ掛けてくるくるともてあそぶ。
「圭お兄ちゃん?」
不思議そうに視線をむけた歩美に、圭は困ったようにわらって冗談まじりに言った。
「いや、経験的にこういうのって爆発するのがセオリーだから、出来れば携帯するだけにしたいなー、って」
そういった時の男性のわずかな動揺を、圭は見逃したりはしなかった。
「ま、毒を食らわば皿まで、ってね」

圭と二人で列に並びながら、さてどうしたものかと哀は思案した。
とりあえず、スーパースネイクに乗るわけにはいかない。
本当なら自分一人が残って、列の後ろにまわる気でいたのだが、子供を一人にするわけにはいかないと思ったのか、今は隣に圭がいる。
こまった、と地面を眺めた所で手を引かれた。
反射的に顔を上げると、圭が後ろに並んでいる人に「どうぞ」と先を譲っている。
その光景にあぜんとした。
「なにやって……」
「あれ? まずかった?」
「なんで……」
「これに乗りたくないんでしょ?」
身を屈めて哀の顔を覗き込んだ圭は、気遣うように優しい笑みを浮かべていた。
一瞬で頬が熱くなるのを感じる。
べつにこんなもの怖くもないが、都合良く勘違いしてくれているので助かる。
哀は無言で頷いた。
「大丈夫、大丈夫」
ぽんぽんと頭を撫でて、つないだ手をそのままに圭は長く連なる列を見た。
「ま、何とかなるよ」
気休めにしかならないその言葉に、哀は不思議と安堵した。

医務室のベッドに横になって、ふと圭の言葉を思い出した。
爆発するのがセオリーだから、と。確かにそういわなかっただろうか。そういえば彼はこのフリーパスをつけるのをずいぶんと渋っていた。
経験的に、って何だろう、とさらに圭の言葉を探る。
今までにもこういうことがあったのだろうか、あったのなら、一体どういう生活をしてきたのだろうか。そういえば、以前ビルから飛び降りた時も、爆弾に驚かなかったし、窓を割る動作も嫌になれていた。
それとも本当に、ちょっとした冗談のつもりで、あんなことを言ったのだろうか。
その確率は低い、と哀は思った。
冗談のつもりならあんなに渋りはしなかっただろう。
では、何故彼は爆発するかもしれないそれを腕につけたのか。
答えは、一つしかない気がした。
−−−毒を食らわば、皿まで。
自分たちだけ逝かせるわけにはいかないと、そう聞こえて面映い。
優しく髪をすく手に視線を向ける。
哀の視線に気づいて、圭が首を傾げた。
「すぐ毛利さんも来てくれるって」
「……ありがとう」
「どういたしまして、というところかな?」
ああ、またこの顔だ、と穏やかに笑った顔にわずかに耳が熱くなった。