癒しを求めた金曜日

12th day - Friday

今週は気のせいか碁漬けな気がする。これは由々しき事態だ。
俺にも心の癒しが欲しい。
学校も今日で終わりだし、ちょっとくらい遊びにいってもいいと思う。
いざ、癒しの地へGO!




「ちゃーっす」
「お、ひさしぶり」
「ひさしぶりー。いやー、金欠なんだよ俺ってば」
だからあんま毎日来れないの、と切実に訴えて勧められた席に座った。
みんな知り合ったばかりの人たちだけど、孫みたいに可愛がってくれる。いい人たちだ。
「あ、置き石してもいい?」
「おー、好きなだけ置け」
「じゃー、五つね」
碁会所では相変わらず俺が打つ。サイに打たせたらとんでもないことになりそうだし、なにより俺の癒しにきてるわけだし?
ここでサイはお役御免。ときどき俺にアドバイスしてもらうくらい。まあでも、それなりに楽しそうだしいいんじゃない?
周りのじいちゃん達にもいろいろアドバイスをもらいながら碁を打つ。ときどき相手してもらってる本人からアドバイスもらうくらいだから、俺は相当下手なんだろう。
別にいいけどね。
「なんだ、にぎやかだと思ってたら来てたのか、雅仁」
「あー、サエキさんだ」
こんにちは、とあおぐように背後に立ったサエキさんに挨拶をする。
うん、今日も素敵にかっちょいいですね。
「少しは上達したかい?」
「サエキさん、まだ初めて2週間経ってないってば」
あいかわらず、俺は基本的なルールを把握してる程度だってば。
上達も何も、うまくなる気皆無ってやつ。
「次俺と打たない?」
「えー……駄目」
「こらこら、せっかくプロが相手してくれるって言うんだから」
「でもさー、俺の相手してもらってもそれこそ宝の持ち腐れ? 無駄遣い? あんま意味ないじゃん」
それに、今日は癒しを求めてここに来たわけだし、どうせならじーちゃん達と打ちたい。
いや、決してサエキさんが嫌とか、そう言うわけじゃないんだけどね?
「そんなことないよ。雅仁はすぐうまくなると思うけどな、俺は」
くしゃくしゃと頭を撫でる大きな手の平にされるがままになる。
あー、いいなこれ。大人の男って感じ?
碁やってる人ってなんか手がいい感じ。塔谷先生とか。
緒方先生も手が綺麗だな、そういえば。エロス。
「……じゃあ、あとで。俺置き石いっぱい置くけどそれでいーなら」
「うん、全然構わないよ」
へたっぴの俺の相手しても楽しくないと思うけど、まあ、本人笑ってるしいっか。

老人達と楽しそうに碁を打つ雅仁を眺めながら冴木は自然と笑みがこぼれた。
雅仁のことは小さい頃のことしか知らないが、あのころはよく冴木に懐いていた。
向こうは覚えていないようだったけれど、まあ無理もない。
物心つくかつかないかという頃だったのだろう。
両親が共働きだったせいか、よく一人で遅くまで公園で遊んでいた後ろ姿を覚えている。
一人二人と減っていく友人達を見送りながら、また明日、と手を振る姿がなんだか寂しかった。
受験の関係なかった自分は、学校の帰りにときどきその姿を見かけて一緒に遊んでやったものだ。
もっと、大人しい子だったような気がするけど。
それにしても、本当に時々だけどいい手を打つなあ。
盤面は雅仁が劣勢。後数手もしないうちに終わるだろう。
周りに集まっている老人たちに習って冴木も近くのイスを引き寄せた。
自分が中学のころも、そう言えばこうやって老人達に囲まれたものだ。
子供は、ここでは珍しいのだろう。
「負けたー」
悔しそうというよりは、楽しそうに笑う雅仁を眺める。
弟がいたらこんな感じかなあ、と思った。
その少し栗色の混じる髪を後ろから撫でる。
そうされるのに慣れているのか、特に抵抗もせず自分を仰ぎ見る雅仁に昔の面影を見た気がした。
「雅仁、今度一緒にご飯食べに行こっか」
「……俺ビンボーだからファミレスでよければ」
「あはは、もちろん俺のおごりだよ」
心配しないで、というと「ラッキー」と嬉しそうに笑って、でもやっぱりファミレスで、と同じ場所をリクエストした。
「遠慮しなくて良いのに」
「いーの! ファミレスが良い」
「分かった分かった」
席を譲ってくれた老人に礼を言って雅仁の向かいに腰を下ろす。
それぞれの碁盤に向かいだす老人達を名残惜しそうに見送って、ようやく雅仁の視線が冴木へと向けられる。
置き石をしようとした手がぴたりと動きを止めた。
すっと下げられたその指を目で追う。ちゃんと石を持てるようになったら映えるだろうな、と昔は小さかったそれの面影を重ねた。
「サエキさん、みんなに内緒に出来る?」
「……なにを?」
「この勝負の結果」
内緒に出来るなら、本気で打ってあげる、と悪戯っぽく笑った雅仁に、冴木は笑って頷いた。


「坊主、こてんぱんにやられたろ」
あわてて盤面を崩した雅仁に近くにいた老人がからかうように笑った。それに雅仁も笑って「内緒」と返す。
その反応に手ひどくやられたと思ったのか、老人達がその頭を撫でたり肩を叩いたりしていく。
もっと手加減してやらないと駄目だよ、と声をかけてくる彼らに冴木は曖昧な笑みを返したのだった。