つかれた月曜日

1st day-Monday

幽霊が見えるとか、そんな繊細な心を俺は持ち合わせていないんだ。




タバコを深く吸う。
初めてすったときに感じた、喉が焼けるようなあの感じはもうない。
別段好きというわけではないけど、なんとなく。
強いて言うなら惰性? 
やめようと思えばいつでもやめれるような、そんな感じ。
でも実際やめようとしたら禁断症状でるんかなぁ、と窓の外に煙を吐いた。
「………あの〜」
弱々しくかけられる声を完全にスルー。
俺には何も聞こえない。
そんなアイフルよろしく見つめられても聞こえない。
「…あのう、私のこと、見えてますよね?」
「見えてない見えてない何も見えてないあーあーキコエナーイ」
「…少なくとも声は聞こえてるじゃないですか」
風に流されていく紫煙を目で追う。
今夜は月がきれいだ。
「…月なんて出てませんよ」
「人の独り言に介入するなよ…てか、お前どう見てもうっすら透けてんすけど」
無視していても一向に消えてくれないので、改めて幽霊を見やる。
粘着質な幽霊だな。
まあ、幽霊な時点で粘着質か。
「…で、何? 何が心残りなの」
「……あなた、失礼な人だって周りから言われませんか」
「別に。だいたい、幽霊相手に礼儀正しくしてどうなる」
そっちこそ失礼な幽霊だ。
相手をしてやるだけ俺はいいやつだと思うが。
それにしても、
「なあ、あんた男? 女?」
声からすると男かもだけど、こんな美人な長髪美人が男でたまるか。
見た感じ平安時代の貴族だけど。
「もちろん男ですよ」
「俺の常識を打ち砕いてくれてありがとう」
きっと昔の日本人は美人さんだったんだ。そうに違いない。
男も女も髪の毛だらだらのばしてるから見分けがつかないんだ。
「…で、俺にしつこく引っ付いてくるからには何か話があるんだろ?」
その瞬間、幽霊の瞳が輝いた気がした。

ヒカルと最後の碁を打った。
自分の時間が残り少ないことは、不思議なことに手に取るように分かっていた。
いつまでも碁を打っていたかった。
それでももう行かなくてはいけない。
自分に課せられた役目は、きっと終わったのだ。
薄れていく視界の中、ヒカルの眠そうな顔が見えた。
なんだかとてもほほえましくて、穏やかな気持ちで最後を迎えることができたことに感謝した。
「で、気がついたらまだ成仏していなかったと?」
「はい、どうもそのようです」
目の前の少年は、盛大なため息をついた。
ヒカルと同じか少し上くらいだろうか? 
雰囲気はヒカルよりずっと年上だが、ヒカルと似た制服を着ているから、きっと同じくらいなのだろう。
視界が途切れた後、気がつけば夕暮れの街に立っていた。
仕事帰りや学校帰りの人間たちが、自分をすり抜けていく。
なぜ。
自分はもう成仏したはずではなかったのか。
この世から本当に消えてしまったのではなかったのか。
混乱もあって道の真ん中に立ち尽くす自分の前に、少年が立ち止まった。
その目は確かに、自分を捕らえていた。
何も言わずに行ってしまったけれど、わざわざ自分を避けるように歩いていったから間違いない。
「…で、のこのこと家までついてきたと…」
「はい」
先ほどと同じように深いため息をつく。
「で、どうすれば満足なわけ」
「満足というか…お願いしてもいいなら、たまにで良いんです。私の変わりに碁を打ってはくれませんか」
「碁ぉ!? 碁なんて打てねーよ? 俺」
「碁石がもてない私の変わりに、打ってくれればそれでいいのです」
「碁ねぇ…」
ヒカルといて、この時代の人間達が碁に明るくないというのは分かっている。
まして、彼くらいの年の人間なら尚更。
全く興味がない様子の少年をじっと見つめる。
彼は困ったように曖昧な笑みを浮かべた。
「……たまにで良いわけ?」
「打ってくれるのですか!?」
「………たまに、だぞ。あくまでたまに」
「構いません。お願いします」
仕方なく、という感じだがそれでもありがたい。
もう碁は打てないと思っていたのだから。
不覚にも、涙が一筋頬をつたった。
そんな私を見ても少年は特に何も言わず、またあのどこか困ったような、仕方がないなあとでも言うような笑みを浮かべ、ずいぶんと短くなってしまったタバコをくわえた。
「…ああ、そういえばまだ名前も聞いてなかったな。俺は河野雅仁。あんたは?」
「佐為です。藤原佐為と申します」
それが、彼、雅仁との出会い。