眩むほどの色彩で

side-a

いつもとは違う光景に、唯は目を瞬いた。
窓から入る風がカーテンを揺らしている。つややかな木目に反射する光が、灯りの無い部屋を照らしていた。
「……アルファードさん?」
ここは……と床に下ろされて唯は視線を巡らせた。
全体的な雰囲気は変わらないが、壁一面を占めるような大きな窓は、いつもの部屋には無い。
そもそも部屋の広さ自体が違う。もともとの部屋はマンションの一室という事もあって、一つ一つの部屋はそれほど広い物ではなかった。
しかし今唯の立っている部屋は、物が少ない事をのぞいても、純粋にひろい。
薄いレースのカーテンの向こうには、いつもは見える建物は無く、どこまでも続くような緑だった。
「ああ……夏だしな、避暑もかねて今年はここで過ごす事にした」
「あ……別荘、もってたんですね」
というか、いくつかはもってそうだ、別荘。と唯はひとり納得してしまった。アルファードの家がお金持ちだと言う事は嫌というほど実感している。
しかし、続くアルファードの言葉は、その唯の考えを上回るものだった。
「いや、ここは買った」
「かっ……え?」
買った。今さらりとそんな事を言いませんでしたか、と思わずアルファードを仰ぎ見る。
しかも何が聞き捨てならないって、ここは、という所だ。
他にもあるんですね、別荘、と心の中でだけ突っ込みを入れておく。
「おいで、唯。部屋に案内しよう」
と言っても、昨日買ったばかりだからあまり家具は整ってないがな、という言葉に、唯は血の気の退く思いだった。
手を引かれて案内された部屋は、確かに物は少なかったが、唯からすれば十分だった。
ベッドもクローゼットも、一通りそろっている。よく一日でここまで、と思わずにはいられない。
細かい事は考えないようにしよう、きっと魔法とか魔法とか魔法とか、唯の常識では計り知れない何かなのだ。
「何か足りない物があれば言いなさい。あと、私の部屋は隣だ」
「あ、はい。ありがとうございます」
キングスブログ駅から直接来てしまったので、部屋に荷物を置いて、ベッドの脇に用意されていたスリッパに履き替えた。
ちゃんともとの家にあった物が用意されているあたり、何気に用意周到だ。
もしや、とおもってクローゼットを開くと、やはり服もそろえられていた。何気に新しいのもありますね、アルファードさん。
リビングに戻ると、すでにお茶とお菓子が用意されていて、紅茶のいい香りが漂っていた。
「お帰りなさいませ、唯様」
おぼんをもって恥ずかしげに笑ったシリルにめろめろになりながら、久々にその頭を撫でた。
ついでにしっかり抱きしめておく。
「ただいま、シリル」
「お……お茶が冷めてしまいますよ!」
照れ隠しにクッションをぐいぐいと勧めてくるシリルに笑いながら、唯はアルファードの隣に腰を下ろした。
フローリングの冷たい感触が気持ち良い。
「ずいぶん短くなったな」
短くなってしまった髪にアルファードが指を絡める。緊張で僅かに肩に力が入った。
「く、癖っ毛なの、分かっちゃいます?」
噛んだ! 意識し過ぎだと緩く波打つ髪をひっぱっる。恥ずかしさに視線が泳いだ。
「短いのも、よく似合う」
「……ありがとうございます」
ああ、久しぶりだな、この感覚。あまりのまぶしさに眼がつぶれそう。平常心平常心とまぶたを伏せて深く呼吸をする。
眼を開くと、いつも通りのきれいな顔でアルファードが微笑んでいた。
「おかえり」
長い指が前髪をかき分けて、やさしく唇が落とされた。ああ、そういえばまだ言っていなかった。
「ただいま帰りました」
そういったとたんに、なんだか涙腺が緩んで視界がかすんだ。別に悲しくも何とも無いのに、不思議だ。
いつも通り髪を撫でられて、ひどく安堵した。それだけだ。
今更だけど、怖かったんだなぁ、と少しひと事のように思って、アルファードの首に両腕をまわした。


ロンドンの部屋に比べて近くに他の民家すらないこの場所は、星がよく見える。
すごいなぁ、とその見事な星空を眺めるために唯はそっと窓を開けた。
ホグワーツからの移動で疲れたせいか、いつもより早くに眠ってしまい、夜中に目が覚めてしまった。
こんな人里離れた所は、唯は初めてだった。
周りを木々に囲まれたこの家は、まるで他から隔離されているようだ。
急にアルファードさんが別荘を用意した意図を考える。
他にも別荘を持っているのに、こうも急にこの場所を用意したわけ。
不意にマルフォイの事を思い出した。あの雪の日に、これと似たような漠然とした不安を感じた。
別荘を用意したのは、あの家から離れるため。わざわざ新しく用意したのは、場所を知られないため。
誰から? そんなの、一人しかいないような気がした。
闇の陣営の事は心のどこかで、自分には、自分たちの生活には影響の無い物だと思っていた。
その考えが甘かったのだろうか。
「……私はただ、静かに暮らしたいだけなのに」
昔は星座なんて全然分からなかった空は、天文学のおかげでだいぶ分かるようになった。
夏とはいえ、夜は涼しい風がふいている。これも都会と田舎の違いだろうか。
床に座り込んで、窓枠に頭を預けた。窓枠の金属が冷たくて気持ちいい。緩い眠気が心地よかった。
わずかに床の軋む音に、ああ、アルファードさんを起こしてしまったかもしれない、と頭の隅で思う。
でも眠くて、すぐには立ち上がれそうになかった。
「こんな所で寝ると風邪を引く」
肩掛けのうえから、人の体温を感じる。ゆっくり後ろを振り返ると、暗い中でもアルファードさんの顔がはっきりと見えた。
月明かりって意外と明るいんだなと近くに膝をついた彼に体重を預ける。
あたたかい。
ああ、この人が好きだなぁ、と思った。


猫のように体を預けてくる唯に苦笑しながら、アルファードはその体を抱き上げた。
「アルファードさん、もし何かあったら、その時は私も連れて行って下さいね」
眠気に目を伏せたままつぶやいた唯の言葉に、アルファードはなんと返すべきか迷った。
もし自分に何かあれば、そのときはユリシーズが唯の面倒を見てくれるよう取りはからっている。
危ない目に遭わせるつもりはなかった。
「……そうだな、考えておこう」