その身を焦がす

side-b

またあの何もかも鮮明になる夏が近づいて、唯は久しぶりの帰宅に頬を緩ませた。
手紙のやり取りはもちろん欠かさなかったが、やはり会いたい。
不安があるとすれば、不慮の事故で短くなったこの髪だ。
長かった頃にはなりを潜めていた癖が出てきて扱いが難しい。
いっそのこと結んでしまいたいのだが、この長さではそれもかなわなかった
もともと髪が細くて柔らかいために軽くなってしまうとまとまらないのだ。
久々にスカートをはいて、終点が近くなった所で唯は襟元のリボンタイを結び直して髪を指で整えた。
「今日はずいぶんおめかしだね」
そんな唯の様子をめざとく指摘したのはポッターだ。
今年は悪戯仕掛人達がコンパートメントに押し掛けてきたので人口密度がいっきに上がった。
迷惑だとばかりにキングは終始彼らを無視してまるで空気のように扱っている。
一方唯はと言えば、そうも邪険に扱えず、相手の思うツボにはまってしまっているわけだが。
「……むしろ、ホグワーツにいる時がいい加減なのよ?」
「ああ、確かに……」
一年の時から一緒のキングは、唯のこの姿を何度も目にしている。
むしろ始めに見た姿がこれなので、こちらの方が印象深い。
いまでこそホグワーツにいる時はほとんどスカートをはかない唯だが、はじめの頃はスカートの方が多かったように思う。
そうか、帰る時はおめかししているのか、と今更ながらに気づいた。
「唯の家って、もしかして厳しいの?」
「んー、そんなこと全然ないかと」
どっちかっていうと、甘い方だと思うわ、という唯の言葉にキングは頬杖をついた。
キングは純血の家庭だからこれで意外と身なりには厳しい。それはもう染み付いてしまっているので、ホグワーツでもあまりラフな格好は好まなかった。
だからてっきり、唯のそれも、家が厳しいことを考慮しての行動かと思ったのだが。
じゃなきゃ、家に帰るのにおめかしする理由が思いつかない。
それにはポッターやブラックも思いいたったのか、首を傾げていた。
列車のスピードが徐々に落ちていってやがて音を立てながら停止する。
にわかにまわりがざわつきだし、通路を人が埋めた。
最後に出れば良いか、とキングはそれをぼんやりと眺めた。
ポッターとブラックも同じ考えなのか、唯達のコンパートメントに限っては誰も立ち上がろうとしない。
「次は9月ね」
「そうね。唯に会えないのはさびしいわ」
「私もよ。手紙を書くわね」
「ふふ、楽しみにしてる」
軽くハグをして笑い合った。
それを見ていたジェームズは自分も手紙を書くよ、と名乗りを上げる。
シリウスはそんな親友の様子を呆れたように見て、「またな」と短く声をかけて隣に座っていた唯の頭を軽く撫でた。
冷たく柔らかな髪が指先に絡まって、するりと逃げていく。
年上にする行為ではないと分かっているのだが、どうにもその幼い容姿から年の差を失念してしまう。
以前そうジェームズに言ったら、そんなのは口実で、ただ無意識に触れたいだけなのではないかと指摘された。
あのときは否定したが、こういう時はその言葉をいちいち思い出す。
そして、無意識に伸びる自分の手を不思議に思うのだ。
「ブラックも、また休み明けにね」
「ああ」
自然と笑みが漏れた。ブラックと呼びながら、ブラック扱いをしない彼女に気づいたのはいつだったか。
そんなシリウスにジェームズがにやにやしていることなんて、幸運にも本人は気づいていない。

がらりと開け放たれた戸にそんな空気も霧散した。
全員の視線がコンパートメントの出口に集中する。
そこに立っていたのは、黒い長髪の、大層な美形だった。
「アルファードさん?」
「アルファード叔父!?」
その姿に唯は思わず立ち上がり、声をあげた。その声がブラックのそれと重なる。
おいで、と手をさしのべるアルファードに戸惑いながらも唯は従った。
いつもなら、ホームの端の方で唯の帰りを待っているのに、と。
いつも目立たないように魔法まで使っているアルファードが、今はそこに堂々と立っていた。
重なった手を引いて、アルファードの腕が当然のように唯を抱き上げた。
頬に柔らかな感触。いつもは玄関先でやり取りされるキスに、唯も反射的にその首に両腕をまわしてハグをした。
いつもは見上げるアルファードの顔を上から眺めるのは、何かと心臓に悪いのと、ホグワーツの行き帰りにはキスかハグとやり取りが決まっているせいと、あとただ単純に久々の再開を喜んでいたという結果の行動だ。
不覚にも、ここがどこかという情報が吹き飛んでいた。
アクシオ、と唯の荷物を呼び寄せてから、アルファードはようやくその視線を甥っ子に向けた。
そして、他の人間にも視線を向ける。
「悪いが、連れて行くぞ」
「キング、またね」
はっと我にかえった唯は少し気まずい顔で、それでも笑みを浮かべて友人に手を振った。
それを見届けて、誰かが声を上げる前にアルファードが杖をふり、その場から二人の姿が消える。
コンパートメントに残されたのは静寂と、戸惑い。
キングは、なるほどあれが唯の保護者か、とブラックに視線を向けた。
唯がブラックに縁のものだとは知らなかった、と自分も荷物を手に取る。
「どういうことだよ! シリウス!」
「お、俺だって何が何やら……アルファード伯父には子供なんていないはず……」
シリウスのつぶやきに、キングは血がつながってないなら唯の態度も納得がいくな、と一人思考を巡らせた。
そして、その理由を言ったら確実に落ち込む奴が複数人いるな、と意地の悪い笑みを浮かべて、コンパートメントをあとにした。
まあ、休み明けには問いつめてやろうと鼻歌まじりにホームへ降り立ったキングの姿を、幸か不幸か唯が目にすることはなかった。