その身を焦がす

side-a

唯の怪我を見て、セブルスは眉根を寄せた。
ゆっくりと口を開く。
「……あんた、馬鹿でしょう」
「失礼な。不慮の事故よ」
それにセブルスが長い長いため息をこれみよがしにつく。それに既視感を覚えながら唯は視線をそらした。
「手、見せて下さい」
「大した事ないわよ? あとも残らないって……」
「いいから」
「……はい」
しぶしぶ差し出された唯の手をとり、セブルスはその包帯を解いた。
まだ一部ただれたままの指先は、赤黒く変色していて痛々しい。
眉間にしわを寄せて、また一つため息をついた。
包帯を巻き直して手を離す。
「あとで、やけどによく効く塗り薬をあげますよ」
「……ありがとう」
にこりと笑った唯に顔を背ける。自分をまっすぐと見つめてくる瞳は、セブルスには馴染みのない物だった。
一週間ほど前に負ったというやけどは、授業中の事故の物だと聞いている。
それを教えてくれたのはルシウス・マルフォイで、それがただの事故ではない事はセブルスも知っていた。
学年が違うので、どうしてものこの手の情報は耳に届かない。
卒業が近い自分にかわって、気にかけてやってくれとマルフォイは寂しげな笑みを浮かべていた。
二人の間にどういうやり取りがあったのかは分からない。でも確かに、ここ最近は言葉を交わす姿を見ていない事にセブルスは気づいていた。
「ほら、行きますよ」
「……セブ君?」
手を差し出したセブルスに唯が首を傾げる。時計は3時をさしていた。
「そろそろお茶の時間でしょう。食堂まで、荷物を持ちますよ」
授業が入っていない時は、だいたいこの時間に食堂でお茶を飲んでいることを、何度か付き合った事があるので知っている。
おそらく、唯の友人もそこで待っているのだろう。
「あ、てっきり手を繋いでくれるのかとおもった」
「……な!? 違いますよ!」
確かにそう言う構図に見えなくもない、と気づいてセブルスは慌てた。
これではまるで下心があったかのようだ。
慌てるセブルスにくすくすと控えめに笑って、唯が手を差し出す。今度はそれにセブルスが首を傾げた。
「エスコートしてくれるんでしょ?」
「……人の話を全く聞いてないでしょう、あなた」
呆れたように目を半眼にしてみても、くすくすと笑うだけで、その手は差し出されたままだ。
幾ばくかの逡巡のあとに観念してその手を取った。
白い、でも自分達とは違う肌の色。少し体温の低い手は年下の自分の物より幾分小さく、やわらかかった。

「俺はあんたの趣味をマジで疑う」
いや、そんな真剣な顔で、深刻な声で言われても、と唯は広げていた本にちらりと視線を戻して、カップに残ったお茶を一口飲んだ。
とりあえずどこまで読んだか分からなくなってはこまるので、栞をはさんでおく。
一体何の話だったか。
「とりあえず、お茶でも飲む?」
「いただこうか」
ずい、と遠慮なくカップを差し出したのはポッターだ。にこにこと笑いながらさり気なくお茶を催促するのはリーマスで、話をそらされた事に怒っているのはブラック。別に、話をそらしたつもりはないのだが。
ひととおりお茶をついで、唯は改めてブラックの台詞を頭で反芻した。
「……私、比較的普通の趣味だと思うけど」
「そんなこといっちゃって〜、知ってるよ、この前スネイプと手を繋いでたろ?」
にやにやと口の端をあげながらからかうようにいったポッターに、唯はようやく合点がいった。
できるだけ人のいない道を歩いていたようだが、セブルスのそんな努力も虚しく、しっかり目撃されていたわけだ。
もちろん、唯はこの程度からかわれただけで照れたりムキになって否定するほど子供ではない。
そもそも本人は弟を見るような気持ちで接しているため、そういう方向にはめっきり鈍くなっていた。
鈍い、というより自分と他の誰かがそう言う関係になる事はありえないと思っていると言っても過言ではない。
だから、残念ながらポッターの望むようなリアクションは返せなかった。
「そうね、繋いでたけど」
「スニベルスと手を繋ぐなんて、唯はあいつとどういう関係?」
「関係、と言われても……手を繋ぐ事ってそんなに特別な事かしら」
ほっぺにちゅー、おでこにちゅーが当たり前のこの世界で、手を繋ぐなんて非常にかわいらしい行為だと唯は思うのだが。
その常識がズレている、ということには残念ながら唯は気づいていなかった。他の人間も、まさか唯がそんな認識をもっているなんて知るはずもないので、正す事は出来ない。
これもひとえに、アルファードとルシウス・マルフォイのせいだが、さすがの彼らもその事には気づいていなかった。
「それに、セブ君はなかなかカッコいいと思うけど」
「はぁ!?」
唯の発言に、シリウスは声を上げた。信じられない、とばかりに唯を凝視する。
それも無理もない。シリウスやジェームスに全く反応を返さない唯が、スネイプの事を「かっこいい」と言ったのだから。
釈然としない。
「おい、良い眼科紹介してやるから、言ってこいよ」
「失礼な。両目1.2よ」
がっしりと両肩をつかんで真面目な顔でいうシリウスに、唯は顔をしかめた。
なんでそんなに必死なんだ、とその整った顔を見返す。悪いが、10代の少年にときめく趣味はあいにくと持ち合わせてない。
あ、顎の下に小さいほくろ発見、とくだらない事に目をとられてふと気づいた。
「ああ、なるほど」
「何だよ」
「私の方が背が低いから、セブ君の顔がよく見えるんだ」
セブ君前髪長いし、猫背だから。なるほど、と一人納得して唯はうんうんと頷いた。
「やー、それにしたって、ボクの方がカッコいいと思うけど?」
頬杖をついて流し目をしてみせたポッターに、唯はきょとりと目を丸くした。
話が全く分からない。いったいこの話は何が本題なのだろう、と首を傾げた。
「……それは好みの問題じゃ」
「ねぇ、唯。ボクの顔はどう?」
にこにこと笑みを浮かべながら無邪気にそう問いかけてきたリーマスは、唯にとってはカッコいいと言うよりは、可愛い感じだが、はたしてそれは褒め言葉だろうか、と言葉を探した。
「……た、たいへん素敵な顔だと思います」
「そう、ありがとう」
どうやら返答は間違っていなかったらしく、より笑みを深くしたリーマスに、唯も笑顔で返した。
「……ってそうじゃねーだろ!」
断じて違う! と声を荒げるブラックに、唯はもう何がなんだか。
リーマスは理解しているらしくくすくすと笑って、困り果てている唯を手招きした。
手を添えて唯に耳打ちする。
「気にしなくて良いよ。あれ、セブルスがカッコいいって言われたのに自分が言われた事ないから拗ねてるんだよ」
「……そんなの、周りの女の子から腐るほど言われてるんじゃないの?」
「まあね。でもきっと唯にも言って欲しいんだと思うよ?」
そういうものなの? と目で問いかけると、リーマスがおおきく頷いた。
男の子の考える事って分からない、と唯はブラックに向き直った。
別にかっこ良くないなんて思っているわけじゃない。アルファードさんと血縁なだけあって、美形だし。
「……ブラックの事ももちろん美形だと思ってるわよ?」
「うれしくねぇ」
あれ? と唯はリーマスを振り返った。なぜか余計に機嫌が悪くなっている気がするのだが。
リーマスは苦笑を浮かべて肩をすくめてみせた。
一体なんだったんだろう、と子供らしい表情で拗ねているブラックにお茶をついだ。
まあ、甘い物でも食べて落ち着け、と思いながらクッキーをひとつ手にとり、そっと差し出す。険しい顔で数秒それを見つめたブラックは、それはそれは深いため息ををついて、それを受け取ったのだった。


要はただのやきもちです