それは、灯火にもにて

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少し行儀悪くソファの上にお山座りをしながら、セブルスの貸してくれた魔法薬学の本に目を落とした。
アルファードさんの送ってくれた膝掛けがあるので、スカートでも全然気にならない。もともと、お上品な育ちではないのだ。
それにしても、暖炉の火は暖かい。この世界に来るまで、見たことすらなかったそれは暖房なんて目じゃなかった。
談話室でのんびりとお茶をしながら本を読むのがここ最近の唯の日課だ。レイブンクローの談話室は、今一時的に人が少ない。その理由は追々説明するとして。
テーブルに手を伸ばしてマグカップを手に取る。甘いミルクコーヒーの味にほっとため息をついた。
「……なぁ」
カップを戻し再びお山座りをして本を読み出した唯に、隣に座っていたシリウスは再び口を開いた。
「なぁ」
「唯、あなたよ」
キングの言葉に、ようやく自分が話しかけられていることに気づいて唯が顔を上げた。
隣、正確にはアルファをはさんで隣に座っているシリウスにようやく唯が顔を向ける。
「何?」
「お前一人だけのんびりしすぎじゃねぇ?」
「……そう?」
テーブルの上では頭を付き合わせてポッターやリーマス達悪戯仕掛人が勉強をしている。それこそ珍しい光景だが、テスト前なので仕方ない。
レイブンクローの談話室がすいているのも、皆図書室や自分の部屋にこもっているせいだ。
唯はと言えば、余裕とも取れる態度で、テストにあまり関係のない本を読んでいる。
もうテスト前だからといって、あたふたしたり徹夜をしたりする時期はとうの昔に過ぎた。勉強はもちろんするが、もう今日の分は終わっていると言うだけのことだ。
今は、息抜きの時間。
隣で座っているアルファの背中を無意識に撫でる。
「別に、100点を取りたいわけじゃないもの。ブラックだってそんなに勉強しなくても大丈夫なんじゃない?」
確か、とても頭がいいと風の噂に聞いている。勉強している姿なんて、いつもの行いからは想像もつかないが、意外と真面目に取り組んでいるようだ。
家が家だけに、下手な点数はとれないのかもしれない。
「ある程度は分かってるけど、勉強しないでトップをとれるほど頭のいい奴なんていないだろ」
意外だな、とシリウスの言葉に唯は本を閉じた。その多少傲慢な態度から、何もしなくても出来るという天才肌タイプだと思っていた。
意外と努力派らしい。そう考えると少し可愛く見える。
「99%の努力と1%の運、ね」
「エジソンか? それは1%の才能がなければ、99%の努力も無駄って意味だろ」
「あれ、そんな意味だったっけ」
せちがらい……と該当する言葉が分からなかったため思わず日本語でつぶやく。
それにシリウスが小さく首を傾げた。
相変わらずきめ細かい肌だ、とその顔を見つめる。どうすればあんな風になるのか。
でもどうせ、こういう奴に限って洗顔は石けんとか言うんだ、とちょっと恨めしい気持ちになった。
「唯、唯、あんまり見つめると、シリウスが困ってるわよ」
「……え、ああ、ごめん」
「もしかして見とれちゃった?」
からかうように言ったジェームズの言葉に唯が真剣な顔でうなづいたので、思わず悪戯仕掛人達は言葉を失った。
容姿に関して、唯が今まで興味は無いとばかりに振る舞っていたからだ。
「ねえ、洗顔何使ってる?」
「ああ? 洗顔?」
「そう」
「別に……備え付けの石けん」
やっぱり、とシリウスの言葉に目に見えて落胆した唯は再びアルファの背中を撫でた。
何故か落ち込む唯の肩をキングが慰めるようにぽんぽんとたたく。
「仕方ないわ、唯。男ってそういう生き物よ」
「キングの肌も綺麗よ」
「ありがとう」
にっこりと笑ったキングの顔が美人なのにかわいくて、何となく満たされた気持ちになったので、唯もにっこりと微笑み返した。
「……って着眼点はそこかい」
道理でおかしいと思ったんだよ、と手を止めてジェームズは伸びをした。
シリウスも唯が見とれていたのが自分の顔ではなく肌だと知って、呆れた表情を作る。
「女ってわかんねぇ……」
「そりゃ、その年じゃね」
たかだか12、3歳の子供に乙女心を分かるはずも無い。何生意気なことを言っているのか、と唯は呆れたようにシリウスを見遣った。
その反応に、何となく子供扱いされたようでシリウスがむっとする。
シリウスから見れば先輩とはいえ2歳違いだ。子供扱いされるいわれは無い。
「大してかわらねぇだろ」
「ああ、そういう意味じゃないのよ」
年が変わるかわらないの問題ではないのだ。女のそれは、男とは違う。
一般的に女の子の方が精神的発達は早い。そして複雑。
20になっても女心なんて男には分からないだろう、と経験上唯は「知っている」。
「仕方の無いことだよ、別にブラックが特別なわけじゃない」
「そうそう」
まるで母親のような笑みを浮かべて優しく言った唯の言葉に、キングが賛同する。
それにますますシリウスは面白くない、と顔をすがめた。
唯はもうこの話題に興味がなくなったのか、体を起こしたアルファに寄りかかって本を読み出してしまった。
「シリウス、僕らもちょっと休憩しようよ」
「……ああ、そうだな」
シリウスもジェームズに習ってぐっと体をのばした。リーマスがどこからとも無くお菓子を取り出す。
お茶入れてあげる、と唯が立ち上がった。
何せここはレイブンクローの談話室。グリフィンドールの彼らには勝手が分からない。
いつものように手で入れて振り返ると、皆の視線が集まっていて唯は少し戸惑った。
「……なに?」
「や、魔法使わないんだね」
「ああ……別に魔法でも良いんだけど、癖で」
考えるより先に手が動く。これは20年以上魔法の無い世界で生きて来た、名残と言うにはあまりに大きな財産だ。
この習慣さえも廃れる時が来るのだろうか、とカップから立ち上る湯気を少しだけ眼で追った。
「ん」
言葉少なに唯の手からおぼんごとシリウスが持っていく。こういうことをさらっと出来るのが、日本人と違うところだと思う。
さすが、イギリス紳士。美形だとさらに絵になる。
妙なところに感心しつつ、唯もソファに戻った。
「唯って、良いとこのお嬢様っぽいのに、時々家庭的だよね」
「時々とは失礼な……」
だいたい、お嬢様だったことなど一度も無い……まぁ、アルファードさんの扱いはお嬢様と言えばお嬢様だが。
ポッターの言葉に少し考えて、やはり自分はお嬢様ではないと結論した。
「私から見れば、あなた達の方が十分良いとこのお坊ちゃんよ」
この、金持ち集団め。