スノードロップ

side-b

暖炉のそばで身を寄せ合って談笑する最愛の妻と唯をソファ越しに眺めながら、ユリシーズは俺もあっちが良かった、と内心でため息をついた。
いつまでも顔をそむけてはいられないので、正面を向けば目に見えて分かるほどの仏頂面。目が据わっている。
日ごろ怒らない人間はこれだから嫌なんだ、と今度は隠しもせずにため息をついた。
クリスマスだというのに、この空気。
背後の女性陣は実に楽しそうだ。
「アルファード、マルフォイはもう卒業するわけだし、そう目くじらを立てなくてもいいんじゃないか」
「卒業程度で縁の切れるような相手じゃないと思うがな」
「あー言えばこー言う……」
今年に入ってからは君の甥っ子もちょろちょろ唯にちょっかい掛けてますよ、とはとても口にできない。
「くれるって言うんだからもらっておけばいい。かなりいい物のようだし?」
手元のドレスに触れるとさらさらとやわらかな生地がひろがる。
つやのない落ち着いた印象が、唯によく似合いそうだと思った。それと同時に、マルフォイの中で唯はこういうイメージなのか、とも思う。
いや、ただ単に自分の想い通りにしたいだけだな、とすぐにその考えを否定した。
「それにしても、女の子に服を贈るって、おぼっちゃまはやることが大胆だなー」
たしか男性が女性に服を贈るのは脱がせたいという意味があるんだっけ、といささか下世話なことを考えた。
アルファードもそのことを知っていたのか、ますます機嫌が悪くなる。
失言だったかとも思ったが、さといアルファードのことだ。ユリシーズが口にするよりも早くそのことに気づいていただろう。
ルシウス・マルフォイから唯に贈られたクリスマスプレゼントは去年が靴、一昨年はピアスだったと記憶している。
年々ディープになってきてるな、とそのラインナップに感心しかけた。
それに比べればアルファードが毎年唯に送っているものは健全そのものだ。
今年は細かな模様の編みこまれた一見すればシンプルな白い肩かけだ。
買い物にはユリシーズも同行していたから知っている、というかアイリーンへのプレゼントを買うのに無理やりアルファードを突き合わせたのだが。
日頃から唯にものを贈っているせいか、アルファードのプレゼントには嫌みがない。
クリスマスだから、とか誕生日だから、とか、そういった気負いが感じられないのだ。
それ自体は自然でいいことだと思うのだが、こうもばっちり気合いの入ったものを他から贈られると裏目に出たりもするわけで。
「えーと、いやでも本人が喜んでるかどうかが重要じゃないかな、多分」
「論点がずれてるぞ。俺はマルフォイみたいな油断できない奴が、唯にちょっかいをかけるのが気に食わないといっている」
いっそ闇討ちでもするか、と独り言のようにぼそりと呟いたアルファードにユリシーズは猛烈に帰りたくなった。
今後マルフォイが不慮の事故で死んだら、9割方こいつのせいだ。
「過保護にもほどがある……っていうか、これのせいですっかり忘れてたけど、例の話どうなったんだ?」
今日の本題はそっちだろう、とユリシーズが話を振ると、一瞬の沈黙の後に「ああ、その話か」と気のない返事が返ってきた。
完全に忘れてたな、とその何食わぬ顔を睨む。
以前からではあるが、最近闇側の動きが活発になってきたこともあり、アルファードのところにも2度ほど闇の陣営からコンタクトがあったそうだ。
本家ではないとはいえ、ブラックはブラック。我関せずを通しているアルファードはかなり存在感が薄いので、ユリシーズからしてみればこれは予想よりはやかった。
ユリシーズも純血ではあったが、幸い派閥争いにはもとより関与していないしそれほど名のうれた血筋でもない。
安全とは言い切れないが、目の敵にされるほどでも、勧誘を受けるほどでもないだろう。
そんなユリシーズでも、アイリーンを一人残してホグワーツに滞在しているときはやはり不安をぬぐえない。
アルファードは優秀な魔法使いだが、闇の陣営を敵に回せば生きてはいられまい。
「しばらく身を隠したほうがいいんじゃないか」
「ああ、一応そのつもりだ。唯がホグワーツに戻ったら、どこかに移動しようとは思っている」
問題はその場所だがな、と眉間にしわを寄せてアルファードは少しさめた紅茶に手を伸ばした。
「まあ、どこが安全かなんて分からないよな。連中はしつこいらしいし」
「出来れば、下手に身を隠したりして連中を刺激したくはないんだがな……」
「仕方ないさ。もうすでに2回もお誘いを断ってるんだろ? 3度目は見逃してくれないと思うな」
ユリシーズの言葉にアルファードが深くため息をつく。
「迷惑な話だ」
「本当に。俺もホグワーツにいる間はアイリーンが心配で心配で」
「安心しろ。アイリーンなら少なくともお前よりは強い」
「なんてこと言うんだ! あんなにか弱いのに!」
わかった、わかった、と抑揚のない返事をするアルファードに憤慨しつつ、ユリシーズも紅茶に口をつけた。冷めてはいるが十分においしい。
「……気をつけろよ」
アルファードは、ユリシーズにとって一番古い友人であり、ホグワーツを卒業してずいぶんたつ今でも頻繁に連絡を取り合う相手だ。一番仲の良い友人といっても差支えないだろう。
それをなくしてしまうのはとても悲しい。まだ、闇の陣営に加わってくれたほうがマシなくらいだ。
それを分かっているのかいないのか、アルファードはいつもと変わらぬ口調で答えた。
「うまくやるさ。お前こそ、マルフォイが唯にちょっかいを掛けないように見張ってろよ」
「……人が真面目に心配してやってんのに、お前の一番の心配どころはそこなのか!? だいたい! そんなに心配ならお前が教師にでもなってホグワーツに勤めればいいだろ!」
もうお前なんか知らん! と言い放とうとしたユリシーズの前で、一瞬驚きで目を見開いたアルファードが、納得したように手を打った。
「……なるほど。お前、頭いいな」
「えぇー! そこ納得しちゃうの!?」