スノードロップ

side-a

いつもより遅めの朝食を3人でとり、仕事で書斎にこもるアルファードさんの背中を見送った。
シリルが部屋の中を歩き回る足音を聞きながら、一人暖炉の前に腰を下ろす。
一カ所に集められた色とりどりの包みが、早くあけてくれと主張していた。
クリスマスプレゼントだ。
いまだかつて、こんなにクリスマスプレゼントをもらったことがあっただろうか。
もういい年だというのに、目の前に積まれたそれに少しどきどきする。
映画で見たときから思っていたことだが、この世界はなんでも大げさというか、豪華というか。
大量の手紙や、山のようなプレゼント。ファンタジーだなあ、と小さな包みに手を伸ばした。
赤い包装紙に包まれたそれは、いかにもクリスマス、という感じだ。
アンジェリア・キング。カードに書かれた名前はルームメイトのもの。
丁寧に包みを開けると、口紅が一本。
それを手に取って、唯は首を傾げた。
「……何で口紅?」
唯は化粧をしない。もともと、社会人になるまでほとんどしなかったし、社会人になってからも失礼でない程度にしかしたことはなかった。
彼女も唯が化粧をしないことはよく知っているはずだ。
不思議に思いつつもふたを開けて色を確かめる。ベビーピンク、というのだろうか。
淡く優しげな色が、以前アルファードさんにもらったガラス玉の中のバラによく似ていた。
「……きれい」
そして、高そう、とついつい夢のないことを真っ先に考えてしまうのは、根が庶民だからか、年だからか。
口紅をプレゼントしてくれた真意は年明けに聞くことにして、とりあえず目の前にはいない相手にお礼を言っておく。
あまり使うことはないけれど、化粧品自体は好きだ。アクセサリーが好きな感覚とよく似ている。
セブルスからはカードに栞が同封されていて、らしいなあ、と苦笑した。
さり気ないけれどもセンスのいいもので、何となくセブルスはこういうのが苦手そうだと思っていた唯は失礼にもちょっと感心してしまった。
「イギリスの人って、こういうの慣れてるのかな……」
リーマスからはお菓子。これにはちょっと笑ってしまった。
全くの偶然とはいえ、唯も彼にお菓子を送っていたからだ。
他にも、友人たちからの包みをどんどん開けていって、ひとつひとつ、どれも嬉しいのだけれど、唯はどんどん不安になっていた。
嬉しい反面、だんだんと心臓の音がはやくなるというか、大きくなるというか。
焦燥感にも似たその感情を駆り立てる原因には、途中から気づいていた。
ないのだ。
もう包みはほとんど開いてしまって、視界の隅には、一番大きいが故に一番下に置かれていたと思われる、チョコレート色の包み。
1年の時も、2年のときも送られてきていたから、今年だけないというのは考えられない。
なのに、ないのだ。
……マルフォイからの包みが。
もはや包装紙からして高級感を漂わせるその大きな包みが、異様な存在感を主張している。
嫌な予感を覚えながらも、他の包みをすべて開き終わってしまった唯は、力なくその包みを見遣った。
女の勘が、それは開けない方がいいと言っている。
でも、開けないわけにもいかない。どうせすぐに学校で顔を合わせる羽目になる相手なのだ。
とりあえず、他のプレゼントを自分の部屋にしまってくるか、と無駄なあがきをするも、また30分も立たないうちにその包みに対峙していた。
のろのろと手を伸ばし、奇麗に結ばれたリボンをほどいていく。
いっそのこと複雑に絡んでくれれば時間も稼げように、複雑そうに見えたそれはリボンの端を引いただけでするりとすべて解けてしまった。
「どういう結び方なの……」
元に戻そうと試みるも、複雑すぎて何がなんだか分からない。
もちろん、この行動が現実逃避だということは重々承知している。
いつになく丁寧に包みを開いた唯は、箱を開いて思わず、うわ、と眉間を押さえた。
高級なのは、もうマルフォイだから仕方ない。
昨年は靴だったから、もしかしたら、とは思っていたが想像の遥か上を行った。
まさか、ドレスをくれるとは。
「いや、もしかしたらそのうち服をくれそうだとは思ってたのよね……」
動揺のあまりぶつぶつと独り言が口をついて出る。
だいたい、女の子に服を送るってどうなんだ。
とっくに成人している唯からすればいくら相手がマルフォイといえど、このませガキ、と少々行儀の悪い言葉が頭をよぎってしまう。
そろそろとそれを箱から出して広げた唯は、何ともいえない顔をした。
「服を飛び越してドレス……しかも赤……いや、赤でも上品だけどさ」
彩度を押さえた暗めの赤は、素材がレースのためか、さほど重い印象はない。
かなり上品に作られている。
「でもドレス……」
がっくりとクッションに突っ伏した唯は、今現在ほとんどドレスと言っても過言ではない服を着ていることはすっかり忘れている。慣れって恐ろしい。
こんなものを受け取ってもいいのだろうか、いやむしろ受け取りたくない、と突っ伏した恰好のままひとり悶々としていると、衣擦れの音がした。
はっとして顔を上げる。
唯のすぐそばに片膝をついたアルファードが問題の赤いドレスを無表情で手にしていた。
「ア、アルファードさん?」
「……唯、これは誰からの贈り物だ?」
にっこりと、極上の笑みを浮かべたアルファードさんの言葉は、疑問系ではあったけれど明らかに確認をとるような口調で。
唯には「これはルシウス・マルフォイからのプレゼントだな?」としか聞こえなかった。
目が笑っていない。
唯に怒っているわけでないことは重々承知しているのだが、その極上の笑みに、顔が引きつる。
美人が、笑顔で、怒ると、かなり、迫力が、あります。
マルフォイが絡むと必ずと言っていいほど不機嫌になるアルファードに、アルファードさんにも嫌いな人間っているんだな、と思ってしまう。
なんとなく、アルファードさんは仲のいい人以外には無関心な感じがしていた。
好きか嫌いか、ではなく、好きかどうでもいいか、だ。
あながちはすれでもないと思うのだが、なぜか、ことマルフォイに関してはそうはいかない。

下から聞こえたベルの音が来客を告げる。ちらりと横目で時計を見れば、昼を少し過ぎた頃。
きっとユリシーズさん夫妻だろう。毎年25日の昼頃顔を見せてくれる。
「あ、えと、ユリシーズさんたちがいらっしゃったみたいですから、私お迎えに行ってきます」
しどろもどろになりながらも、早口で言い切った唯は立ち上がって足早にその場を後にした。