君にふりそそぐ想い

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時計の針はもうすぐで真上にくる。
アルファードは小さく舌打ちをして階段を上った。
毎年の恒例行事とはいえ、いい加減うんざりする。ブラックは純血の中でも1,2を争う家系だ。特に闇の陣営に属する者たちがこの晩にはブラック家のパーティーに集まってくる。
いわば、ブラックへの、しいては名前を言えぬあの方への忠誠を図っているのだ。
正直参加しなくてすむものなら参加したくはないが、余計な波風を立てることもない。数時間我慢してそれで平穏な時間が得られるのならば安いものだ。
特に、アルファードは今一人ではない。
自分ひとりならばうまく身を隠すこともできるかもしれないが、唯がいる。危険にさらすのは本意ではないし、身を隠さなければならない生活を強いることも避けたかった。
そうと分かっていても、ここ数年は最後まで残らず目立たぬように抜け出していたが。
あれだけの人数が集まるのだ。もとよりブラックの中では影の薄い自分のことを殊更気にかける者などいない。
今年はたまたま甥っ子につかまってしまい、ぐずぐずしているうちに本家の人間たちに絡まれる羽目になった。
もともと甥であるシリウスは純血主義に疑問を抱いており、口にこそしないものの純血に固執しないアルファードに心を許していた。
子供は鋭い。反発こそしないものの純血に無関心なアルファードの本心をなんとなく感じ取っていたのだろう。
自分なら彼の微妙な心境を汲んでくれるのではないか、そういう希望を抱いているのだ。
それは半分正解で半分不正解。
アルファードには彼のように反発したりするほど、ブラックの考えに嫌悪を抱いていない。興味もない。まるで右から左に抜ける喧噪のようなものだ。
去年までの彼は、ブラックの考えに違和感を抱きつつもそれにあからさまに反抗することはなかった。この1年の間に何か心境の変化があったのかもしれない。
今年になって実家を離れ、ホグワーツへと上がったからおそらくはその辺だろう。環境が変われば人も変わる。
居間のドアを開けると、待ちくたびれたのか唯がいつものように暖炉の前でクッションに埋もれるようにして小さな寝息を立てていた。
そばにはしおりをはさんだ本が置かれている。
すぐに顔を出したシリルが、アルファードからローブを受け取った。
「おかえりなさいませ」
いつもより小声で迎えた彼に、うなずくだけで返す。食事をどうするか、という彼の問いに少し考えた。
シリルの言い方や唯の性格から、律儀に自分の帰りを待っていたことは容易に想像できる。
いつもなら時間も遅いことだしこのままベッドに運んでやるところだが、今夜ばかりは起こさなければ恨まれそうだ。
ローブを抱えたまま自分の返事を待っているシリルを見下ろした。
屋敷しもべ妖精にしてはちゃんとした格好をしている。おそらく唯の仕業だろう。
自分はシリルのご主人様じゃないから大丈夫! と言い聞かせて時々押し切るような形で服を着せかえているのだ。
マグルの中には屋敷しもべ妖精たちの待遇を見て虐待だというものもいるから、唯の反応は珍しいものでもない。
ただ、屋敷しもべ妖精は主人に奉仕することが名誉であり、それを奪うことは彼らにとって不名誉である、ということは理解しているようで特に憐れんでいるというわけではないらしい。
唯いわく、あの寒そうな格好がどうにも我慢できない、らしいが、最近はただ単にいろんな恰好をさせるのを密かに楽しんでいるように思う。
どうも唯はシリルが可愛くてたまらないようだから、いろいろと構いたいのだろう。
実家にいる時に大人しいが故に特にひどい扱いを受けていたシリルは、唯の扱いに戸惑うことも多いようだが、はたから見ていれば微笑ましい関係だ。
「……サンタの格好じゃないんだな」
白いシャツに黒いベスト、黒いズボン。襟元には黒いリボンタイ、という若干かわいらしい格好のシリルは執事に見えなくもない。出かける前は普通にシャツとズボンだけだったと記憶している。
ホグワーツの友人が冗談でくれたという赤いサンタクロースの帽子をシリルにかぶせようと数日前から唯が画策していたのをアルファードは知っていたので、その変哲のない格好にぽつりとつぶやいた。
アルファードの言葉にどこに隠し持っていたのか、赤い帽子をシリルがそっととりだす。
どうやら、受け取り拒否はできなかったようだ。
「……耳が邪魔で」
「ああ、なるほど」
夕飯のときには被ります、と再びそれをしまったシリルが、無言で唯を起こしてくるように促した。
もうすぐ日付が変わってしまう。
躊躇しても仕方ないか、と眠っている唯のそばに膝をつき、頬にかかる長い黒髪を指先でそっとすいた。。シリルが気を使ったのか、わずかに明かりを落とされた部屋に、その横顔がオレンジ色に照らされている。
本人は痛んでいると気にしているようだが、指に触れる少し冷たい感触は心地よい。
ゆらゆらと炎の光に照らされるそのまぶたに、アルファードは小さく口づけた。
かすかにまぶたが震えるのがくちびるに伝わって、唯が目を覚ましたことを告げる。視線が近くで交わって、唯がぱちぱちと音が聞こえてきそうなほど大きく瞬きを繰り返した。
「……あ、おかえりなさい」
「ただいま。遅くなってすまない」
「いえ……、えっと、夕食、食べれますか?」
「ああ」
「じゃあ私、シリルを手伝ってきます」
はにかむように笑って、逃げるようにその場からいなくなった唯の背中を見届けて、アルファードはタイを解いてシャツのボタンを一つ外した。
仄暗い部屋に明かりをともして、ソファに腰を下ろす。
部屋の隅でツリーの飾りが光を細かに反射していた。
「……着替えるか」


「 唯様、夕食の準備なら私が」
「あ、うん、えと、しばらくここにいてもいい?」
「……それは構いませんが」
顔を赤く染めた唯を見上げ、シリルは何も聞かずに唯のカーディガンを差し出したのだった。