君にふりそそぐ想い

side-a

思い起こしてみれば、この世界にきてはじめての「行ってきます」はホグワーツへの出発の日だった。
そして、はじめての「ただいま」はアルファードさんと迎える2度目のクリスマス。
そして今年で4度目のクリスマスになる。
やっぱりここが一番落ち着く、とこうして戻ってくるたびに思う。
ホグワーツは楽しいけれど、一回りほども年の離れた子供たちに囲まれて過ごすのは何かと疲れる。
体力の違いとでもいうか。
帰ってくる前にほとんど終わらせてしまった課題を仕上げながら、唯は紅茶に口をつけた。
今日はクリスマスイブだ。
まだ外も少し騒がしい。
明日になれば、今日の騒ぎがうそのように静まりかえることだろう。
親しい友人たちにはカードと少しばかりのプレゼントを贈って、明日の朝には自分にもいくばくかのプレゼントが届くだろう。
正直もうクリスマスプレゼントをもらうような年でもないので、内心は複雑だが。
本当は日ごろの感謝の気持ちも兼ねて、アルファードさんに何かちゃんとしたものを贈りたいところなのだがいかんせんお金がない。
いや、あるにはあるのだ。アルファードさんがくれる決して少なくはないお小遣いが。
しかしそれでアルファードさんにプレゼントを買うというのも何か本末転倒な感じがする。
一応、カードと本当に心ばかりのプレゼントだけは用意してあるのだけど。
「早く働きたいな……」
ここに来たばかりのころは、英語も話せなかったし、無一文でアルファードさんにすがるよりほかなかった。
しかしそれももう4年前のこと。いつまでも働かずにお世話になるにはもう長い時間が過ぎてしまった。
「でもとりあえず年齢詐称しちゃってるし、卒業しないことにはどうにもならないんだけど」
気はせくけれども、あと最低4年はこのままの生活が続くだろう。
でも、それよりも心配なのは、はたして卒業したからと言ってちゃんと就職できるか、なのだが。
魔法界で就職なんて、正直考えられない。別に闇払いになりたいとか、そんな高い志もない。
普通に働いてお給料がもらえればそれでいいのだ。
「弱気になっても仕方ないか。選り好みしなければ、きっと就職できるよね……」
気合いを入れて、唯はさめた紅茶を飲みほした。
時刻は7時を回ったところ。
夕方ブラック家のパーティーへと出かけたアルファードさんが帰ってくるのはいつも通りなら9時くらいだ。
毎年欠かさずに行われるブラック家のクリスマスパーティーに、アルファードさんはため息をつきながらも必ず足を運ぶ。
直接は言わないけれど、日頃から本家とはかかわりを持たないようにしているみたいだから、本当はこういう行事ごとにも参加したくないのかもしれない。
毎年同じ顔で招待状をにらむアルファードさんに、きっと純血の家庭だから参加しない、という選択肢はないのだろうことが容易に想像できた。
それでも、唯を一人置いていくのをとても気にしているのか、いつも途中で抜けて帰ってきてくれる。
最初はイヴの日はユリシーズさんの家にお邪魔するという話も出ていたのだが、さすがに夫婦水入らず、に割り込む勇気はなかったので丁重にお断りさせていただいた。
だから、アルファード家のクリスマスはいつも少し遅めの時間から、ささやかに行われる。
お昼のうちにアルファードさんと二人で飾り付けた小さなツリーが暖炉の光で赤く染まっていた。
「さて、そろそろケーキの用意をしよう」
シリルはきっと夕食の準備をしているのだろう。ときおりキッチンのほうで彼の動き回る足音が聞こえる。
本当は全部シリルに任せたほうがきれいで美味しいものができるのだろうけど、それはそれだ。
自力でプレゼントはできないのだからこのくらいは手伝いたい。
セーターやマフラーなどの編み物も考えたことはあるのだが、結局それも材料費はかかるわけだし、いつも何気にいいものを身にまとっている成人男性に手作りを贈るのはどうにも気が引ける。
きっと喜んでくれるのだろうけれど、むしろそれが余計に。
だから、自分でちゃんと稼げるようになるまでは、ささやかすぎるけれどもシリルと一緒に夕飯の準備をして、アルファードさんの帰りを待つくらいしかできないだろう。
机の上に広げていた本と羊皮紙を手早く片づけて、唯はキッチンへと足を運んだ。