甘く淡く光を雪ぎ

side-b

ここいいかな? と人当たりの良い笑顔を浮かべて向かいの席を指差した自分に、彼女は一瞬困惑した表情を浮かべ、何かを思い直したように了承した。
自分に向けられた視線はその一瞬だけで、すぐに本へと戻されてしまう。
それは少しだけ、新鮮な反応だった。

本が日焼けしないようにという配慮なのか、窓が多いにも限らず図書館にはあまり光が差し込まない。
冬でも光が差し込むのは本当に窓際だけで、奥の方までは届かなかった。
本棚と本棚の間に点在知る机には、その僅かな光が届いて冷え込んだ室内に僅かな熱を伝える。
そうやって光のあたる場所は、冬の間は学生達のささやかな人気を博す。
彼女もそんな人間の一人なのか、奥まった位置ではあるが光のあたる机に一人陣取っていた。
もっとも、彼女自身はぎりぎり光のあたらないところに腰掛けていたが。
机に反射した僅かな光が日に焼けていない彼女の肌を照らしていて、ほの暗い中でその白さを強調していた。
アジア系らしい彼女の肌は自分たちとは違って、その色をなんと表現すればいいのか分からないけれど、不思議な色だ。
本を読む振りをしながらそっと彼女を盗み見る。
軽く伏せられたまぶた、頬に落ちるまつげの影。肩からこぼれ落ちる黒髪が音が聞こえてきそうなほどさらさらで、育ちの良さをうかがわせた。
全くもってこちらに興味がないのか、彼女の視線は本と羊皮紙の間を行ったり来たり。
本のタイトルから、おそらく魔法薬学のレポートでもやっているのだろう。
ジェームズ達の話では、自分たちのことを知らない可能性が高い、とのことだったが……。
自分のことはともかく、ジェームズとシリウスのことを知らない女生徒がいるといことにリーマス・ルーピンは耳を疑った。
彼らは行動も顔もかなり派手なため、ホグワーツでは有名人だ。女子からの人気もすごいなんてもんじゃない。
まあ、どこにでもそう言う話題に疎い子というのはいるものだが。
こっそり観察していたはずが、いつの間にか注視してしまい、何気なく本から顔を上げた彼女、唯・霧野と目が合った。
内心でしまったと思いつつも、ジェームズやシリウスほど美形ではないが、おっとりとした柔らかい空気を持つ自分の顔を最大限に利用してにっこりと微笑む。
相手は一瞬自分の行動に戸惑ったようだったが、曖昧に笑みを返して来た。
「レポートですか?」
「ええ……あなたも?」
「まあ、そんなところです。どうも魔法薬学は苦手で……先輩は得意ですか?」
「うーん、人並み、かしら」
おや? と唯の対応にリーマスは内心で首を傾げた。
ジェームズの話ではなかなかつれない、シリウスの話では無愛想、という話だったのだが、なかなかどうして、友好的ではないか。
マダム・ピンスに注意されないようお互いに少し押さえた声で話す。だいぶ奥の方だから大丈夫だとは思うが、彼女ににらまれたらいろいろとやりにくい。
自分と同じくおっとりとした口調で話す彼女は、ジェームズ達が言うように無愛想でもなければ、狡猾そうでもない。
もしかしたら彼女の態度は全部演技で、自分たちの気を引かせるためかも、と言っていたがそれは穿ち過ぎだろう。
まあ、あの二人は今までそういうことがあったからそんなことを言うのだろうけど。
二人がほのぼのとした空気を醸し出していると、そこにひどく嫌そうな表情を浮かべた少年が控えめに近づいて来た。
その顔に、リーマスは目を見張る。
セブルス・スネイプ。
自分たちとはいろいろ確執のある相手だ。たち、と言っても主にジェームズとシリウスだが。
リーマス自体は別に彼に対してどうこうという感情はないが、参加するでもなく止めに入るでもない自分は、おそらく敵として認識されているだろう。
その証拠に、いつも以上に彼の眉間にはしわが寄っている。
そんなセブルスは少し困ったように、リーマスと唯の間を交互に視線を動かしていた。
「こんにちは、セブ君」
「……こんにちは、あの、先輩……」
「あ、ごめんね? 今日は隣に座ってもらってもいいかな?」
おそらく、今自分が座っている場所がセブルスの定位置なのだろう、とその会話からリーマスは先ほどの唯の困惑顔を思い出した。
自分の隣の席を示す唯に、セブルスは困ったように立ち尽くした。その様子に唯は首をかしげている。
無理もない。おそらく彼女は自分のことを本当に知らないのだから。
二人の態度に、自然と笑みが浮かぶ。
それに、失礼にもセブルスが一歩後ずさった。
ちょっと気にくわないけれど、今日のところは引いてやろう、と腰を上げる。
「僕はもう行くから、ここどうぞ」
席を譲ったリーマスに、身構えるセブルス。とことん失礼なやつだ。
立ち去るときに、ふと思い出して唯へと視線を戻した。
そう言えば、まだお互い名乗っていない。
名乗ってしまえばもしかしたら彼女の態度が変わってしまうかもしれないけれど、遅かれ早かればれてしまうことだ。
それならば自分から名乗った方がいいに決まっている。
「名乗ってなかったけど、僕はリーマス・ルーピン。リーマスって呼んでくれると嬉しいな」
先輩は? と問うた自分に、唯は驚いたように目を見開いて、それからすぐに困った子供を見るように苦笑を浮かべる。
それがすごく大人びていて、初めて彼女が年上であることをリーマスは実感した。