今はまだ、輪郭すらも曖昧な

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ホグワーツに通う生徒の多くはイギリス、あるいはその周辺の人間だ。
人種で言うと圧倒的に白人が多く、次いで黒人、アジア系ともなると本当にまれだ。
それは立地上の都合、というやつな訳だが、今回はそれが吉と出た。
女性、レイブンクロー、アジア系、と条件をしぼれば浮かび上がる人物は必然的に探し人になる。
「唯・霧野、ね」
隠すだけ無駄だと思うけど、それすらも計算だとしたら馬鹿ではないかな、とジュームズ・ポッターは目を細めた。
写真の中の少女は欧州人からすれば小柄で幼い。初めてあったときは正直自分と同じ1年だろうと思っていたほどだ。
それが、調べてみれば3年とは。おかげで少し手間取ってしまった。
よくよく考えれば周りの女子に比べて落ち着いた雰囲気や、冷静な口調から年上だと分かりそうなものだが、あのときはそこまで頭が回らなかった。
ただちょっと、自分のことなど知らない、という態度が気にくわなかっただけだ。
それにしても「ハリー・ポッター」とは見え透いた嘘をつく。そんな人間はポッターにはいない。
ただ、自分を見たときの様子と、その名前をつぶやいたときの表情が演技だとしたら、相当な演技派だとは思うが。
結局彼女も自分の気を引こうとする人間の一人なのだろう。
急速に興味をなくしていく自分を止めることはしなかった。
名前を名乗らなかったから気になった、それだけだ。ひらり、と手の中の写真を机に放る。
窓の隙間から流れ込んだ風が、去り際の彼女の髪を揺らしたそれとよく似ていた。
自分のくしゃくしゃな髪とは対照的な癖のない黒髪。
そういえば瞳も黒かったか、と微かな記憶を辿った。
「何やってんだ、ジェームズ」
うしろからのばされて、ひょい、と写真をさらっていった手をたどる。形の良い手入れの行き届いた指先は彼の育ちの良さをうかがわせた。
振り返れば、物珍しそうに写真を覗き込む友人の姿。
「やあ、シリウス。ちょっと調べものをね」
「調べもの、ねえ。ようやくリリー以外に興味がわいたか?」
からかうような友人の言葉に、まさか、と苦笑まじりに否定の言葉を返した。
「こいつがどうかしたのか?」
「ちょっと先日廊下でぶつかってね。なんでか知んないけど逃げられたから気になって」
「ふうん? アジア系ってのは珍しいな。1年か?」
「いや、3年らしい。調べたけど特にこれと言って面白そうなこともないから、無駄足だったよ」
ジェームズの言葉に興味をなくしたのか、ふーん、と軽く相づちをうったシリウスは、その写真を机の上へと戻した。
そして、思い出したようにその写真をもう一度手にとり、わずかに顔をしかめた。
「どうかしたかい?」
「いや……うーん。なんか以前ちらっと見たことがあるような……あー」
思い出せない、とばかりに頭をガリガリとかくシリウスに、ジェームズも再び写真の人物へと目を落とした。
そんなに絶世の美女だとか、ものすごい不細工だと言うわけでもなく、これといって特徴のある顔ではない。
普通なら見落としてしまうだろうが、相手はホグワーツでは珍しいアジア系。
一度会っていればさすがに覚えていそうなものだ。
再びシリウスへと視線を戻せば、まだ思い出せないのか眉間にしわを寄せている。
珍しい友人の姿に、ジェームズは眉間をのばすようにその指先を押し当てた。
「……何やってんだ、ジェームズ」
「いや、そんなに眉間にしわ寄せたらせっかくの美形が台無しだよ?」
「アホか」
ぱちん、と眉間をたたき返されて「僕の美しい顔に何するんだ」と冗談まじりに返した。
はいはい、と軽くあしらうシリウスは相変わらずつれない態度だ。
先ほどまで明るかった外は、このほんの少しの間に夜の気配を濃厚にしている。日が落ちるのは一瞬だな、とその様子を眺めた。
「あ、思い出した。こいつ、確かスネイプと一緒にいたやつだぜ……ああ、そうか。ルシウスのお気に入りだ」
そういえば、そういう話を聞いたことがある、とジェームズは記憶をかき集めた。
興味がなかったから忘れていたが、そういえばレイブンクローにルシウス・マルフォイのお気に入りがいるという話はそれなりに有名だ。
「うわー、僕としたことがすっかり忘れてたよ。そういえばそんな子いたね。顔見たことなかったからなー」
「いや、俺もあんま見たことないんだけど、遠目で何回か……確かこんな感じだったような……」
「確かめてみる価値はあるね」
一度は興味をなくした相手だが、スネイプやルシウスが絡んでくるというのなら話は別だ。
まあ、もしそれが本当だとしたら、おそらく自分たちとは相容れないだろうが。
「ま、ちょっとは面白くなってきたかな」