見えない本音

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ベッドの上に行儀悪く寝そべって、先日アルファードさんから受け取った手紙を広げる。
それは確かに、ホグワーツの入学許可証で、思わず頭を抱えたくなった。
『…っていうか私もう成人してるんですけど…』
最近は使うこともなくなった日本語で、思わず突っ込みを入れてしまうほどには、重要な事項だ。
この際、魔法が使えるか使えないかは脇においておくとして。
何が楽しくて10才ほども年の離れた子供たちと同じ学校に通わなくてはならないのか。
それは、確かに魔法が使えたらいいなとは思うけど。
やっと勉強から開放されたかと思えば、この状況。冗談かといいたくなる。

しかも、もうなんだか行く方向性な気がするからやるせないのだ。
入学許可証に同封されていたリストには、自分の世界では聞いたこともないような科目の教科書がずらりと並ぶ。

あれ? そういえば今はいつぐらいなんだろう。
ホグワーツといえばハリーポッターだが、早々都合よく同じ年なわけはないだろうし。
まぁ、かかわりがあったらあったで激しく身の危険を感じるが。
というか彼が生まれているかも怪しいものだ。
まぁべつに、変なのにかかわらなければいつでも同じか。

ちょうど自己完結したところで、寝室のドアが控えめにノックされた。
急いで起き上がり、服を整える。
スリッパに足を突っ込んでドアに駆け寄った。

内側からドアを引くと、そこには予想通りアルファードさんの姿。
予想と違ったところといえば、珍しくローブを羽織っていたことぐらいか。
「…お出かけですか?」
「ああ。ダイアゴン横丁に行くから、唯も着替えてきなさい」
思わず目をしばたく私に、アルファードさんは小さく微笑み、灰色のローブをよこした。
再度着替えるように促してドアを閉めたアルファードさんに、ようやく我に返りクローゼットに手をかける。
あまり悩まずに白いシャツと、黒いスカートを手に取る。
シンプルだが、よく見ればひどく上質なものであることが分かるそれ。
着心地がよくて、お気に入りではあるのだが、これに慣れてしまうともう普通の服は着れないな、と思う。
襟元にリボンタイを結び、薄手のカーディガンを羽織った。
鏡の前で簡単に全身のバランスをチェックしてから、少し悩んだ挙句、大人っぽくなりすぎないよう黒のハイソックスと黒のローファーを選んだ。
もちろん化粧はしない。子供だから。

ローブを羽織りながら部屋を出る。階段の手すりから軽く身を乗り出して1階をのぞくと、アルファードさんの後姿が見えた。
少し早足で階段を下りる。階段の踊り場のところで、足音に気づいて振り返ったアルファードさんと目が合った。
「…お待たせしました」
「いや」
何のためらいもなくその腕が私を抱き上げる。
まさかこれで街中を歩く気か!? と一瞬慌てて降りようとした私に、アルファードさんは「姿現しをするからしっかり捕まっていなさい」といつもと変わらぬ様子で言った。
早とちりした自分がなんだか恥ずかしくなって、言われたとおり彼の首に両腕を回してつかまる。
実は、姿現しはこれが初めてだ。
こういうのはだいたい移動中に手が離れてはぐれてしまうとか、そういうのが定番なのでがっつりと捕まっておこう。
無意識に目を伏せた私の耳に、ガチャリとドアを開ける音が届く。
…ドアを開ける音? 
ぱちっと目を開き、アルファードさんから少し体を離して周りを見ると、そこはいつも窓から眺めている静かな通りそのもので、
「す…姿現しするんじゃなかったんですか? !」
私の慌てた声に、アルファードさんが肩を震わせた。
「ああ…何を隠そうここは漏れ鍋の近くなんでな。姿現しをするまでもない」
笑いをかみ殺して冷静な声で(でもところどころにからかいを含んでいる)そう言った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
騙されて腹立たしいと言うより、すんなり信じて子供抱きに甘んじた自分が恥ずかしい。
真っ赤になっているのが自分でも分かるほど顔が熱かった。
「お…下ろしてください。…自分で歩けます」
「そう怒るな。漏れ鍋についたら下ろしてやるから」
別に、怒っているわけではないのだが…。
なだめるように優しい声で言うアルファードさんにこれ以上抵抗できず、そのまま漏れ鍋まで連れて行かれた。
人通りの少ない道で良かったと心底思う。

そして、アルファードさんの言葉どおり漏れ鍋はご近所だった。