淡く色づく

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私を助けてくれた人は、アルファード・ブラックと名乗った。
癖のない、黒く長い髪。
日本人ではありえない、琥珀色の肌。
そして、印象的な灰色の瞳。
洗練された所作で、嫌でも彼が上流階級の人間だと分かる。
外見からは冷たい印象を与えるけれど、自分に与えられる手や声は驚くほど優しかった。
「身元が分かるまでここにいればいい」
と言ってくれたのは、もう半年も前のことだ。


とがった耳、ぎょろりと大きな瞳、人の肌とは違う皮膚、細い手足。低身長な自分よりもさらにさらに低いその背丈。
ぼろきれをまとった彼は、シリルと名乗った。そして、屋敷しもべ妖精だとも。

はじめてみた時は思わずアルファードさんの後ろに隠れた。かわいいというよりは不気味なその外見に妙な恐怖心を覚えたものだ。
それでも人間というのは不思議なもので、毎日見ているとだんだんこれはこれでかわいいような気がしてきた。キモかわいいっていうんだろうか、こういうの。
今では、よく暇な私の相手をしてくれる。皆に子供だと思われているのをいいことに、絵本を広げて分からないところをシリルに教えてもらったり、お話をしたり。
アルファードさんはよく書斎にこもっているし、まさか絵本を読ませるわけにもいくまい。
その点シリルは屋敷しもべ妖精だし、頼みごとをすると喜んで聞いてくれるから、気兼ねしなくていい。
いい子だなぁ、と思って頭をなでてやると恥ずかしそうに走って逃げていくあたりがまたかわいい。
そんなシリルのおかげで、今では少しだけ英語も分かるようになった。・・・そう、少しだけ。日常会話初級程度は。

子供は、すぐに言葉に対応するというけれど、すでに成人している私には結構きつい。
幸いにして、アルファードさんやシリルは気を使って簡単な単語でゆっくり話してくれるので会話できる。でもきっと、他の人とは話せないな…と。

忙しそうに家事をこなすシリルを目で追う。
アルファードさんに助けてもらって半年ほど。言葉の壁とか、生活の違いとか、それに慣れるのに精一杯で考えないようにしていたことがある。

アルファード・ブラック。
屋敷しもべ妖精。

これだけだから確信がもてずにいたけれど、本当は心の隅でそれ以外に考えられない、とも思っていた。
原作をちゃんと読んだことはないけれど、映画は全作見ている。
映像の中で、シリルによく似た生き物を見た。覚えている。
そして映像の中の彼も、屋敷しもべ妖精という生き物だった。
「アルファード」という名前に覚えはないけれど、「ブラック」には覚えがある。
あとひとつ、何かあれば…そう、「ダイアゴン横丁」でも出てくれば、ここは、間違いなく。

ハリーポッターの世界だ。

もしそうだとしたら、アルファードさんは魔法使いで、ブラック家で、純血ということになる。
そこまで考えてはた、と気付いた。
ブラック家って…たしか闇の陣営だったような…。ということは、もしかしてアルファードさんは死喰人だったりするんだろうか? 
それってつまりどういうことだろうか。
死喰い人って実はよく知らない。曖昧な記憶は、おぼろげな形をとるけれども、結局は自分のイメージに過ぎない気がした。

そういえば、シリウス・ブラックは死喰い人と勘違いされてアズカバンに入れられてたんだっけ? 
つまり死喰い人ってそういう扱いを受けるわけで、もしそうなったら、私はどうすればいいんだろう。
他に行くとこも、頼る人もいないのに。
それに、彼は、アルファードさんはいい人だ。何も言わずに、私を引き取ってくれた。
こんなに親切な人が、なぜそんな扱いを受けなければならないのだろう。
思い返せば、元が児童書だったから軽く流してたけど、結構皆殺したり殺されたりしていたような気がする。
闇の陣営を倒すために不死鳥の騎士団があるのだとしたら、それはつまり、殺すということと何が違うのだろう。
アズカバンに入れられたら、生きていても死んでいても同じじゃないんだろうか。

ただ、自分で手を下すか、下さないかの違いで。

なんだかとても冷えているような気がして窓の外に目を向けたけど、少し霧が出ているくらいで、雪は降っていなかった。
ぱたぱたと、シリルの動き回る小さな足音が聞こえる。
その気配に少しだけ安心して小さく安堵の息をついた。
「…ねぇ、シリル」
小さな声で名前を呼ぶと、すぐにひょこりとシリルが現れる。
いつも、よく聞こえるなぁと感心してしまうほど、シリルは私の声を聞き逃さない。
「なんでしょう、唯様」
「…少し、寒いわ」
「それは大変です!すぐに暖炉に火を入れますから、こちらへ!」
小さな手が、そっと私の手をとって暖炉の方へと引っ張る。
手を引かれるままに暖炉の前まで行くと、シリルが近くにあったクッションを引き寄せて、座れるように整えてくれた。
慣れた様子で暖炉に火を入れる。日本には暖炉なんてめずらしいから、器用に火をおこすシリルの手元をいつも見つめてしまう。
できれば、シリルの手を煩わせないで暖炉くらいつけれるようになりたいのだけど。
明らかに高級そうなクッションの感触を楽しみながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
「唯様、ひざ掛けを持ってきましょう。他に何か欲しいものはありませんか?」
「…ありがとう、シリル。大丈夫よ」
いつものように頭を撫でてやると、相変わらずなれないのか、恥ずかしそうに「ひざ掛けをとってきます!」と早口に言って逃げてしまった。

「…かわいい」
走り去る後姿に、ついつい本音が口をついて出ていた。