05...Like or Love ?

どうやら自分の不可解な感情の正体を(間違った方向に)理解したらしいクロロは隣で不機嫌そうに眉を寄せている葵をなだめるように「好き」だと告げた。


それと、これとは、関係ない、と一語一語をクロロに言い聞かせるように吐き捨てた葵はついでにクロロもベッドの上から蹴り落とす。
「な・ん・で、大の大人が一緒のベッドに寝なきゃなんねぇんだよ。せまっくるしい」
「別にいいだろう。葵は小さいんだし…」
クロロ君…君ちょっとそこに立ちなさい。とクロロの足元を葵が芝居がかった動きで指差す。クロロは言われたとおりにその場に立ち上がった。葵はわざわざベッドから降りてクロロの真正面に立ち、いつもは曲がっている背筋をピンと伸ばす。
「…さて問題。俺とお前、どちらが背が高いでしょーか」
腕を組んでわざと見下ろすように視線をくれる幼馴染をクロロは恨めしげに睨んで、葵、とだけ答えた。
「はい正解。俺のほうが大きいんでちゅよーお分かりですかー? 分かったらとっとと出てけ」
「理不尽だ。ここは俺の部屋なのに」
「体がでかい方がベッドで寝るのは当たり前だろ」
そう、普段は葵が成人男性の平均体重を大きく下回っているためと猫背であることから小さく見られがちだが、実はクロロよりいくぶん背が高いのだ。そこは大いにプライドを刺激される部分なのでクロロは今まで触れないようにしていたというのに。
あっさりその傷をえぐってくれちゃった本人はクロロを理不尽にもベッドから追い出して再びベッドへともぐってしまった。
「葵…」
さすがにこの年になるとソファはきついんだってとクロロは葵をゆすりながら訴える。
「だってお前俺のこと好きなんだろ? 俺貞操の危機じゃーん」
むかつく口調で言ってくれちゃった葵にクロロは怒るよりも先に思わず赤くなる。
「なっ!…あああああれは違う!違うそういう意味じゃなくて…!」
どもりすぎ。じゃあどういう意味だと視線で返してくる葵にクロロは必死に言葉をつむいだ。
「アレはだな!なんというか…兄弟とか家族とかそういう意味であって…他意はないぞ!」
そもそも何年一緒にいると思ってるんだと肩を落とすクロロに、葵は興ざめしたようにふーんと相槌を打つ。
「へぇー、家族ねぇ? なお悪い。やっぱりお前出てけ」
「何故!?」
「じゃあ何、クロロはいい年こいて親と同じ布団で寝れるわけ? 妹とか弟と同じ布団で寝れちゃうんだ?」
うわーありえなーいと意地の悪い顔で言い捨てて葵は本格的に寝る体制に入ってしまう。
言われてみればそれもそうか? と思わず納得しかけるクロロ。
「…いや本題はそこじゃなくて」
いい加減ベッドで寝たいってことなんだよ、とクロロは必死に軌道修正を試みる。
「葵…ベッドはセミダブルなんだし別に狭くないだろう?」
「だからって成人男性が一緒に寝るかふつー。却下だ却下。俺の安眠を妨害するな」
理不尽だ!というクロロの叫びなど綺麗に無視して葵はすっぽりと頭までシーツをかぶる。
「なんだじゃあ恋愛感情の好きなら一緒に寝てもいいのかお前は」
「それなら考えなくもないけどね? 俺バイだしー」
「なっ…!」
葵の爆弾発言にクロロは絶句。まさか自分の幼馴染が…と呆然と突っ立ったまま固まったクロロに気分を害したように葵は目を細めた。ゆらり、とオーラがひときわ大きな揺らぎを見せて収束するようにその範囲を狭める。
クロロはしまったと思ったがとき既に遅く、葵の機嫌は下降の一途をたどる。
まずいと思いつつも葵が寝返りを打った瞬間に髪の間から覗いた何も着いていないピアスホールにクロロはふと先日のことを思い出す。
血のように赤い大粒のルビー。あれは女性が男性に贈るような代物ではなかった。そこに思い至ってクロロはなんとなくむっとする。
そっぽを向いてしまった葵の耳に触れると力のない瞳がわずかにこちらに向けられた。
「…この前のピアス…誰にもらった?」
「クロロに関係ないだろ」
「葵」
クロロのわずかに怒りを含んだ声色に葵が乱暴にその手を振り払う。
それが更にクロロを苛立たせたが葵の方もそれどころではない。急激に落ちていく葵の精神に気付きつつもクロロはしばらくの間葵の答えを無言で待った。しかしクロロの問いに答えが返ることはなく、わずかに葵の肩が揺れる。そこで、やはりというかなんというかクロロの方が折れた。
なだめるように髪をすいてやる。頼むから泣くなよというクロロの願いもむなしく葵の口からかすかに嗚咽が漏れる。
クロロはなんだか小さい子供をいじめたようなどうしようもない罪悪感に駆られた。実際は小さい子供を泣かせたところで痛みもしない胸なのだが。
「葵…悪かった。怒ってないから」
嫌がる葵を抱き寄せて小さな子供のようにあやす。これも6年ぶりだなぁとクロロはなんだか変わらない自分達の関係に悲しくなった。自分はいつから子持ちになってしまったのか…。
「葵にとって…俺はどういう存在?」
正直クロロにとって葵は位置付けが難しい。家族のようだとも思ったが葵のいうように家族とは少し違うような気もする。ただの幼馴染というには深くかかわりすぎている気がする。付き合いが長いというだけでこんなにも厄介な人間を自分がそばに置くとはクロロは思えなかった。
答えは分かっているような気がするのにそれを呼ぶ名が分からない。ひどく、もどかしい。腕の中のぬくもりをもてあましているとクロロは感じていた。
不意にするりと葵のオーラがクロロの首の辺りに伸びる。人の手のような感触すら感じるそれにクロロは怖気が走った。わずかに見える葵の口元は不敵に笑っている。
「クロロが俺にとっての何かって…?」
いいおもちゃさと言い切った葵にクロロは先ほどのあれは嘘泣きかと乱暴に抱き寄せていた手を離す。
「葵…」
「あははははははははは…!」
ベッド仰向けになって遠慮なく笑う葵にクロロは殺意さえ沸いてきそうだった。腕に隠されてしまってその目許は分からないが口元は弧を描いている。
「ああ…苦しい。…ねぇクロロ。お前に俺は一生理解できないよ。だってそうだろ? クロロにはこんな、」
いったんそこで言葉を切って葵は溜息をつくように深く息を吸った。ぐっと胸倉をつかまれて葵の上に覆いかぶさるようにクロロは引き寄せられる。鼻と鼻がつきそうなほど間近にある顔はひどく艶やかだ。
「俺は嫌いだよ、クロロなんて」
嫌い、と念を押すようにもう一度呟いて葵はその手を離した。


最初と最後の台詞を指定して10題
2)「好き」→「嫌い」