04...Pours or Affusion

シーツの波に溺れながらそれでも断続的に引き金を引く。本日4度目の日課はやはり、神の勝利に終わった。


葵の鬱が最高潮に達したあの夜から5日。葵はいまだにまったく回復せずほとんど寝室に篭っていた。
クロロはあの後マチから白い目で見られかなり居心地の悪い思いをしたせいもあって、3日は葵を気にしつつも放置するという行動に出た。
しかし怒り(というか鬱)はそう長くは持続せず、寝室の前をうろうろし始めたのが4日目。そして5日目の今日ついにクロロは心配の方がまさり、寝室のドアを叩いた。もともと返事はないと分かっているので、出来るだけ葵を刺激しないようにそっとドアを押す。
ベッドには白いシーツに溺れるようにすっぽりともぐる葵の姿。この5日風呂に入る以外のほとんどの活動を停止した葵が痩せていないはずはないだろうとクロロは溜息をつく。ここ最近のクロロの苦労はたったの5日でパァだ。
自分に背を向けるように横になっている葵の顔を覗き込むようにクロロは細いからだの両脇に腕をつく。葵がわずかに身じろいだ。
「そろそろ起きないか、葵」
クロロの言葉に抵抗を示すように葵がシーツを巻き込む。予測していた結果だけにクロロは溜息をつかずにはいられない。
「葵、ベッドから出なくてもいいからせめて何か食べろ」
「うるさい。ほっとけ」
シーツのせいでくぐもった声が返される。せめてこちらを向かせようとクロロが肩らしきところに手をかけたが、葵が嫌がるようにうつぶせたのでそれも叶わない。
クロロは長期戦だなと諦めていったんリビングへと読みかけの本と飲みかけのコーヒーを取りに戻り、ベッドにもたれかかるように床に座り込んだ。葵は眠るとき人の気配を嫌がるのでこうしていればそのうち起きるだろうと踏んでの行動だ。
葵の機嫌が少し悪くなったのをオーラの動きで感じながらもクロロは本を開いてそこに居座る意思表示をする。朝から本を読んでもさっぱり内容が頭に入ってこなかったクロロは背中に葵独特のゆらゆらと頼りないオーラを感じながら、ようやくそれに集中することができた。

時折ぱらりぱらりとクロロがページをめくる音だけが室内に響き、日が中天に昇る頃には葵もシーツから顔を覗かせぼんやりと天井を見つめた。葵が時折視線をクロロに向けるもクロロは本に没頭してしまっていてそれに気付かない。
他人が近くにいると眠ることができない葵はまどろむことも出来ず暇をもてあましていた。元来暇を厭うタイプではないのだが目の前にいいおもちゃがあるのにじっとしていられるほど、葵も大人しいわけではない。
するりと本に夢中になっているクロロの首に後ろから腕を回しクロロの体に体重をかける。
「………って痛い痛い!変な体重のかけ方をするな!」
本を読んでいたクロロは突然のしかかるようにかけられた重さにいくぶん猫背。
葵がベッドの上から体重をかけているせいでいくら痩せてるとはいえ、重い。
クロロの言葉などまったく聞いていないかのように葵は更に体重をかけ、首に回していた腕をクロロの肩越しに伸ばした。
その手はクロロが飲んでいたコーヒーへと伸びている。コーヒーか? とクロロが聞けば肩口で葵がうなずく感触。猫っ毛が首筋をさらりと撫でてクロロはくすぐったさにわずかに肩をこわばらせた。
葵の手にコーヒーを握らせてやればすっとクロロの上から重みがなくなる。
次の瞬間にクロロの背後でざわりと葵の念がその存在を増した。クロロは思わず首だけで振り返ったが、それは本当に一瞬のことで葵の纏うオーラはいつもの頼りないものになっていた。
「…こぼすなよ」
ぼんやりとベッドに横になったままカップを握る葵に無駄とは知りつつクロロは釘を刺す。
葵はと言えば、一体何のために受け取ったのか、コーヒーには口もつけずそのままクロロに返した。
何がしたかったんだお前は…とクロロは返されたそれに口をつける。その瞬間クロロは気絶するかと思われるほどの衝撃に襲われた。
ごほごほと激しくむせる。
「なんだこれは…葵!何入れたんだ」
「そんな…別に毒なんてもってないよ?」
「一体何を入れたらこんな空前絶後な味になるんだ…」
クロロは見た目は先ほどと変わらぬコーヒーを恐ろしいものでも見るかのように凝視した。
「大げさな…ただちょっと俺のオーラで味付けしただけ」
「…ちょっと待てお前具現化系だろう?」
先ほどの一瞬の葵の変化はおそらくコーヒーに向かって発をしたせいだろう。味が変わるのは変化形の証。クロロは葵の念から具現化系か或いは特質系だろうと思っていたのだ。
「変化形だよ。俺気まぐれで嘘吐きだから」
「…それは認めるが、お前の能力は具現化系だろう」
そこは嘘でも否定しろよなーと葵は再びシーツにもぐりこむ。そのままごろごろと寝返りを打って壁際へと逃げる葵の体をクロロは片腕で引きずり寄せた。
「葵、念について詳しく話せ」
俺が苦労するからと胸中で付け足して葵の顔をシーツの中から捜す。シーツから覗いた葵の目にはありありと面倒の2文字が浮かんでいた。少し不機嫌になっている葵の髪をすいて目にかかってしまっている前髪をどけてやる。そのときにクロロはその形のよい耳にいつもつけているピアスが片方だけないのに気付いた。
「ピアスなくしてるぞ」
耳に触れているクロロの手を気だるげに払いのけて葵が確認するように自分の耳に触れる。
そこにピアスがないと分かると葵は反対側のピアスもはずしてその辺に投げ捨てた。
「…いいのか? ルビーだろう?」
それもピジョンブラッドの。ときおり葵の髪から覗く涙型のそれは装飾品の類をつけない葵にしては珍しいと思っていたのだ。
「いい。3カラットもあったら重いし。ああいうふらふらするタイプってつけてるとうざったい。色が気に入ってたからつけてたけど」
「3カラットもあったのか…」
どうりででかいはずだとピアスの投げられた方を見遣る。3カラットでピジョンブラッドならダイヤより高いんじゃないか? とそれを片方なくしたあげく残った片方を無造作に投げ捨てた葵にクロロは呆れた。
おそらく葵は自分では買わないだろうから貰い物だろうかと、着けるもののなくなった葵の耳を撫でると先ほどと同じように払われる。
「こんど新しいのを買ってやるよ」
だから念について話せ、とどうやら弱いらしい葵の耳をわざとクロロは撫ぜた。

「神の矜持<ロシアンルーレット>。
装填できる弾は6発中3発。
引き金を連続で引いても4回目以降は無効。
装填方法は銃自体を具現化しなおすこと。
具現化を解くたびにリセットされて弾の位置が変わる。
弾が当たった場合は当たった位置にかかわらず絶命。
1日1回は自分に向けて引き金を引く。
自分に引いた数だけ弾が補充される。
…もういい?」
しぶしぶというように投げやりに発せられた言葉に使えるようで使えない念だなとクロロは正直思った。
「自分に引いた数だけ弾が補充されるっていうのは?」
すっと葵の腕がクロロに差し出される。その腕には数日前まで一重だった数珠が二重になってかかっていた。
「それ、弾の残数」
「…ちょっと待て。お前この5日で一体何回引いたんだ…」
ずいぶんと長くなった数珠を見てクロロは顔を引きつらせる。よくもまぁここまで外れるものだ。よほど運がいいのか悪いのか。
「というかその前に…なんで具現化系の能力にしたんだ?」
「別に変化系だから変化系能力にしないといけないって決まりはないだろ」
まぁそうだけど…とクロロは腑に落ちない顔で葵の言葉に同意する。ぼんやりと天井を見上げている葵にこれ以上は聞いても無駄か、とクロロは溜息をつく。色々と突っ込みたいところはあるがとりあえず大体のことは聞けたので今日はよしとしようとクロロは床に置きっぱなしになっていた本を手に取った。
しかし再び本を読もうと腰を落ち着けたクロロの本を肩越しに葵が取り上げピアスと同じように投げ捨ててしまう。何をするんだと文句を言うために後ろを振り返ろうとしたクロロは、後ろから葵が先ほどのように首に抱きついて体重をかけてきたためにそれはかなわなかった。
どうしたと問う変わりに葵の頭を撫でてやると、5日ぶりに鬱から浮上したらしい葵がクロロの耳元で囁いた。

「本じゃなくて、俺にかまってよ」


もういいやこれクロロ夢にしちゃえ、ということでそれっぽく。

最初と最後の台詞を指定して10題
6)「ほっとけ」→「かまって」