晴れ時々雷雨。その弐拾参
自分の横を駆け抜けていった毛利小五郎の姿に、尚樹は思わず後を追った。何気に初遭遇だ。
えり、と叫びながら走っているのを見るに元妻に何かあったのかもしれない。ここの夫婦はなんだかんだ相思相愛なので。
駆け込んで行った病室には妃英里の名前。予想通り。中にはコナンの気配と入っていった小五郎、そして知らない気配が二つ。察するに蘭と妃だろう。この病院爆発するのかな、ときき耳をたてるが、当然分からなかった。後ろから近づいてくる気配に詰んだなぁ、と軽く絶望しつつ、幼馴染からのラインを開く。
亜久津が受付をしてくれているタイミングでそばを離れてしまったので大変ご立腹。
ここは病棟らしく、病室ばかりが並んでいた。とりあえず、一階に降りるべきだろう。幸いにしてすぐ近くにエレベーターがあったのでボタンを押す。下から上がってきたそれは、尚樹の階で止まらずに上の階までいって降りてくる。今度は止まってくれた。そのタイミングで隣のエレベーターが上がってきて扉が開く。
「あ、じん君」
「おまえ……うろうろすんなって言ってんだろうが」
「いやいや、そんなつもりはなかったんですけど、つい出来心で」
毛利小五郎は尚樹的に結構好きなキャラだ。ついミーハーがてでしまった。
「水沢君?」
呼ばれた声に振り返る。ちょっと前からそこに三人揃い踏みなのは知っていた。視界に入れないようにしていただけだ。
「あれ、ポアロの店員さんだ。怪我したの?」
呼びかけに振り返った顔はいつも通りの無表情で、真意を図りかねる。そういえば、この病院だったか、と降谷は記憶を漁った。
水沢尚樹が腕の治療のため、帰国後この病院に通っているのは認識していた。ただ、今降谷たちがいるのは病棟であって、外来ではない。ここに用があるのは入院患者か見舞い客だけだ。
小五郎やコナンたちが今ここにいるのは不測の事態で、降谷はもちろん意図的にここに足を運んだ。では彼は?
「いえ、僕はお見舞いです」
もちろん嘘だ。この病院にきたのはここに江戸川コナンがいることが分かっていたから。
楠田陸道の名前を出したら、予想通り。コナンは顔色ひとつ変えずに知らない、と即答した。頭がいい割には嘘をつくことに慣れていない。まだ子供だからなのか、もともとの性格なのか。
「こんにちは、お兄さん」
「こんにちは、コナン君」
「わぁ、ボクの名前覚えてくれてたんだ?」
「なかなか忘れないでしょ、コナンは」
「そ、そうかなぁ?」
そうだよ、と無表情に返した彼は、わずかに視線を巡らせた。なにかを探すような仕草が気に掛かる。
「お兄さんは何か怪我したの?」
かわいらしく首を傾げるコナンにつられるように水沢も首をかしげる。顔は相変わらずの無表情だ。
「俺は定期的なやつ。なんでか知らないけどメンタルの心配をされている……」
「へ、へぇ、そうなんだ」
「そういえば水沢君。楠田陸道って方、ご存じないですか? お見舞いに来たらどうもいないみたいで」
気まずい空気が流れたところで、先ほどコナンにもした質問を繰り返す。別に、返事を期待しての問いではない。
ただ、同じ質問をした江戸川コナンに、知らないと即答することがいかに不自然か見せるためのパフォーマンスだ。
「ふうん? くすだりくみち……どういう字?」
しかし返ってきた反応は予想していたものとは少し違っていた。容貌を聞かれることはあっても字を聞かれることは基本ない。
「字ですか? 字は……楠田は、楠木に田んぼの田ですけど」
「中学生舐めてます? クスノキってどんな字です?」
「いや別に舐めては……きへんに南です」
「ふむ。りくみちは陸に道?」
「はい」
「年末来た時はいたよ。今年入ってからはみてないかなぁ。」
「知ってるんですか!?」
さほど考える様子もなく返ってきた答えに思わず声を上げる。となりでコナンの息を呑む声。それだけで彼も驚いている様子が伝わってきた。
「名前だけね。顔は知らないよ?」
「……どういう」
「ナースステーション? あれ、今なんて言うんだろう? 看護士さんたちとかがいる部屋に入院患者は名前書いてあるから。目に入っちゃうよね」
「入らないですよ……」
「そう? 待ってる時とかポスター見たりしない? そんな感じ」
それにしたって、200床以上あるのだ。とても覚えられる数ではないし、それほど特徴的でもない名前を覚えているというのは流石に不自然すぎる。
「尚樹、呼ばれてる」
「あれ、じん君呼び出しラインなの?」
「お前が、たびたび病院内で行方不明になるからだろ」
「ひょわ……」
さっさと行くぞ、と手をひかれてエレベーターに乗る彼らを見送った。
診療記録にも目を通しておくべきだった。定期受診なのか判断がつかない。
「なんだ、知り合いか?」
小五郎の声に思考が引き戻される。
「あ、この前ポアロにきてたお客さんだよ。なんかストーカー? にあってるって本人は言ってたけど……」
「ストーカー!?」
頼むからその話は蒸し返さないで欲しい。あれは捜査であってストーカーではない、断じて。
「すみません、毛利先生。僕もその件気になってたので、ちょっと聞きに行ってきますね」
「あ、おい!」
後ろから追ってくる声を無視して階段を下る。心療内科の外来は確か一番奥。プライバシーに配慮しての位置だろう。
軽い足音で、コナンがついてきているのも分かっている。彼ならきっとついてくると思っていた。
心療内科の待合に足を踏み入れると亜久津がひとり座ってスマホをいじっていた。
都合がいい。おそらく、日本にいる人間で水沢尚樹と一番親しい人物だ。あれが本当に水沢尚樹本人かどうか、確認するのなら今しかない。
そっと隣に腰を下ろすとなんとも嫌そうな顔をされるが、その程度で怯むメンタルではない。
「水沢君、どこか悪いんですか? メンタル、って言ってましたけど」
「……別に。どうせ知ってるんだろ?」
確信をもった声色。それは自分が警察だからなのか、水沢尚樹がそれなりに有名だからそう思っているのか判断しかねる。ただ、全く知らないふりをするのが得策でないことは予想できた。
「腕、ですかね?」
「分かってんなら聞くなよ。趣味わりぃ」
「えーと、ジン君は」
「はぁ?」
「……亜久津君は、楠田陸道って知ってる?」
「知らねぇよ。あいつと違って化け物みてぇな記憶力してねぇわ」
化け物みたいな記憶力。さすがに、そんな情報はどこにも載っていなかった。
「……水沢君て、前からそんな感じですか?」
先ほどのやりとりを聞いたのだろう。亜久津の返事からはあの会話に違和感を覚えていないことが分かる。にわかには信じ難いが、本物の水沢尚樹は入院患者の名前を把握していてもおかしくない程度の記憶力なのだろう。
「記憶力に関して聞いてんなら、そうだな。たまにがばい時もあるけど」
「すごいですね……ものすごく頭がいいのでは?」
「いや、フツーに馬鹿だろ。中学生舐めてんのか?」
呆れたような表情。なんでそうなる。
「いや、だから別に舐めては……」
水沢といい、なんなんだその返しは。
「でも、患者名とか結構数があるし、普通見てたとしても覚えてないでしょう?」
「あー、覚えてるのと、理解してんのはまた別だろ。あいつのは、ほんとに見ただけだから、読んではねーよ」
「えーと……」
なかなか不思議な言い回しだ。患者名をすべて覚えていられるくらい記憶力がいいのに、馬鹿とは。それに、見ただけで、読んでないという言い方も。
「あー、なんて言えば通じるんだ……こう、多分写真みたいな感じで、見た時は別に本当に見ただけで絵みたいなもんなんだよ。内容は必要な時に読み取ってるだけで」
「……だいぶ頭がいいのでは?」
「いやだから、フツーに馬鹿だっつってるだろ」
「ええ……」
最近の中学生、難しすぎでは?
瞬間記憶に優れている、ということなのだろうが、なかなか真似できることではない。なんならその能力、部下に欲しいくらいだ。
「ねぇねぇ、あのお兄さんってテニスプレイヤーの人でしょ? 確か事故で腕怪我したっていう。整形とかじゃなくて、メンタルのほうなの?」
「ああ? なんだこのガキ」
普通の小学生なら泣き出していそうな目つきで亜久津がコナンに視線を向ける。
「僕は江戸川コナン! 探偵だよ!」
「探偵? ガキが何言ってやがる。その年齢なら基本無職だろ。まぁなんでもいいけどよ、他人を詮索すんのはほどほどにしとけ。事件が起きてるわけでもねえんだから」
正論である。マスコミだって普通に暮らしている人のプライバシーは暴かない。現時点で、水沢尚樹には何の容疑もかかっていないのだ。
コナンに向けた言葉だと分かっているが、降谷にもしっかり刺さっている。いや、でももしかしたら本人じゃないかもしれないし、その場合すでに事件は起きているわけで……なんて、一般人に説明するわけにもいかないわけだが。
がらっと診察室の扉が開いて水沢が顔を出す。診察が早すぎないか。
「じん君、呼ばれてるよ」
「ああ」
水沢と入れ替わりに亜久津が診察室に入っていく。どういう状況だ? さすがに亜久津の病歴までは調べていない。
「ええっと……尚樹お兄ちゃん、あのお兄ちゃんもどこか悪いの?」
「んー? じん君は悪いとこないよ?」
亜久津が座っていた場所に入れ替わりで座った尚樹は当然のようにそう答えて、またきょろりと辺りを見渡した。
「でも診察室入っていったよね?」
「うん」
短く答えて、それがどうしたのかと首を傾げている。あ、もしかしてこれ1から10まで聞かないと答えないタイプか、と降谷は妙に納得した。
今まで話した感じからして、あまり隠し事をするタイプではない。先ほどもそうだが、聞けばぺろっと答えてくれるので、なんなら亜久津の方がガードが硬い。
「な、なんで診察室入ったのかなー、なんて……」
「ああ、お薬の説明聞きにね」
「え、だれの?」
「俺のー」
「えぇ……」
そういうのは、保護者の仕事では。
思っていることが全部顔に出ているので、正直水沢尚樹よりコナンの方が、降谷には何倍も分かりやすい。
「えーと、尚樹お兄ちゃんは何でここ通ってるの?」
「さぁ? 俺もよく分かんない。なんか先生に最近あったこととか話して、お薬もらって帰る」
「お、お薬って何のお薬なの?」
「なんだろ? なんかラムネみたいに溶けるやつ。味は正直微妙」
「えぇ……」
だれも味の感想は求めていない。コナンの顔もあからさまに引き攣っていた。気持ちは分からなくもない。大抵の人間は中身の分からないものを口に入れるのは抵抗があるものだ。
「そ、そういえはストーカーはどうなったの?」
「あ、あれねぇ。いったんいなくなったけど。時々思い出したようにいたりするんだよね。何の情報が欲しい感じなんだろ? なんか気の毒になってきたから教えてくれれば良きようにはからいますけど。どうです? 安室さん?」
「いや、それを僕に聞かれてもね……」
絶対こっちが彼をマークしていると分かってて聞いてる。しかも気の毒がられている上に、譲歩されている。おちょくられているとしか思えない。
もどったら絶対診療記録を取り寄せると心に決めた。
それよりぃ、と少し間延びした話し方で水沢が口を開く。視線は相変わらず何かを探しているようだった。
「そろそろ戻らなくて大丈夫? 毛利小五郎いたよね、さっき」
俺有名人初めてみたー、と口調だけはのんきだ。病棟で会った時も思ったが、いったい何を探しているのか。天井や床に視線がいくあたり、人では無さそうだが。
「そういえば、さっきなんで病棟の方にいたんですか?」
「あ〜……いや、つい出来心で」
「出来心、ですか」
「名探偵がなんか叫びながら走ってたからつい」
「ああ」
降谷とコナンの声がかぶった。たしかに、それはさぞかし目立ったことだろう。容易に想像できる光景だ。普段は忘れているが、名探偵毛利小五郎といえば、それなりに顔も名前も知られている有名人だ。
「確かに、あまり先生をお待たせするのも良くないですね。戻ろうか、コナン君」
「ええ!? 僕もっとお兄ちゃんとお話ししたい〜!」
「しー、コナン君。ここは病気で治療に来てる人たちがいるからね。あんまり大きい声はだめだよ」
特に診療科は他の患者と顔を合わせたくない、という患者もいるので、あまり部外者が騒ぐのはよろしくない。先ほどからすこしずつ視線が増えているのを降谷は感じていた。会話の内容も筒抜けの状態なので、だいぶ無遠慮に聞こえてしまっただろ。たぶん、自分の病状を好奇心で尋ねられて不愉快にならない人間は少数だ。
「それじゃあ水沢君。お大事に。良かったらまたポアロに来てね」
「うん、またねー」
少数派らしい水沢は特に気にした風もなく手を振っていた。
流石に水沢よりも降谷の方が気になるらしく、コナンもあとを大人しくついてくる。
「……安室さんって、警察なの?」
「コナン君まで……探偵見習いって知ってるでしょう?」
「なんで尚樹お人ちゃんは安室さんのこと警察って言ってるの?」
「僕が聞きたいよ……なんでか知らないけど最初から警察扱いされてる……」
本当に。なんでだ。いったいどこの陣営なんだ。面と向かってこちらの正体を知っていると言うのはこれと言ってメリットもないと思うが。
「……警察っぽく見えるのかなぁ」
「安室さんの見た目で? それはさすがに」
「コナン君、急に毒吐くのやめてもらえると嬉しいかな」
自分でもあんまり警察っぽい見た目ではないと思うけども。それでも他人に言われるとちょっと傷つくわけで。
そんなめずらしく平和なやりとりも、残念ながら聞き慣れた悲鳴で強制終了となった。
夜も遅く人もまばらな室内で、安室はあれから風見に頼んで取り寄せてもらった診療記録を手にしていた。目元にだいぶ疲れを感じるが、気づかなかったふりをする。
「水沢君の診療記録ですか?」
「ああ……外科のものと心療内科のものがあったのは想定外だったな」
考えてみればそれも当然か。外科的なものだけで済むようなものではない。
外科のものは、意外にも薄かった。英語で書かれた紹介状の写しは、海外での治療記録のようだ。
治療自体はそちらでおおむね完了しており、日本に来てからは経過観察といったところか。
流石に若いだけあって外傷の回復ははやく、次の診察は3ヶ月後に設定されている。
ここ数回の検査結果はどれもそれほど変わらないため、受診間隔が伸びたようだ。
「S. 幼馴染とテニスをしている。O. 184cm 62kg BP:110/65 A. 痛み、痺れ等の訴えはなく、日常生活に障りはない。 P. 投薬の必要性を本人が感じていない。念の為頓服で痛み止めを処方……」
カルテでよく見る記録方法だ。「Subject(主観的情報)」、「Object(客観的情報)」、「Assessment(評価)」、「Plan(計画)」の順で記載されるその書き方は頭文字をとってSOAP、ソープと呼ばれる。こうしてカルテを読む機会がなければ知らなかっただろう。電子カルテだったようで、文字はすべて印刷されたもの。正直助かる。手書きは個人の癖が強く出て、読むのになかなか時間がかかるのだ。
文字のうまい下手以外に、手書きだと極力省略しようとするようでその病院内でしか通じないような略称が存在したりする。さすがに分かりようがない。
心療内科の受診は頻回、間隔もばらつきが見られた。
*5/7 引越し直後にオーバードーズのため一時投薬を中止。本人に服薬の記憶なし。
*5/8 本人不在 幼馴染代理
血縁者が海外のため薬の管理は代理人へ。
今後本人に投薬しないこと。
食欲がなく事故後体重が低下、もどらない。
*5/10 腕の痛みは軽微。睡眠についての言及なし。
SSRIのみ減量して投薬を再開。2週間後に増量を検討。
*5/24 過眠の傾向。会話に齟齬が見られる。
増量せず経過観察。
*6/7 記憶の改竄、あるいは忘却が見られる。
SSRIを増量。
代理人:薬の味が気になるらしく噛んで服用してしまう→OD錠のため問題ない。
*6/21 腕の経過を尋ねると一瞬首を傾げる。痛みはないとの返答。
代理人:怪我の経過は良好だが、左腕を使わないとの返答。気分は安定してきているとのこと。
SSRIを継続投与。抗不安薬を追加。
*6/28 代理人のみ受診
睡眠は改善。気分良好だが、記憶の欠落が激しく一部逆行が見られる。
自分の所有物、家族のことが分からない。
父親からのメールを認識出来ない。
英語が話せるはずなのに分からないと言う。学校での英語の授業は問題ない。
代理人より本人の受診頻度を落としたいとの相談。
→PTSDの治療には認知行動療法が効果的であることを説明するが理解を得られず。
代理人:抗不安薬の味が気に入ったらしく要求されることがある。
依存症状? 抗不安薬を作用時間の長いものに変更。
偽薬としてビタミン剤を頓用で処方。
*7/5 最近よくテニスをしている。テニスに対する回避症状は見られない。
代理人:定期的にテニスをしているが、フラッシュバック等の症状なし。むしろやり方を忘れている。
言動がテニスを習い始めた頃に戻っている。
学力、学校生活に問題はなし。
言動と学力にズレを感じる。
日付に齟齬が見られる。
回避症状がみられないことから、代理人に認知行動療法について再度説明。強く勧めたが本人がおそらく事故とのことを忘れているため、掘り返したくないと拒否される。
*8/2 夏なのにガーディガンを着用。凍えるほどの寒さを感じる、腕が痛いとの訴え。
長髪で額に傷のあるお坊さんに連絡先を聞かれた→被害妄想?
代理人:2週間の合宿のため薬の管理は代理人母親に委任、次回受診日は合宿終了翌日に。
症状の悪化が見られる。ここにきて腕の痛みを訴えるのが気に掛かる。
頓用で抗不安薬を追加。
*8/14 整形から:代理人から連絡。体調不良の可能性があるため検査を希望、緊急で整形を受診、血液検査を実施。
白血球↑ CK↑ SSRI中止。変更を検討。
代理人へ:薬剤中止による症状の急激な悪化が予想される。注視するように。
*8/23
血液検査を実施。
白血球、CK正常。
SSRI 薬剤を変更して再開。
*9/6 街中、学校でパンダに会った。パンダはエクソシスト→幻覚、妄想の可能性。
カウンセリングを開始。
認知行動療法について再度説明。本人が事故の内容に触れない限りこちらから話を振らないようにしてほしいと代理人。
頓用の抗不安薬の味が気に入らないらしく、飲みたがらないため変更を希望。
*11/8 10/31に渋谷でまたパンダに会った。お腹がもふもふしていた。
ハロウィンの渋谷での出来事のため判断が難しいが、感触を伴っているため幻覚であった場合は悪化していると見られる。
統合失調症の疑い、経過観察。
*2/2 カウンセラーに対し、最近警察に見張られている、部屋にカメラと盗聴器がつけられていると。
カメラと盗聴器がうるさい、不眠の訴え。
被害妄想? 幻聴あり。
日付を正しく認識している。
代理人:いまだ父親からのメールを認識出来ない。念の為メールの件に対しては本人に言及しないでほしい。
父親からのメールを認識できないのは回避行動? トラウマとの関係性が見えない。
*2/16 左腕に対する意識が低すぎる。動かしていない認識がそもそもない?
整形から:普通に動かす分には支障ないはず。精神的要因で動かない可能性が高い。
代理人:米花町を認識していなかったことが判明。日常生活はほとんど右手で足りている。
回避行動? 腕の怪我についても本人について言及してほしくないと代理人。
認知行動療法について再度説明するも同意を得られず。
忍容性があるためSSRIを増量。
*3/1 再三受診しているにもかかわらず病院内で迷子になる。左右の認識が出来ない?
代理人:元から。左利きのため、左右の認識が微妙に逆。意識して考えれば分かるため、あっている時もある。
「2回に1回は亜久津仁が一人で代理受診か……」
彼としては、あまり本人に病状を知らせたくないらしく、担当医との度重なる意見の対立が見られる。
原因となる事故の記憶と向き合せるべきと言う医師と、できるだけその件に触れたくない幼馴染のやりとりが散見された。
薬についても、内容は本人に知らされていないようだ。降谷的には、誤魔化すのも厳しい量になってきていると思うが、本人が気にしているのは味だけの様子。いいのかそれで。そういえばコナンにも味が微妙と言っていたか。
薬の管理を亜久津がしているのも本当らしい。
処方内容を見ても、徐々に薬の量と種類が増えていることがわかる。
食事はほぼ毎日幼馴染の家で食べていることから、おそらくその時に薬を飲んでいるのだろう。処方間隔的にもずれがないことから、亜久津がしっかり管理しているのが分かる。
ところどころ味の感想が載っているので、服用していないことはないと思うが。
記憶の欠落の仕方、医師の質問に対する反応から、本人であると降谷は感じた。
別人の線を考えていたのだが、それにしては取り繕う様子がない。
流石に、怪我自体を忘れているような仕草や左利きではないかのような振る舞いは、成り変わりにしては雑すぎる。
それに、父親のメールを認識出来ない、と言うのもなかなかなりすましであれば出来ない反応だ。
被害妄想についてはいたたまれない気持ちになる、としか言えない。治療の妨げになっていそうで流石に申し訳ない。
「空振りか……?」
いやだって怪しいだろう、いろいろと。
あれ全部天然かぁ〜と天井を仰いだ。目に入る蛍光灯の灯りが脳にまで響くようで、手のひらで瞼の上から眼球を押さえる。
上からかかった圧力は確かに不可解だが、今はこれ以上彼をはっていても情報は出ないのだろう。
割けるリソースはそう多くはない。
とりあえず眠りたい、と切実に思った。
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病院の中を警察の人間が出入りしている。鑑識のようなので、今回は爆弾ではなく殺人の方だったようだ。
正直、コナンに付き纏われて気が気じゃなかった。コナンの世界で病院は爆破対象になるので。
「おい、帰るぞ」
受付で薬をもらい終わったらしい亜久津の声に、警察から視線を外す。巻き込まれなくて何よりだ。
「はーい。じん君、ドーナツ買って帰ろ!」
「あぁ……? ったく、仕方ねぇなぁ」
本日も晴天である。