晴れ時々雷雨。その弐拾弐

お花見配信をしよう、という忍足の誘いで、尚樹たちは集まっていた。
忍足が360度配信できる、とか言う尚樹には初耳のカメラを入手したらしいので、撮影はお任せしている。使って見たかったらしいので、今日のお花見もそちらがメインなのかもしれない。
ちなみに、跡部がプロのカメラマンと音響を連れてこようとしていたので、人の多いお花見でそれは迷惑すぎると全力で止めた。
今回のメンバーは忍足に亜久津、跡部に尚樹の四人だ。
「なんで亜久津がいるんだよ」
「仕方ねぇだろ、さすがにこの人混みは無理だ」
「せやな」
「なにが無理なんだよ……」
「てかただの花見配信にカメラマンつれてこようとするのは金持ちすぎない? 金持ちだったわ」
「それな」
「あーん? お前らがうるさいからちゃんと置いてきただろうが」
なんか文句あんのか? とガンつける様はただのヤンキーのそれ。
「まぁまぁ。今日は跡部に庶民の遊びを教えたるからな?」
「頼んでねぇよ」
ツンデレ、ツンデレ……と流れていくコメントは忍足の胸のうちにしまっておく。
「忍足ー、たこ焼きあるよ」
「おー、ええな。でも先にお参りな?」
「あの長蛇の列に並ぶのまぁまぁ心折れない?」
「せっかく来たならお参りせな。並んでる最中に花見もできるやん?」
参道にずらりと並ぶ桜はどれも綺麗に咲いている。人がいなければ、参道も桜色に染まっていたかもしれない。人があまり足を踏み入れない境内の隅や木々の間には、桜の花びらがまだ色を保ったまま降り積もっていた。
「並んでる最中の飲食はNGですか?」
「お清めしてからお参りするんやからダメやろ。しゃあないから先になんか食べよか。お行儀よく食べるんやで?」
「わーい」
というわけで先にちょっとだけ食料調達。いつかの縁日を彷彿とさせるラインナップ。
せっかくなので、購入はこういうのが初めてらしい跡部に任せる。任せると言っても、隣から介護されての購入だが。
「店主、これで」
「跡部、跡部。屋台でカードはだめです。現金ない?」
財布から一万円を取り出そうとする跡部を押さえて、尚樹は自分の財布から千円札を渡す。万札しか入っていないあたりにお金持ちが滲み出ている。でも屋台で1万円は迷惑すぎるのでダメ、ぜったい。
「跡部、屋台で大きいお金はNGや」
「なんでだよ!? 金は金だろ」
「それはまぁそうなんですけど。お釣り問題があるんですよ、跡部」
おひとつどうぞ、となんとか購入できたたこ焼きを差し出すと、どうやって食べるのかと首を傾げられる。爪楊枝の文化は跡部にはないらしい。たしかに、フォークとナイフで食べてそうだ。
「跡部、爪楊枝って知ってる?」
「馬鹿にしてんのか? 流石に知ってる」
「つまりそういうことですよ」
爪楊枝をたこ焼きに刺して再度渡す。ちゃんとタコに刺しておいたので流石に食べられるだろう。
「なんや、水沢が介護する側に回るん珍しいなぁ」
口に物が入っている跡部は物言いたげだが、育ちがいいので声を上げることはなかった。視線だけが雄弁に抗議している。
尚樹は猫舌なので食べる順番は最後だ。
「忍足、熱いから先に食べなよ。カメラ持とうか?」
「お、頼むわ。水沢のたこ焼きばらしとこか?」
「よろしくお願いしますぅ」
たこ焼きとカメラを交換したところで忍足の後方から走ってくる人物が目に留まる。あからさまにスリっぽい。視線はまっすぐに忍足のバッグポケットに向かっている。
それ以上に、なんかいろいろグロテスクな見た目の何かがくっついているのに静かにドン引きした。多分これは他の人間には見えてないやつ。
多分このまえ七海が言っていた呪霊、というやつなのだろう。雰囲気からして常習犯っぽいので、今までの被害者たちからの怨念的なものがああいう形で表れているのかも知れない。
どん、とそのまま忍足にぶつかったその女性は、驚く忍足をそのままに尚樹の横を駆け抜けていった。
うっかり忍足に残された小さい呪霊をそっと祓っておく。
「忍足無事?」
「なんやなんや、びっくりしたわ。失礼なやっちゃな」
「たこ焼き無事?」
「水沢はどっちの心配しとるん?」
「はい、忍足」
スられた財布はすれ違いざまにスリ返しておいたのでちゃんと無事。あんな動きでは丸見えである。
「え、俺の財布! なんで水沢が持っとるん」
「さっきの女の人スリだよ。あとケツポケットに財布入れるのやめたほうがいいよ、スりやすいから」
「まじか……、て、なんや、なんか入っとる」
財布を入れていたポケットを確認した忍足は、指先に触れる硬い感触に顔をしかめる。ひっぱり出すと五円玉のようだった。
とたんに配信のコメント欄にくろべえの文字が流れ出す。
「なん、くろべえて」
「これ、五円玉マジックかなんかで塗ってる? 妙に黒くない?」
単純に汚れた割には黒すぎる五円玉。入れたのはスリの女で間違いない。お金をスってお金を入れることになんの意味があるのか、尚樹には分からない。
「へぇ、有名なスリのひとなんや? みんな詳しいなぁ」
コメントと会話しているらしい忍足の声に思考が戻ってくる。もしかして、黒い五円玉だからくろべえ、なのだろうか。
「スリで有名ってなに? うける。江戸時代みたい」
「なんで江戸時代なん」
「江戸時代てなんかスリとかすると領収書はいってたりしたらしいよ。あと組織的だったって」
「変なこと知っとるな?」
「江戸時代にいたことあるから」
「せやな」
「いやつっこめよ」
「お財布の中身無事?」
「あ、せやな。一応確認しとこか」
「忍足、カメラ気をつけて」
「おー」
忍足からたこ焼きを受け取った亜久津が無言でもぐもぐと食べる姿をカメラに写す。
「もう食べても大丈夫そ?」
「いや、まだ厳しいんじゃないか」
「そんなぁ」
まだ中は熱々らしい。特に被害はなかったらしい忍足が食べ損なっていたたこ焼きを口に入れる。
戻ってきたたこ焼きとカメラを交換して我慢できずに一口。
「あっつ」
「だから言ったろ」
「じん君の言うことちゃんと聞いとき?」
「うう……熱々でなく冷え冷えでないタイミング難しい……」
美味しい温度のストライクゾーンが狭すぎないだろうか。
「せっかくだしおみくじ引いてく?」
「お、ええなぁ。運試ししよか」
「跡部おみくじ引いたことある?」
「そんくらいある」
おみくじ掛けに所狭しと結ばれたおみくじはいっそ見事なほどだ。
尚樹は普通に吉だった。まあまあの結果なのでお持ち帰りだ。跡部が大凶なのは最高に笑えるのだが、ご機嫌を損ねてしまうので我慢である。全員肩を震わせていたのであまり意味はなかったかもしれないが。
「おまえら……」
「まぁまぁ、跡部はおみくじ結んで帰ろうな」
「利き手と反対の手で結ぶといいらしいよ」
「片手でできるもんか? これ」
「まあ無理にしなくてもいいんじゃない? 真偽の程は定かではない」
「えー、なになに。凶のおみくじは利き腕と反対の手で結べば、困難な行ない、をしたことになり、凶が吉に転じるという言い伝えもある。やって。有能なリスナー多いな」
「じん君何引いた?」
ぴらり、無言で見せられたおみくじには大吉、の文字。跡部は知らない方がいいかもしれない。
幸いにして彼は大凶のおみくじを左手だけで結ぶことに腐心しているようだ。見かけ通りの負けず嫌いなので多分もうしばらくかかるだろう。
リスナーに姫の愛称で呼ばれていることは跡部の預かり知らぬところである。
ひときわ大きくがらんがらんと乾いた鈴の音が聞こえる。拝殿の方を見るとなんとも見知った姿。少年探偵団の姿である。
「ん? 通報てなにが? あー、さっきのスリの話か。いうてもああいうのは現行犯なやい?」
「忍足どうかした?」
「いやな? さっきのスリの人、警察に突き出さんとって」
「えぇ……? いやいや、捕まえるのは警察さんのお仕事では? 良くないよ、余計なことに首突っ込むの。碌なことにならないんだから……」
殺人事件に巻き込まれたり、爆発事件に巻き込まれたり……。すでに特大のフラグは建っているので余計なことはしないに限る。
「なんや、実感こもっとるなぁ」
「お約束でしょ。どっかの名探偵も不審者追いかけてバットで殴られてるんだから」
そして目が覚めたら……体が縮んでいた!
脳内再生余裕です。
「なんの話やねん……」
「漫画の話」
「あー、そういう。まぁ、そうせんと漫画は話進まんから……」
「そういう側面もありますね。つまり現実ではやめとけって話」
「たまに見せる常識なんなんだよ……」
「む? 心外ですけど? 俺はいつも常識的なんだよ、跡部」
「自分の行いを振り返れ」
正直跡部には言われたくないが、ややこしくなりそうなのでスルー。普通の中学生は支払いにカードは使わないのである。
「とりあえずお参りしよ。五円玉3枚もあるし」
「言ったそばから常識投げ捨てるのやめてくれ」
「大丈夫、お金は須く汚いから、マジックで黒くなってても価値は変わらないよ」
「マジックうんぬんの話じゃないからな? あと多分汚いの意味が違う。ついでに証拠隠滅すんな」
「いやいや、わざわざ財布スってお金入れてくれたんだから、神様にお祈りしろって意味だと思うんだよね」
「な訳あるか」
「いやだってさ、意味わかんなくない? お金とってお金入れるの」
「あー、なんや、それごくろうさん、って意味らしいで」
「ごくろうさん?」
「せや。なんかさっきリスナーが書いとったな。五円玉のご、と、黒色のくろ、と、三枚のさんで」
「えぇ……とんちじゃん」
手間を増やすことによって成功率を下げる意味が理解できない。しかもわざわざ五円玉を黒く塗るという労力と時間を割いてだ。
「水沢って意外と現実的なとこあるよなぁ」
「そう? 普通じゃない?」
「いや、そのへんはロマンやん。たぶん」
「スリにロマン……そういう人間の感情はちょっと理解できないかなぁ」
「人外みたいな発言するやん」
ようやく跡部がおみくじを結べたみたいなので手水舎に向かおうとしたところで忍足から待ったがかかった。
五円玉は流石に警察に渡した方がようない? となんとも嫌そうに親指と人差し指で五円玉を摘んでいる。厄介ごとの香りしかしないので、その話は先ほどのでおしまいにしたかったし、できればこのまま賽銭箱にぶち込みたかった。多分リスナーに余計なことを言われたのだろう。
「お金って指紋取れなそうじゃない?」
「それはそうやけども」
「良くないと思うなぁ、その正義感」
しかし悲しいかな、日本は民主主義の国なので人数の多い方が勝ちなのである。
渋々と僅か15円のために交番へ足を向ける。
「まぁまぁ。多分交番行くまでに警官おるやろ。どこそこ警備にでとる思うで」
「まぁねぇ」
むしろ小さな名探偵が近くにいるはずなので、いないはずがない。
「あ、言うたそばから。あそこおるで、水沢」
「あー……俺行ってくる。忍足、あんま映さない方がいいかも。バンされそう」
かすかな血の匂い。わずかに漏れ聞こえてくる話し声、その内容。多分、あそこに死体がある。
「え、なん急に」
「カメラきっとけ。多分カメラに写したらまずいもんがあるんだろ。なんか人集まってるしみてーだし」
すぐに状況を察してくれるあたり、さすが幼馴染である。この場は亜久津にまかせて尚樹は死体があるらしいトイレ裏に向かった。
コナンには顔が割れているので、念の為絶をして遠目に現場を眺める。阿笠博士もいるようだ。
金髪の女性になんとなく見覚えがある。あれも警察っぽいので、ずいぶん駆けつけるのが早い。死体のあたりがものすごく禍々しい感じなので、そっと円を広げると大きいもの以外は消えていった。基準はわからないが、円程度で払える呪霊には限度があるようだ。まぁ、自分の仕事ではないのでこれも本職に任せておけばいいだろう。
手に持っていた五円玉は近くに立っていたポアロの店員のポケットにそっと忍ばせておく。なんだかみょうちくりんな格好をしているが、囮捜査か何かだろうか。これも見つかると面倒そうなので、そっと踵を返して皆のところに戻った。ちゃんと警察には渡したので、任務完了である。
「忍足、配信切ってる?」
「映像だけとりあえず切ったけど。なんかあったん?」
さっきのスリの人死んでた、とドイツ村のラインにメッセージを流してじん君には直接画面をみせる。その非現実的な内容に忍足と跡部が僅かに息を呑んだ。
「あー……これ、配信完全に切った方がええか?」
「ま、その方が無難じゃない?」
「せやな。んじゃ、みんな、悪いけど一旦ここまでな。俺たちに何かあったわけじゃないから、その辺は心配せんといてー。またな」
忍足が配信を完全に閉じたのを確認して尚樹は口を開いた。まさかこのメンツで殺人事件に遭遇するとは思わなかった。コナンのフラグが強すぎる。
「警官さん、応援を呼びに行ったみたい。出入口を封鎖するって言ってたから、しばらく帰れないかもね」
「マジか。そんなドラマみたいな方法とるんや?」
「それねぇ。出入口封鎖してもどこそこ出入り出来そうだけどねぇ」
「せやんな」
神社の境内はそこそこに広い上に、周りにはちょっとした森もある。出入り口も正面だけではない。
凶器がどこかに捨てられているとしても、探すのはなかなか骨が折れるだろう。ましてこの人だかりだ。そう簡単に容疑者を見つけられるとも思わない。
「あとさぁ、あんまり良くない知らせなんだけど」
「なんや」
「どうもスリの被害者が殺人犯って話になってるみたい」
ちらりと聞こえたコナンたちの会話。スられたお金の中にGPSが仕込まれていたらしい。ピンポイントでその財布がスられるのもなかなか奇跡的な確率だとは思うが、まぁそれはそれ。
「えぇ!? もうそこまで絞り込めてん? ってもしかして俺も容疑者?」
「そういうことになりますね」
「ええ……」
「いや、まぁ忍足は配信で映像残ってるしアリバイ的に大丈夫だとは思うけど」
「あ、せやんな。ちょお焦ったわ」
証言だけならすこし弱いかもしれないが、忍足の場合は映像も証拠として残っているので、まず疑われることはないだろう。加えて被害者である証明の五円玉も尚樹が隠滅したので容疑者として集められる可能性も低い。まあ、結局境内から出られないことに変わりはないが。
「まぁ、しばらくはこっから動けなさそうだし、お参りでもする?」
殺人事件の方に人が流れたのか、参道に並ぶ人の数は幾分減ったようだった。並ぶなら今が絶好のタイミングだ。
「お前のメンタルどうなってんだよ」
「えぇ? なんで今ディスられてんの?」
「よくもまあこの状況でお参り行く気になるな」
「いいじゃん。ちょうど厄も落ちそうだし。まだたこ焼きしか食べてないし」
「おまえ……」
いったい跡部が何を気にしているのか尚樹には分からない。たしかに近くで殺人事件が起こっているかもしれないが、相手は今日初めて会った人間で、しかも忍足の財布をスった人間だ。それもその場で尚樹がスリ返したので言葉も交わしていない。つまりまったくの他人。知り合いと呼ぶのも烏滸がましいほどの無関係だ。自分達の行動を変える理由にはならない。
「まぁまぁ、よく考えてもみてよ、跡部。出入口封鎖してるってことはさ、これ犯人捕まるまで帰れないやつだよ。んで、今から捕まえるってことは鑑識とかはいって多分証拠とか見つけた上でってことじゃん?」
「……まぁそうだろうな」
「つまり、明るいうちに帰れるかどうかも怪しい、と。なら出店の在庫があるうちに腹ごしらえしておくべきでは? 生存戦略というやつなのです」
お、これはなかなかいい建前なのではと自画自賛したところで、全部理解している亜久津には短くため息をつかれた。
「お前……生存戦略いいたいだけだろ」
「流石じん君、分かってるぅ」
まぁ要はお花見を楽しみましょう、ということだ。
結局ここで突っ立っていてもどうしようもないので、お参りに行くことに。
手水舎で手と口を清める。跡部は意外というか予想通りというか、お作法に厳しかった。尚樹はなんとなくやり方は知っているが、右手から清めるのか左手から清めるのか毎回わからない。
「お参りしたら、何食べる?」
「あったかいのがええなぁ」
桜は満開だが、まだ肌寒い季節だ。自然と暖かいものに目がいく。
「分かるぅ。串とかもあるよ」
「串もええなぁ、お好み焼きも腹にたまってええんやない?」
「お好み焼きってたこ焼きと組成ほぼ一緒では?」
「だからちゃうって。別もんやん」
「えぇ……関西人たこ焼きとお好み焼きに対して強火すぎない?」
「普通やろ」
中身のない会話をしているうちに順番が回ってくる。尚樹は無難に五円玉を投げ入れたが、跡部は躊躇なく一万円を投入していた。多分一生真似できない。
鈴緒に手を伸ばしたところで、横から亜久津の腕が伸びてきて、右手は尚樹の左手を、左手は尚樹と一緒に鈴緒を掴む。
「祖父さんに一人で鳴らすなって言われてたろ」
「ああ、忘れてた」
「忘れんなって。神隠しにあうぞ」
うっかりしていた。ただの迷信だとは思うが、最近呪いとか呪霊とか、そういうスピリチュアルな話を聞いたばかりなので油断はできない。そういう世界観なら神隠しくらい普通にありそうだ。
二人で鈴緒を引くと、左右に揺れた鈴ががらがらと音を立てる。その瞬間に、賽銭箱の中からぶわりと何かが湧き上がるような感覚がした。
反射的に手を繋いでいた亜久津含めて纏をしたが、それはそのままどこかに行ったようだった。
「……中に死体入ってるとかないよね……」
「おい、小声で物騒なこと言うな」
独り言のつもりだったが、さすがに隣にいた亜久津には聞こえたらしい。
「いや、なんか禍々しい感じしたから……」
「お前がいうと洒落になんねーから」
「えぇ……俺どっちかっていうと霊感ないんですけど」
「だからだよ」
「たしかに」
自分の幼馴染、天才では?
後ろの人に場所を譲って、先に終わっていた忍足と跡部に合流する。
「男子中学生が手ぇ繋いで鈴鳴らすはさすがに痛くないか?」
「なぬ。だって手繋いどかないと危ないよ? 跡部」
「何がだよ……」
「まぁまぁ。水沢ひとりにすると危ないやん」
「何がだよ!?」
亜久津も忍足も疑問に思うどころか、当然のように返されて跡部ば頭をかかえた。これは自分がおかしいのか? いや、普通におかしいだろう、と。
「まぁまぁ。お参り終わったし、屋台見てまわろーよ」
「せやなぁ」
「跡部なんか気になるものない?」
「……どて煮……ってなんだ」
「おぉ、いいね、どて煮。口で説明するより食べた方がはやいので買いに行きましょう」
最近の屋台はメニューが色々と豊富なので、いろいろな種類を試すことに。食べ盛りが少なくとも三人はいるので余らす心配はない。
離れて着いてきていた跡部の使用人さん達が、いつの間にか程よいお花見の場所を押さえたあげくに座れるように準備してくれていたのでありがたく使わせてもらう。
まさか屋外の花見でブルーシート以外に座る日が来ようとは夢にも思わなかった。
毛足の長い敷物に、ふかふかのクッションまで完備だ。そして熱いお茶まで淹れてもらえるという。目立ちまくって若干遠巻きにされている以外は大変快適。
多分本来なら会場一つ貸切にしてお花見するんだろうな、と容易に想像できた。
「結局最後は金持ちの花見になったなぁ」
「だねぇ。俺こんなに至れり尽くせりなの初めて。最高かな?」
「ふはは、このくらいは当然だぜ」
どこにいても跡部は跡部だなぁ、と屋台で買った鈴カステラを頬張る。久しぶりに食べたが相変わらずおいしい。
遠くの喧騒には少し境内から出られないことへの不満が混ざり始める。
お酒を飲んで騒いでいる人間以外は流石に何時間もお花見で時間は潰せないだろうから、当然の結果だ。
尚樹たちも跡部がこうして休める場所を提供してくれているので他の人間よりはマシだが、立ちっぱなしはさぞ辛かろう。
あと、不思議なことに人間は出てはいけないと言われると出たくなる生き物なので。
「まだしばらくかかるんかなぁ」
「そうだねぇ。さっき警察の人たちなんか探してたっぽいけど。あれ凶器探してる感じかな」
「だろうな。犯人が身に付けてたらしい血のついた帽子とコートはあったらしいぞ」
「あれ、跡部なんでそんなこと知ってるの?」
「一人情報収集に行かせてる」
「え、なに、跡部ん家お庭番でもいるの?」
「なわけねぇだろ。普通に現場付近にいるだけだ。声デカすぎて筒抜けらしいぞ」
「それはなんちゅうか、ありなん? いや、殺人現場初めてやから普通が分からんけど」
多分普通じゃないんじゃないかなぁ、とは流石に口にしないでおいた。大変メタな発言なので。現場に無関係の小学生が堂々と入り込んでるあたり、普通ではないし、情報おの管理に関しては昭和かな? というくらいがばがばだ。先ほど忍足が言った、そうしないと話が進まない、と言うところに全てが集約されている。
「あ、じゃあ帰れるようになったらその人が教えてくれる感じなんだ」
「その予定だ。まぁ凶器が見つからなくてもコートと帽子から犯人のDNAがとれるだろ。もうすぐ解放されんじゃねーか?」
「さすが跡部、あったまいい〜」
まぁ多分、DNAなんて取らずに犯人逮捕するだろうけど。
用意周到な跡部の使用人から提供してもらったカルタで時間をつぶす。これに関しては尚樹が無双したせいで、跡部のスイッチが入ってなかなか盛り上がった。物の位置を覚えるのは得意なほうだ。
あたたかい紅茶をおかわりして、僅かに赤みを帯び始めた空を見やる。なんとか夕飯前には帰れそうだ。ゆきに連絡するかひそかに悩んでいたところだった。
「お花見楽しいねぇ。忍足連れてきてくれてありがとうね」
「お、なんやなんや、可愛いこというやん。また遊び行こうな」
「うん、跡部もまたあそぼーね」
「気がむいたらな」
今絶対ツンデレ字幕が流れたなぁ、と忍足は笑いを堪える。尚樹はもちろんだが、跡部も配信にのせるとなかなか受けがいいのだ。
二人とも言動が別のベクトルで面白い。
ちなみに、忍足と亜久津は保護者枠である。いないと視聴者に大変心配される。
「ああ、規制解除されたみたいだな。帰れるぞ」
もう車はスタンバイしているらしいので、お言葉に甘えて全員送ってもらうことになった。
一気にはけていく人混みをしばらく眺めてから腰をあげる。混雑を避けるためなのはもちろんだが、コナンたちと鉢合わせないための処置だ。
帰り際に通った殺人現場には、まだ死体があるようで、心なし大きくなった呪霊がシミのようにトイレの壁に張り付いていた。