晴れ時々雷雨。その弐拾
米花町の車内アナウンスに、思わず尚樹は電車を降りた。
電車が去って、人もまばらになったホームで駅名を振り返る。何度確認しても米花町と書いてあるそれに気が遠くなった。
やっぱり気のせいじゃなかったか。米花町……世界を跨ぐ迷子とか、壮大すぎて草。
今回のこれは、自分の過失による迷子ではないと主張したい。
「コナンあんまり詳しくないんだよねぇ」
なんせ、ジャンプ派なので。週刊誌を複数買うのは未成年の懐にはなかなか痛いのである。
尚樹の知識はアニメや単行本ならところどこ見ている、という程度。長期間にわたって連載されているものなので、なんなら見ていないところも結構ある。劇場版だけは妹に付き合わされて全作履修済みだ。
「ていうか週刊誌またぐのはずるいってぇ」
どちらも現代日本が背景なので、米花町でなければ移動したことに気づかなかったかも知れない、それほど自然に世界が変わっていた。ずっとジャンプ作品ばかりだったのでてっきりそういう法則なのかと思っていたのだが、違ったらしい。
いろいろ思うところはあるが、とりあえず、せっかくなので。
「観光でもするか」
毛利探偵事務所、の文字を見上げてからポアロのドアをくぐった。店内を軽く見回したが、残念ながら主人公はいないらしい。ただのミーハーである。
街中を適当にぶらつきながら、思い出したように通行人に道を尋ねて、奇跡的にたどり着いたのだ。
店の名前は覚えていなかったが、毛利探偵事務所と言えばすぐに通じた。
カラーリングの派手な店員に案内されてカウンターに座る。
お茶をするには遅く、夕飯には少し早い時間だからかそれほど広くない店内にほかの客の姿はない。
道路に面した窓ガラス、ひっくり返ったポアロの文字。今は誰も座っていないその窓際の席は、なんとなく風景として覚えがある。きっと主人公たちが利用しているのだろう。
カウンターの奥側に食器棚。そのガラス戸に写る朧げな自分の姿。トイレは店舗の奥、カウンターの横から。トイレの中を確認しないとなんとも言えないが、逃走経路のない店だな、というのが尚樹の感想だった。
名探偵の生活圏内なので、殺人が起こりそうな気もするし、近すぎて起きない気もする。
まあそのへんは作者の匙加減なのでどうとでもなるところだろうが。
とりあえず歩き回って少しお腹が空いたのでケーキセットを注文。夕飯も食べてしまおうかと思ったが、今日はゆきに夕飯はいらないと伝えていないので、きっと用意してくれているだろう。
問題は帰れるかだが。流石に世界をこえて幼馴染を召喚するのは無理だ。
とりあえず、名探偵がすでに子供になっているかだけでも確認するかとスマホを手に取る。きっと高校生のままなら毎日のように紙面を賑わせているに違いない。
ニュースサイトにはいくつかの事件に、毒にも薬にもならないゴシップ記事。内容もろくになさそうなメディアのまとめ記事。名探偵毛利小五郎の見出しが目に入った時点で確信した。流石に時期までは推測できないが、原作開始している。
雑多な記事の見出しに混じる広告はなぜか旅行を全面的に勧めてくる。しかも逃げ場のない電車の旅。主張が強すぎて殺人が起こる未来しか見えない。却下。
次のサミットは東京で開かれるらしく、その記事も散見された。怪盗キッド関係の記事もあったのでそれをタップする。
来月ベルツリー急行の一等車にとある宝石が展示されるらしく、その宝石を狙って予告状を出したらしい。ベルツリー急行が何か分からなかったので、ご丁寧に貼ってあるリンクを辿る。
鈴木財閥が誇る最新鋭の豪華列車、と出たところで大体把握。つまりこの列車は爆発する。
さっきからやたら表示される旅の広告はこれか、と納得してブラウザを閉じた。
スマホをあらためて見つめる。何せ電車でそのままぬるっと世界線が変わったので、持ち物は特に変わっていない、ように見える。スマホも以前のままだ。何かヒントがないかとメッセージアプリを開いた。
トーク履歴は今までと特に変わりなく、一番上には亜久津とのもの。
適当に電話帳やメールもチェックしたが、最後に見た時と同じ。
うーん、これはスマホがソノウソホントの効果でデータが保持されているのか、テニプリの世界から移動していないのか、どちらだろう。
ことり、とカウンター越しに置かれた紅茶。ちらりと視界にうつった指先。その日本人には珍しい肌色を辿る。
最初に見た時も思ったが、褐色の肌に金髪とは派手なカラーリングだ。日本人かどうかも怪しいところだが、何せ原作は漫画である。カラーリングについてはわりとフリーダム。
さて、ぱっと見はただのヤンキーなイケメンだが。
メタなことを言えば、尚樹の知らないキャラだが顔付きからしておそらく主要キャラ。これだけ特徴的な見た目なら流石に覚えていると思うので、もしかしたらだいぶ話が進んでいるのかもしれない。耳からの情報に関しては割とザルだが、目から入った情報に関しては割と記憶している、と尚樹本人は思っている。映像であれ絵であれ、それが文字でも、視覚から得られる情報はそのまま残る。理解しているかは別として。
それに喫茶店の店員を装ってはいるが、警察だ。もう明らかにコナンに近い人物だろう。
別に後ろ暗いことはないが、ハンター世界にいたせいか、警察は何となくわかる。
視線の動き、身体つき、服装。警察というのは案外分かりやすいものだ。
さすがに、最近自分の周りをうろうろしていた警察とは別なはず。世界が別なので。
一瞬だけ視線を向けたあとはまたスマホに視線を落とした。
とりあえず、ためしに救難信号だけは出しておこう。もしかしたら世界線がつながっているレアケースもあるかもしれない。
GPS情報を頼れる幼馴染に送って、尚樹はのんびりと紅茶に口をつけた。
こちらへ向かってくる慣れた気配。カラン、と音を立てたカウベルに、尚樹は顔をあげた。
「じん君こっち〜」
「おまえ……反対方向だろうが」
ちょうどケーキも紅茶もなくなったころ、亜久津が店内へと入ってきた。どうやらレアケースの方らしい。無事に今日の晩御飯にはありつけそうだ。今までとは違う展開だが、まあ尚樹としては生活が保障されていればどちらでも構わない。
「いや、なんかいつもと違う駅に着いたんだよ、ミステリーなんだよ」
「ちっげーわ、お前が乗り換える線間違えたんだよ。あと反対口に出れば家の方向だったわ」
「ええ、いつのまに米花町はそんなご近所に?」
初耳ですが? 駅の反対口って、それはもう隣町では? うちのマンション爆弾設置されてたりしないよね?
とりあえず、コナンの世界観なら殺人と爆弾は大体あると尚樹は思っている。
「じん君も何か食べる?」
ここは俺の奢りで。わざわざお迎えに来てもらったので、何かご馳走しましょう、とメニューを手渡す。ため息を一つついて亜久津は隣の席に腰を下ろした。
すかさずお冷やとお絞りが出てくる。見た目はチャラそうだが、なかなか真面目な店員である。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「ああ? んでこんな所にサツが」
片眉をあげて、亜久津が思わずと言ったように口をひらく。
あ、やっぱり分かるよね、警察。さすが幼馴染……。でもここは思ってても言っちゃダメな所。イケメンさん笑顔だけどめっちゃ怖くなってる。
「しー! ダメだよ、じん君。警察官は副業禁止なんだから、そっとしておかないと」
きっと薄給で生活に困っているのだろう。副業禁止なのだから、その辺は配慮してあげればいいのに、と思わないでもない。まあ、尚樹は警察官の給料など知らないが。こんなところでアルバイトをしているあたり、少なくともコナンの世界ではあまり高くないのだろうと予想できる。
たぶん、どこよりも仕事は多そうだが。ちゃんと寝る時間があれば良いのだが。隠していてもうっすらと見える目の下のクマに、ちょっと気の毒になってきた尚樹である。
「お勤めご苦労様です……」
「え、嫌だな。僕の本業は探偵ですよ? 警察じゃないです」
「ああ? いやどー見ても」
「しー! じん君ダメだってば。ほら、じん君の好きなモンブランだよー」
「俺は犬かなんかか?」
「ごめんね、えーと、探偵さん。じん君も悪気はないし……副業は黙っておくから! 大丈夫だよー!」
「いえ、ですから……」
困惑顔のイケメンの言葉を遮ってモンブランを注文する。こういうのは否定すればするほど逆効果なのだ。できるだけ話さないほうがいいですよ、という気持ち。
笑顔のまま納得していない空気を放ちながら店員はコーヒーを入れはじめた。なかなか器用な人だ。
とりあえず、コナンの世界で警察なんて危険なものには近づかないのが吉だ。事件に巻き込まれる予感しかしない。
待つほどもなく提供されたモンブランとコーヒー。コーヒーの香りに釣られて、尚樹もコーヒーを追加で注文した。
「ところでじん君、米花町って前からあった?」
「おまえ……失礼極まりないからな? まぁ、海外暮らしが長いのもあるかもしれねーけどよ……」
せめて自分が住んでるあたりのことくらいは知っとけ、と至極もっともなことを言われてしまった。尚樹の行動範囲が割と狭めなので、奇跡的に今まで米花町に近づかなかっただけらしい。
「なるほど……つまり昨日今日生えた街じゃないと……」
「こんな規模の街急には生えねーわ」
ごもっとも。
常識的に考えて、それはそうなのだが。いろいろと渡ってきている尚樹の中では、街が急に生えることもないとは言い切れない。
「あと先月銀行行ったろ。あそこ一応米花町だぞ」
「なぬ」
前言撤回、しっかり米花町に足を踏み入れていたらしい。どうりで今どきレアな銀行強盗に遭遇するはずだ。言われてみれば爆弾も持ち込まれていた。まったく活躍しなかったので忘れていたが。
なるほどねぇ、とようやく納得して少し温度の下がってきたコーヒーに口をつける。猫舌の尚樹にはちょうどいい塩梅だ。
隣を伺えば、亜久津が眉間にシワをよせながらモンブランを食べていた。好物食べると顔が険しくなるじん君はほんとうに可愛いと尚樹は思うわけだが。以前忍足にそう言ったら残念ながら理解を得られなかった。
「じん君また一緒にモンブラン食べにこよーね」
「サツがいねーときにな」
「しーっ」
尚樹は空気の読めるいい子なので、幼馴染をなだめつつコーヒーを美味しくいただいた。ついでに飲み物を2杯も飲んでお腹がたぷたぷなのでトイレにも失礼して、やはり逃走経路はないという結論に至った。
また来ようね、などと口では言ったが観光はもう十分に満足したのでここにくることはないだろう。
時間は少し遡る。
何度監視カメラをチェックしても、水沢尚樹に不審な動きは見られない。
風見は深夜のため一部電気の落とされた部屋でパソコンの画面と睨めっこしていた。
先日、自分の上司である降谷零が現場に居合わせた強盗未遂事件。今時銀行強盗などなかなかお目にかかれないそれに遭遇するなんて、運がないというか運が強いというか。
まあそれはともかく、そのとき犯人を取り押さえた人物を再度調べるように指示を受けていた。
事件自体はその場で解決しているので、現場については表向き追加の捜査はない。
銃の入手経路等はもちろん捜査が行われているが、それは公安の仕事ではなかった。
犯人をひとりで取り押さえた少年はまだ中学生。日本ではともかく、海外では多少知名度のある元テニスプレイヤー。風見も参考程度にいくつか映像をチェックしたが、大変攻撃的なスタイルのプレイヤーだった。身体能力は確かに一般人より高いだろう。
ただ、銃を所持した銀行強盗犯5人を一人で制圧できるような人物かと問われると首を傾げざるを得ない。将来を嘱望されたテニスプレイヤー、犯罪歴はなし。暴力沙汰ももちろんない。
言われてみれば銃を奪う手際、扱う技術、どれも違和感しかない。
いくつかの映像を切り替えながら、水沢尚樹の姿を追っていく。幸いに、複数の監視カメラが設置してあったので死角に入ることはほとんどなかった。
映像をできるだけ拡大する。隣の幼馴染と時折話してはいるようだが、それだけだ。
動いたのは、こめかみに銃を突きつけられてから。
後日行った事情聴取では、うっかり銃を奪ってしまったから制圧せざるを得なかった、手は出すなと言われていたので足をだした、と。後半は何を言っているのか。
彼より数段悪そうな顔をした幼馴染には頭を抱えながら謝られた。
手を出すな、と言ったら額面通りに受け取られた、アイツのばかさ加減を見誤った、と。なんだか気の毒になった。
今回のMVPは多分彼で間違いない。
すでに複数回見ている映像なので特に新しい発見もなく、ただ時間だけが過ぎていく。音声もあれば少しは違ったのかもしれないが。
「風見さん、カウンターの上にあった銃弾の件ですけど」
現場にあった証拠品を再度検証していた同僚が戻ってきた。お互い、目の下のクマが濃い。
「ああ、何か分かったか?」
「犯人グループの銃のものでした。弾数も合います」
今回の件で押収された証拠品は、使用された銃に、空の薬莢。犯人グループが持ち込んでいたガムテープ類。そしてなぜか、未使用の銃弾が窓口のカウンターにあり、これについて多少違和感はあったものの、そのままにされていた。
ただ、監視カメラで犯人グループの動きをチェックしても前を通り過ぎるだけで、そこに近づいた様子がなかったので調べたのだ。出入り口に近い窓口のカウンターなので、近づいた人間は少なくなく、また銃弾が小さいこともあって監視カメラでは確認が難しい。
「それで銃が使えなかったのか。装填ミスか……?」
「いえ、それが……」
「なんだ?」
「水沢尚樹君の指紋がついてまして」
「……は?」
「事件当時は調べてなかったようです。犯人も問題なく検挙できてましたし。後日事情聴取に呼んだときに採取した指紋と照合したら、一致しちゃって」
監視カメラを巻き戻す。入り口から入ってきて犯人グループを制圧し終わるまでに彼が触れた銃は、最初に奪ったオートマチックの拳銃一丁とその次に奪ったサブマシンガンのみ。ほかの3丁については触れた様子はない。
「全員9mmの同じ銃弾なんですが、残数から考えて、リボルバーのものとオートマチックの2つですね」
「リボルバーを持っていた犯人は……たしか最初に水沢君に銃を」
映像を巻き戻す。スローで見ても判然としないが、触れるとしたらこのタイミングだろう。こめかみに突きつけられた銃に慌てることなく両手をあげている。すこしゆっくりにも見えるその動作。銃自体は彼の手でカメラから少し死角になるが、何かするようなそぶりは見られない。
「いやー、そのタイミングだとほんと神業というか……人間業じゃないでしょう」
「……そうだな」
「不発だったのはたまたまで、あとから抜いたんじゃないですかね? たしか、アメリカ暮らし長いんでしたよね? 使ったことありそうな感じですし」
「まあ、それが妥当なところか……」
彼が打った弾は一発だけだが、それは犯人の足の小指をかすったらしく綺麗に小指だけなくなっていた。
……ろくに照準を合わせる時間は無かったはずなんだがな、とそのシーンを繰り返し流す。銃を構えてから発砲するまでほとんどダイムラグがない。
この映像はすでに降谷もチェック済みだが、この時の会話も、記憶力の良い上司はちゃんと覚えていた。足の小指をねらった、二割くらいだ、とそう言っていたらしいのだ。偶然ではない、彼は確かに足の小指を狙ったととれる言葉だ。
画面の睨みすぎで視界がかすむ。メガネの下から両手を差し込んで瞼を押さえた。
部屋の方も少し前から監視しているが、今のところはまだ収穫がない。一度電話でのやり取りから誰かと会う約束をしていたので、そこはもちろん尾行した。尾行したが途中で撒かれてしまった。
ただ、相手が全員黒尽くめであったこと、あきらかに堅気ではない雰囲気だったことで監視を続けることになった。
なかなか成果らしい成果がないので、報告するのは気が重い。
「……まあ、いちおう銃弾の件は報告しておくか」
「そうですね。ああ、そういえば」
ヘアピン、戻ってきました、と同僚が手元の資料を捲る。写真も添付されたそれを受け取って内容を確認した。
犯人のうち二人の手を貫通して負傷させた原因だ。これは最初存在に気づかれず、後からの現場検証で回収となったので、秘密裏に動いている公安に回ってくるのは少し遅くなった。今現在水沢尚樹の件に対してそれほど優先度が高くないせいもある。
ヘアピンについていた血液はあたりまえだが犯人のもの。指紋は流石に取れなかったようだ。
正直、男子中学生の持ち物かと聞かれたら少し自信はないが、監視カメラには水沢尚樹が何かを投げたように見えなくもない動作が写っていた。ヘアピンが小さ過ぎて写っていないが、その直後に犯人たちも銃を取り落としている。おそらく間違いない。
ただ、写真を見る限りどこにでも売っていそうなヘアピンだ。普通に投げて人間の掌を貫通するような代物ではない。だからこそ、最初これが凶器だとは思われなかった。かなり綺麗に貫通したらしく血液の付着も少ない。色が黒いこともあって血液がついていることに最初気づかなかったほどだ。
なぜ犯人たちが手を負傷したのか、その原因が分からなかったために現場を隈なく探して、可能性のあるもののうち、ルミノール反応が出たのがこのヘアピンだったというわけだ。
正式にはアメリカンピンというらしいが、そういうのに詳しくない風見でも見たことのあるほど一般的なもの。
「凶器はこれで確定だとは思いますけど、正直なんで貫通したかは謎ですよねぇ。降谷さんなら出来ると思います?」
「降谷さんをなんだと思ってるんだ……流石に無理……多分無理だろう」
「いやそこは無理って言い切って下さいよ……」
二人ともいい感じに寝不足なので、少し思考回路がおかしくなっていたが、本人たちに自覚はない。むしろ中学生にできたのならあの人間離れした上司にも可能なのでは? と思い始める。
ちょうど部屋に顔を出したところだった降谷零は、部下二人のそんな会話を聞いて、それでも公安か? という前に流石に疲れているなと冷静になってしまった。
「流石に僕でもそれは無理だぞ」
「降谷さん!?」
こちらに気づいて無かったらしい二人の声が重なる。
風見が持っている資料を手から抜き取ってさっと目を通した。現物は見ていないが、写真で見てもすぐに普通のアメピンであることが分かる。
構造が単純かつ小さすぎて何かを仕込む余地がないのだ。
風見に指示して、投擲の瞬間と思われる映像を確認する。手を横に払うような仕草。間違いない。
「投げたのは水沢尚樹で間違いないな」
「しかし、この投げ方で当たりますか? 狙いがつけづらいように思いますが」
「動画サイトに本人たちがあげた動画はチェックしたか? ダーツの投げ方と同じだ。狙いも完璧だったから、貫通するかはさておいても投げたのは彼で間違いないだろう」
「動画サイト?」
盲点だった。最近の若者は多かれ少なかれなんらかのSNSに動画や写真を投稿している。はたから見ている方がハラハラするようなものも少なくない。
まさか、本人と分かるような形で動画を投稿しているとは。
「……しかし妙ですね。水沢君が黒の組織になんらかの関わりがあるとしたら、そんな目立つようなことをしますかね?」
「そこが微妙なところだな。ただ、今時こういうのは珍しくないから、敢えてかもしれない」
水沢尚樹、という名前はネットで検索するとそれなりに出てくる。
若きテニスプレイヤーの悲惨な事故は簡単に調べることが出来たし、彼の今までの生活もスポーツマンらしく管理された物だったのでほとんどわかっている。分かっていないのは日本に来てからだが、あの銃の腕前や体術は一朝一夕で身につくようなものではない。
「まるで、水沢尚樹、という名前の別人のようだな」
「……そうか、別人」
その可能性は充分にある。降谷の呟きに風見も頷く。身近にベルモットという実例もあるからだ。
事故後激しく鬱に陥ったと調書にはあったが、とてもそういうタイプには見えない。
「その線で調べてみるか。彼と関わりが深いのは、隣人である幼馴染親子、同じ中学の教師である榊太郎。付き合いの深い人間なら、何かしら違和感を覚えているはずだ。出来ればスマホも手に入れたい」
「そうですね。その線でもう一度洗ってみます」
「頼んだぞ。あと銃弾のほうはどうなってる?」
「ああ、それなら」
ちょうど調べがついたところだ。確認のために同僚が入手したばかりの書類をホワイトボードに貼っていく。
「とりあえず、カウンターに残されていた銃弾には水沢くんの指紋がついていました。サブマシンガンに関しては、犯人グループを制圧した後弾倉とチャンバーの弾を抜いているのがカメラで確認できています」
「そうだな。それは確かに僕も現場で見た記憶がある。残りは?」
「残りは残数から見てリボルバーとオートマチックから1つずつですね」
「抜いてるところは確認できたのか?」
「いえ、映像では分からなかったです。ただどちらのものにも水沢くんの指紋があったので間違いないかと」
風見たちの言葉に、降谷の表情が険しくなる。これは、なにか見落としていることがあっただろうか。
尚樹が犯人を取り押さえるのに、5分もかかっていない。その映像を降谷がもう一度流す。
「サブマシンガンはともかく、拳銃を持ったうち一人はカウンターの中に蹴り飛ばされて、もう一人は足でしか触ってないのに? おかしいと思わなかったのか、お前たち」
部屋の温度が下がった気がした。背中に汗が流れる。
言われてみれば、確かにそうだ。事情聴取の時もそう言っていたではないか。手を出すなと言われたので足を出した、と。
そんなやりとりをした翌日、ターゲットは降谷の潜入先の一つであるポアロに何食わぬ顔で顔を出した。流石に意図的なものを感じる。
しかもさりげなく、というかあからさまにこちらが警察であることに気づいているとアピールしてくるではないか。この瞬間、降谷の中で彼の黒が確定した。
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