晴れ時々雷雨。その拾壱
夏休みが終わればすぐに文化祭だ。準備中は授業がないので、生徒たちも浮き足立っていた。文化祭のあとからすぐテスト期間なので、その現実逃避ともいえる。学生に戻ってから、こんなにテストばっかりだったかと、げんなりした尚樹である。
それはさておき、尚樹たちのクラスは今流行りの謎解き脱出系だった。飲食系は何かと難しいので、そもそも許可されていない。大掛かりなセットの割には、尚樹という普通よりだいぶ力持ちがいたので準備も片付けも早めに終わり、週末の休日登校の必要がなくなった。
金曜日は何故かクラスメイトたちに感謝されながら帰路についた尚樹である。
それに気づいたのは、ブラッシングでめろめろになった夜一をカメラにおさめようとした時だ。
尚樹の命綱とも言えるスマホがない。
命綱とはもちろん迷子的な意味でだ。時刻は八時を過ぎたところ。生徒たちは残っていないだろうが、教員は残っているかもしれない。ただ今は授業のない期間なので、その可能性も低いだろう。そう判断した尚樹は玄関で靴をはいて、具現化したどこでもドアで教室に直接転移した。ぎょろりとした目玉と視線があう。暗闇の中でそれは爛々と輝いていた。尚樹の顔くらいはあるその目玉に、明らかに人間でないことが知れる。
「うわ、お化け系は初のご対面。こういうのって、物理効くのかな……」
斬魄刀かイノセンスか。そっち方面の引き出しは非常に少ない。
その場に突然現れた尚樹に、そのお化けも首を傾げているような雰囲気だった。
とりあえず、お化けらしい何かに向かってオーラをぶつけるイメージで発。その巨体は霞のように解けていった。
「おお、いけた。あ、忘れ物忘れ物」
流石に週末ずっと手元にスマホがないのは心許ない。机の中から無事目的の物を回収して、来た時同様どこでもドアで帰宅を果たした。
こういうのって、見えることを相手に悟られたら良くないって言うのがセオリー。周りの人間が無反応な事を見るに、普通は見えないものなのだろう。尚樹も変な気配を感じて凝をしなければ気づかなかった。
先日といい、一体これはなんなのか。
家に連れて帰るのも嫌なので、とりあえず目についたゲームセンターに足を踏み入れる。
こういうところは、なんとなく自分より憑かれやすそうな人間がいそうだ。
押し付ける気満々でまわりを見渡す。
ふと、今話題のゲーム機が目に入った。品薄で手に入らないと忍足が嘆いていたやつだ。
なんだか普通のUFOキャッチャーと様子が違うぞ、と説明書きに目を通す。
「なになに、カプセルの中に鍵が入っている? んん? あー、で、この商品の棚が開けられると」
つまりカプセルの中身は分からないわけだ。
ゲーム機が一番上の棚。二段目には某テーマパークのペアチケット、三段目にはゲームソフトが入っていた。
それ以外はお菓子か洗剤らしい。
「ふむ。とりあえず1つ取ってみるか」
小さな三本爪のアームが難なくカプセルをひとつ拾う。基本的に途中で落っこちてしまうことが多いので、最初から全力で強化した。
出てきたカプセルを開けると、中に鍵はなく四つ折りにされたクジ。開くと4等、と書いてあった。つまりお菓子か洗剤である。
なるほど、この中のカプセルのうち3つがあたり、と。
流石に気が遠くなる。
「うーん、ランダムかぁ……カプセルの中身……」
透視に使えそうな道具。まぁここは安直に透視メガネで。見た目ただの虫眼鏡なので具現化しやすい。
こんなところで虫眼鏡を構えるのも怪しいので、念のため隠の状態で具現化した。鍵の入っているカプセルを探す。山盛りに入っていないのがまだ救いだ。
鍵の入っているカプセルを確認して、百円玉を3枚突っ込んだ。3つ続けて取り出し口に落とし、手早くカプセルを開ける。棚の横にかかっていた袋を頂戴して、棚の中身を空にした。
4等だけはどうやら店員さんを呼んで交換してもらわないといけない様なので、クジを片手に店内を彷徨う。変な生き物は相変わらず尚樹の後をついて回った。
変な生き物がどういう人間を好むのか分からなかったので、取り敢えず落ち込んでいそうな、オーラの不安定な人間を探していると、見知った後ろ姿を見つけた。気配を消して隣の台に陣取ると、よく分からないフィギュアが入っている。
何もせず隣に立っていると不審者すぎるので五百円玉を投入。何となく二百円の台は五百円入れないと損した気分になるのだ。
普通に箱をつかんで、取れないのもなんとなく癪なので、いつも通り強化してゲット。取り出し口から手に取って、やっぱりいらないな、と思う。
丁度店員が通りかかったので、商品を補充してもらい、ついでに先程のクジの交換をお願いした。
「洗剤お願いしますー」
「はい、とってきますね」
店員が商品を取りに行っている間に、もう1個ゲット。変な生き物は離れる気配がない。
「うーん……要らないなぁ」
「要らないならなんで取るかなぁ……。てかそれ全然取れなかったんだけど、何でそんなに簡単に取ってるわけ?」
「あ、千石気づいちゃった?」
「隣でそんなあっさり取られたら二度見するわ」
「どれか欲しいのある?」
「あれ」
「もうすぐ店員さん戻ってくるからそれセットしてもらおっか。あ、おにーさーん。あれください」
「あ、もう取っちゃったんですね……セットしますね……。洗剤どうぞ」
「あ、ありがとうございますー」
「ていうかよく見たら景品えぐ……」
足元の袋に詰め込まれているゲーム機etcに気づいた千石はひとりドン引きした。店員の顔も心なし引き攣っている。
そんな二人をよそに尚樹はなんなくフィギュアをゲットした。
「はい、どーぞ。3つともあげる」
「どうも……てかなんで要らんのにとったの?」
「そこに千石がいたから」
「全然分からん」
「さっきねー、夢の国のチケット取ったんだよ。じん君と行こっかな」
「凄い絵面だね……写メ送って」
「いいともー。あとはお菓子でもとって帰ろっかな。おやつ。おにーさんオススメのお菓子ありますか」
「え!? 俺ですか!? と、取り敢えずこっちにお菓子アリマス」
あ、わかるその感じ、戸惑うよね……。
不正とか全然してないのに出禁レベルで景品ゲットされてはたまらないだろう。しかも裏技でも何でもなく、正攻法なのだ。赤字になると分かっていて案内しなければならない店員に千石は同情した。
「すごい、千石、じゃがりこが箱入りだよ!」
「あー、どこにも爪が引っかからないやつね……。なんでひょいひょい取れちゃうかなぁ〜」
6個入りを3箱取って、1箱分けてくれるのは嬉しいが、店員さんの視線が居た堪れない。
まったくそれらに頓着しない尚樹は、目下お腹のあたりに張り付いている生き物の処遇に頭を悩ませていた。先日みたお化け同様、発で飛ばしてもいいのだが、人の多いところでやると貰い事故する人間が出そうだ。目には見えなくても肌で感じてしまうだろうし、うっかり精孔が開いてしまっては目も当てられない。
「じゃーね、千石。ちゃんと勉強しなよ」
「尚樹には言われたくないかなぁ」
さて、人気のないところまで、と思ったところで目の前に影が差した。見上げると白と黒のまあるいフォルム。
「ふぉ……パンダ……」
こんな街中に、パンダ。
「あー、ちょっとごめんね」
「しゃべった!」
「あ、うん……」
パンダに回収されていく変な生き物。
「パンダさん……、チャックどこ?」
「チャックはないかなぁ。体に異常ない?」
「元気です」
「そう、良かった」
ぽふぽふと頭を撫でて去って行こうとするパンダを引き留めて、じゃがりこを1箱。口にはしないが変な生き物を引き取ってくれたお礼だ。反射的に受け取ったパンダば戸惑いつつもそれを有り難く頂戴した。ハンパなく視線を集めている。
数秒二人で見つめ合って、我に返ったパンダは踵を返して去って行った。思わず後ろ姿をカメラにおさめて、花いちもんめのトークに流したのはほんの出来心だ。
「いやー、焦った。回収出来てよかったわ。どこに行ったかと……」
捕まえた蝿頭を籠にしまう。放した蝿頭が行方不明になったのには焦ったが、無事に見つけられて安堵した。
「あの子、見えてる気配は無かったねー。それにしても見た? UFOキャッチャー。超能力でもあるのかな?」
「いくら!」
「じゃがりこ食べる?」
「シャケ!」
「やっぱり例の件は学生関係ないんじゃないか? 時間も遅かったし」
「んー、やっぱり呪詛師関係なのかなぁ」
先日一級か二級の呪物が確認されたということで、パンダと真希、棘の3人は氷帝学園に来ていたのだが、途中でその気配が綺麗さっぱり消えてしまったのだ。移動したというよりは、払われたというしかない消えかただった。帳も落としていたのに、おかしな話だ。
他の呪術師と鉢合わせたとも考えにくい。呪術師の数はそう多くないし、基本的には任務を割り振られている。
要請がなければわざわざ学校になど出向かないだろう。
そうなってくると、まだ高専が補足できていない人物ということになる。呪詛師でなければスカウトしたいところだ。
そんなわけで、今朝から校内に蝿頭をいくらか放ってみたのだが、収穫は無し。むしろ数が1匹合わないということで慌てただけだった。
少年からいただいたじゃがりこを3人で頬張りながらしばし休憩。
「それにしてもあの子、すごい蝿頭にひっつかれてたなあ」
「短い時間で良かったな。いくら弱い呪物とは言え、長引けば影響がある」
「こんぶ」
「一応明日も蝿頭を放して見て、それでダメなら戻ろう」
「シャケ」
いっぱいいるー、と尚樹はテスト用紙の上に居座るそれと見つめ合った。
やめよう、精神衛生上よくない……。
別に、見えたからどうということはないのだが、回答は確実に書きづらい。尚樹は意図的に凝をやめた。流石にそこかしこに気配は感じるが、先ほど確認した感じだと全部おんなじタイプだ。
テニプリの世界でまさかこんなホラー展開になるとは、とため息をつきつつも回答用紙を埋めていく。今日は語学の試験が詰め込まれていて、学生の中では最も不評な試験の一日である。しかもよりによって最終日。
科目をばらけさせてほしいと多くの学生が思っているのは言うまでもない。もちろん、味付けをしていない蒟蒻を食べるのがいささか不快、程度の尚樹にはたいして関係なかったが。
早々に回答を埋めた尚樹は筆記用具をしまって頬杖をつく。今日のテストはこれで最後だ。
凝を再開すると、やはり目の前にあの変な生き物が居座っていた。昨日もそうだが、何故自分のところにくるのか。
見えていません、とばかりにまぶたをおろす。もちろん、そんなことをしてもいなくならない。
ため息と共に視線を外に移すと、校庭に先日のパンダの姿。他に人間も2人いたのだが、パンダのインパクトの強さに存在が霞んで仕方ない。
もしかして、あれでお祓いの人なのかな、と当たらずとも遠からずなことを思う。
試しに手を振ってみると、意外にも気づいてもらえた。律儀に手を振り返してくれたパンダはそのまま校舎に入っていく。
「水沢ー、集中しろー」
「先生、パンダ!」
「日本語を話せー」
「えぇ……先生が酷い……。とっても心が傷ついたので帰っても?」
「後悔しないんなら帰ってもいいぞ」
「あ、じゃあ帰りまーす」
「普通そこはそういう返事じゃないんだよなぁ……! しかもまだ十五分経ってないんだが……」
「はい」
テスト期間中なのでほとんど空っぽのバッグを肩にかけて、回答用紙を提出する。それに目を通した教師は深いため息とともに天を仰いだ。
「帰ってよし……」
「さよーならー」
回答用紙に乗せたまま教師に押し付けた生き物は、残念ながらひらりと浮きあがって尚樹についてきてしまった。くそぅ。
さてパンダさんはどこだ、と円を広げたところで教室と廊下にいた生き物達の姿がかききえていく。
「え……」
まさか今ので死んだ? 予想外の結果にまわりを見渡す。
廊下の先に、パンダの姿。すぐにそちらに気を取られて再度手を振った。
「君、まだテスト中じゃないの?」
「あ、回答終わったから、もう帰っていいって」
「水沢ー、普通さっきの言い方で帰る奴いないからな!?」
『ええ……帰ってよしって言ったじゃん……あれ以上俺回答のしようないよ?』
「無駄に発音いいドイツ語で抗議すんな! 余計腹立つわぁ」
『ドイツ語教師の言葉と思えない……』
「何語だ!?無駄な才能発揮すんなよぉ!」
『先生、落ち着いて、テスト中だから』
「英語で話せとも言っとらんわ。もーいい、けぇれけぇれ」
「何語?」
「日本語だわ!」
「先生パンダ!」
「お前らまで……」
いまだテスト中の生徒まで廊下にいるパンダに視線は釘付けだ。わかる。
「真面目にテスト受けろぉ!」
「えーと、場所移ろうか……君、お名前は?」
「水沢尚樹です。パンダさんはランランとかカンカンとかそんな感じ?」
「パンダだ」
「マジか……マジか」
「なんでそんな衝撃受けたみたいな顔してるの?」
「パンダって名前なのかっていう新しい驚き……固有名詞とは」
大変見晴らしの良くなってしまった廊下をそ知らぬ顔で歩く。もしこの人たちのお仕事がお祓いなら大変申し訳ないことをしてしまった。まさかあの程度で吹き飛ぶとは思わなかったのだ。
「水沢君はこの辺で変な生き物とか見たことない?」
それなら先ほど、と心の中でだけ返しておく。自分から進んで厄介ごとには首を突っ込みたくないのだ。
「……変っていうと、具体的にはどんな?」
「具体的にというとなかなか説明しづらいんだが……ゲームに出てくるエネミーとかクリーチャー的な……」
「やばいやつでは?」
「やばいやつなんですよ」
「ちなみにそんなことを聞いてくるってことは、パンダさんは陰陽師とかエクソシスト的なやつなの?」
「あー、まあ似たようなものかな」
「なんと……本物初めて見た」
「まああんまり多くはないから」
もし仮に他の2人もそういう部類の人間なら、一体この学校にどんなお化けが潜んでいるやら。さすがに先ほどの円で吹き飛ぶようなレベルではないだろう。
「……ちなみに、そのパンダさんたちがここにいるってことは、うちの学校結構やばい感じですかね」
「あー、やばい感じだったんだけどねぇ、祓いにきたらいなくなっちゃって。探してたところ。一通りみたけど多分もうここにはいないかな」
「それは良かった」
氷帝では上履きに履き替える必要がないので、靴箱というものがない。最初は違和感だったが、慣れてしまえば非常に楽だ。
「じゃあね、パンダさん。お仕事頑張って」
「ありがとう。君も気をつけて帰るといい。少し、そういうのに好かれる体質みたいだから」
「何それ嬉しくない……」
そんな特典は全くいらない。ただ他人に押し付けようとしては何度も失敗しているので、嘘ではないのだろう。
「ちなみに、そういうのに取り憑かれちゃったらどうなるの?」
「相手の強さにもよるけど、まあろくな死に方はしないかな」
「ええ……」
なんて迷惑極まりない……。今のところ発で撃退できているからいいようなものの……、と考えたところであのギョロリとした目玉を思い出した。もしかして、彼らはあれを祓いにきたのでは? と。
「……パンダさん、連絡先交換しない?」
「しない」
「まさかの拒否」
自分で祓えない時には呼ぼうと思っていたのに、と少し残念に思いながらも尚樹は学校を後にしたのだった。
蝿頭がきれいさっぱりいなくなっていた。この前の脱走とは意味が違う。索敵の得意なパンダの感覚に一つも引っかからないのだ。
しかも、知覚外に出たというよりは、一瞬にして消えたという方が正しい。随分と一つの教室に集中していたようだったので、様子を見に行ったのだが、影も形もなかった。
代わりにいたのは昨日も会った少年。中学生にしては高い背丈。話し方は少し幼いながらも、落ち着いた態度。
少し気になって直球で尋ねて見たが、あまり手応えはなかった。
とりあえず、この件はこれで終わりだろう。
「どうだった?」
他の棟を見回っていた禪院真希と狗巻棘も合流してきた。
「やっぱり蝿頭はいなくなってたよ」
「シャケ!」
「こっちも」
予想通りの結果だ。やはり蝿頭は何者かに祓われた。
「とりあえず、この件はこれ以上どうしようもない。報告して判断を仰ごう」
「賛成」
「シャケ!」
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