徒野-17-

退院するカカシを迎えにいった尚樹は、あれこれと世話を焼いて、慌ただしく任務に出て行った。
この順番に食べて下さいね、と冷蔵庫の左上から順に食事を作り置きしていくところが、またなんともいえず芸が細かい。
いつもの癖で帰ってきて部屋の中を一通り確認したカカシは、尚樹が何も言わずとも、わざわざ布団を干した事も、シーツから何から洗濯した事も、窓を拭いた事も、台所を掃除した事も、風呂を掃除した事も、部屋中至る所を掃除したことにも気づいていた。
灯りをつけようと手を伸ばして、さらに気づく。
「……電気も掃除したのか」
年末の大掃除かと問いたくなるほどの手の込みようである。カーテンまで洗濯してある所が、いかに尚樹がここ数日暇であり、それを満喫していたかをうかがわせるというものだ。
結局尚樹の任務についてアスマの予想通り聞きそびれたカカシは、ため息をついて尚樹に言われた通り食事を消費しにかかったのだった。


いったいどこで何をしているんだ、とテンゾウは内心で悪態をついた。天地橋に現れたのは薬師カブトと大蛇丸。どうやらサソリは薬師カブトを術にかけて操っていたようだが、それは既に大蛇丸に解除されていた。
サスケの名を出されて逆上したナルトはすぐに九尾化して尾が三本出ている。なんて短気なんだ。
任務に出る前にテンゾウが自来也から聞いた話では、四本目になると意識がなくなり手に負えなくなるという事だった。九尾をコントロール出来るのは、木遁を使えるテンゾウだけだ。
なんだけど!
予定ならどこかに潜んでいるはずの尚樹の姿がいっこうに見えないし、ナルトは本能のままに大蛇丸を追ってどっか行くわ、チャクラの衝撃ではじき飛ばされたサクラは気を失って崩れかけた橋から落ちるわ、そのサクラを丸無視してサイはどっかいくわ……。
「ボクに、どうしろと?」
思わず低い声で独り言をもらしてしまったテンゾウである。
とりあえず橋から落ちたサクラを拾い、分身にナルトの後を追わせた。
ちなみに、テンゾウが本当に来ているのかと疑っていた尚樹は、もちろんちゃんと天地橋には来ていた。
時間は大蛇丸が姿を現す前にさかのぼる。
天地橋の下に待機する、という大胆な方法をとった尚樹は、具現化した筋斗雲にうつぶせに沈み込んでいた。
円などしなくてもひしひしと感じる変態オーラに言葉もないとはこのことである。
頭上で交わされる緊迫感のある会話など欠片も聞いていない。
なので急に起こった爆風と続いて崩れ落ちてきた橋に対処出来ず落ちた。それはもう豪快に。
仰向けに落ちながらサイの作り出した鳥を遠くに眺める。あの忍術はなかなか便利そうだ。
いつまでも落ちているわけにはいかないので、筋斗雲を呼び寄せる。いくら念があろうとも、この高さから落ちたら死ねる。
深く沈み込む感触。痛みは皆無だ。初めて使ったがこれはなかなかいいかもしれない、と自分の身体を受け止めた筋斗雲を撫でた。
「……さて、どうしようかな」
離れていても分かるほどの濃厚なチャクラ。ナルトには、いつも二つの気配がある。もともとのナルトの分と、九尾の分だ。このチャクラは、九尾のオーラ。直接見ていなくても、ナルトが九尾化していることは想像に難くない。
今回の尚樹の任務はナルトの護衛のようなものだが、はっきり言って九尾化したナルトはこの世界では最強だ。主人公だし。
ちなみに九尾化したときのコントロール役として今回はテンゾウも同行している。
だから実際は尚樹の仕事なんてないのだ。
それも分かっていたから、今回の任務は乗り気ではなかった。
とはいっても、その思考をこの世界の人間に理解しろというのは無理があるだろう。
ならば尚樹に出来る事は、ここで大蛇丸を屠るか、薬師カブトを屠るか。サスケの事は放っておいてもいいだろう。それはナルトの役目だ。
「……まあせめて、大蛇丸の両腕をもぐぐらいは頑張りますかね」
と、思っていた時期が俺にもありました。
テンゾウの分身の隣で、遠目にナルトと大蛇丸のやり取りを眺める。ナルトのチャクラに空気が震え、砂を巻き上げる。至る所の木々がなぎ倒され、地面は深くえぐられていた。
「は……吐きそうなんですけど」
「ちょ、こんなときに何て事言ってるの!?」
分身なのに律儀に突っ込みを入れるテンゾウに、尚樹顔を向けた。面で隠されているが、その顔色は青い。
面の下からのぞく目が潤んでいる。
「なんで平気なんですか、分身さん」
「いや、わざわざ分身さんとか呼ばなくていいから。ていうか分身て分かるんだね、いや今それはどうでもいいけど」
「のりつっこみですか、レベル高いですね分身さん」
「本当どうでもいいから、そういうの!」
低レベルな会話を繰り広げつつ、視線を前に戻す。会話のレベルが低いのは、お互いにナルトの方に意識を向けているせいではあるが、黙るという選択肢を忘れる程度には動揺していた。
尚樹に至ってはナルトより気になるものがあって注意力も散漫である。冗談でなく喉にこみ上げるものがあって面の上からかるく口元をおさえる。
「ナルトの状態がまずいのは分かるけど、落ち着いてくれよ。君らしくない」
慌てる、といった単語とは縁遠い尚樹の動揺ぶりにテンゾウは顔をしかめる。
「むしろなんでそんなに落ち着いてるんですか、ヤバいですよ、あれ」
「ヤバいのは分かってる。もう四本出てるし……」
「いやいや、4本どころじゃないでしょ、あれ」
尚樹の言葉に、テンゾウは首を傾げた。ナルトの尾は最大で九本。今はまだ四本だ。
「というか、移動方法あれって……あり得ない、キモい。ナメクジ? 口からさらに大蛇丸だし。マトリョーシカ? マトリョーシカなの?」
吐きそう、と先ほどと同じ言葉を繰り返した尚樹に、テンゾウは頬が引きつるのを感じた。
どうやら、大蛇丸の戦闘方法について尚樹は話していたらしい。確かに、お世辞にも気持ちのいい戦い方とは言えないし、改めて見れば地面を這う様に移動する姿はナメクジの様に見えなくもない。
だがしかし、今そこを気にするか?
そう言えば、昔一緒に任務をした時もこんなだった、とテンゾウは古い記憶を引っ張りだした。
あの時も変態だの何だのと、ひどい言いようだったが。
ここまで真剣に嫌がられるのは、敵といえども気の毒だった。
「頼むから、そんな理由で任務を放り出さないでくれよ?」
「いや、無理です無茶です帰ります」
「こらこらこらこら!」
「マジあり得なくないですか? あーだからこの任務嫌だったのにー」
心底嫌そうにそう言って、面を押し上げる。あらわになった顔は、声とは裏腹に無表情だ。もはや人の姿をしていない大蛇丸が、その口から草薙の剣を吐き出し、ナルトに突き立てる。しかし妖狐の衣を纏っているナルトを貫くには至らず、そのまま二人の視界から離れた場所まで飛ばされた。
遠くまで飛ばされたナルトには一目も触れず、尚樹は大蛇丸を見ている。テンゾウは、何故かこのときナルトより大蛇丸より、尚樹の動向が気になって目が離せなかった。
振り向いた尚樹と目があう。無言で尚樹が指差した先には、サイがいた。
「……やはりか」
ある程度予測していた事だった。さほど驚く事ではない。
ダンゾウから別の任務をもらっているのだろう。
「後を追いますか?」
「ああ、そうしよう。ナルトの方はとりあえず大丈夫そうだ」
「分身さん、分身解いてないのにテンゾウさんと連絡取れるんですか?」
「ああ、無線だよ。分身を作るときに埋め込んである」
「なにそれ超便利そう……器用ですね」
「あー……そもそも君分身作れないもんね」
「羨ましくなんてないんだからね!」
戦闘が終わって落ち着きを取り戻したのか、軽口をたたきながら尚樹は面をかぶり直した。
その一瞬で空気が変わる。テンゾウも口を閉じて尚樹の後に続いた。
追跡は得意な方だと自負しているが、尚樹の気配の消し方には毎度驚かされる。目の前にいても幻ではないかと思わせるほどの存在感。いつ見ても見事だ。
十分に距離をとりながら後をつける。森の中を進むので、追う側にとっては都合がいい。死角が多くなり発見されづらい。
尚樹曰く、草の生えている所は、人が草を踏んだときに出る独特の匂いがするので追跡しやすいらしい。が、もちろんテンゾウには何を言っているのか分からない。お前は犬かと。
迷いなく進む尚樹についていく。普段なら絶対に道を間違えるのでそんな事はしないが、こと追跡となると話は別だ。大蛇丸達とはだいぶ離れているのか、その姿を視界におさめる事はない。サイには居場所が分かる様に仕掛けを施しているので、見失う事はないし、何より尚樹が対象を見失う確率は低い。
草を踏むのを嫌って木から木へと移動する。テンゾウには分からないが、尚樹が匂いを気にするので一緒に任務をこなす時は暗黙の了解になっている。
代わり映えしない森の中に、人の姿。テンゾウは思わず速度を落とした。
視界に飛び込んできたのは木から首を吊ったサイの身体。
大蛇丸にやられたのか、と足を止めたテンゾウに構わず、尚樹は速度を落とさないままそれを素通りした。
「え!?」
当然立ち止まるだろうと思っていたテンゾウは慌ててその後を追い、肩をつかんで引き止めた。
「ちょっと、なんで素通り!?」
「?」
テンゾウが何を言っているのか分からないという風に首を傾げた尚樹に、さっきの死体! とテンゾウは後方を指差した。
「ああ……ちゃんと死んでたから、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なのか、ボクに分かるように説明してくれない?」
「どうせ場合によっては彼を始末するつもりだったんでしょう? あれが本物なら手間が省けたじゃないですか。偽物ならそれこそ生きていようが死んでいようが関係ないし」
思わず絶句した。その言葉が冷酷だとか、そう言うものより、あのほんの一瞬の間にそこまで考えていたのかと。
「……君は、なんて事を言うんだ」
「もしかして彼を始末するつもりはなかったんですか? でもどっちにしても死んだものは仕様がないでしょう」
「時々びっくりするくらいドライだよね、君は」
「はあ……ありがとうございます?」
「いや、別に褒めてるわけじゃないから……まあ、君の言う事も一理あるか。追跡を続けよう」
「……たぶん、この感じだと尾行がばれてますね」
「そうだね……ここからはもっと慎重に行かないと」
「もっと慎重に……結構全力で気配消してるつもりなんですけど、俺」
「うん、君はもうそれでいいから! 本当に!」
これ以上影薄く出来ない……と途方に暮れた尚樹に思わず突っ込みを入れる。これ以上気配を消せるなんて言われた日には、何となく凹む、テンゾウが。
結局、もう少し距離をとりつつ尾行する事で落ち着いたのだった。