徒野-14-

イタチさんと話していたら予想外に時間をとられた。まあ、何もかも終わってるならそれはそれで好都合、と尚樹はカカシ達の気配を追った。かなり離れていたようで、なかなか円に引っかかってこなかったのだが、ちょいちょい爆発が起こるのでそう困る事もなかった。
爆発の位置が移動している所を見ると、まだ決着はついていないらしい。移動するに連れて円のなかにいろいろな気配が混じりだす。頬を切る風は湿り気を帯びていて雨の気配を感じさせた。地面を踏むたびに草が匂い立つ。
雲に隠れた太陽を視界の隅におさめて、重くなる空気に気が沈んだ。
サクラ達ももう終わったのか、気配が近い。サソリは無事倒し終えたようだ。おそらく、これで原作通り。
順調に進んでいる事に尚樹はいささか安堵した。経験上あまり流れが大きく変わる事はないが、もし本来の流れからそれてしまった時、どうなるかまったく予想出来ない。できるだけ安穏と過ごしたいので、そのままのほうが都合がいい。
まあ、最近は思い出せない事の方が多いのであまり得になる事もなくなったが。
シカマルとシノの気配もサクラ達のすぐ後ろにある。少し急いだ方がいいかもしれない。
移動用の念は今は使えない。こういうとき自分の制約は煩わしいと感じる。なんでも具現化出来るようでいて、肝心のときには役に立たないのだ。
ある程度先をよんで、その日必要な能力を考えておく必要がある。尚樹が最も苦手とする分野だ。
今日はすでに探索用の道具を使ってしまっている。ドラえもんの能力は便利なのだが、攻撃には向かないし、怪我の回復にも向かない。
もしかしたらあるのかもしれないが、尚樹はとっさに思いつかなかった。
よく使う道具の中でも、どこでもドアは尚樹にとって1、2を争うほどの必需品だが、この後の事を考えると使う気にはなれなかった。
ナルト達からわずかに離れたデイダラの気配をよんでその上に待機する。揺らさない様に木の枝に着地して、茂みに隠れているデイダラを見下ろした。
「夜一さん、大丈夫?」
『にゃあ』
夜一の鳴き声を無線越しに聞いて、尚樹はちろりと唇をなめた。
ホルスターから千本をぬいて念で強化。デイダラはまだ尚樹に気づいていない。
両手に構えた千本を一気に放つ。
ふと上を見たデイダラと目が合った。避けられながらも僅かにかすった千本は鋭くその肉をえぐっていった。
地面に降りると、シカマルとシノも姿を現す。
夜一の言葉を理解出来ないらしい二人に一抹の不安を感じていたのだが、なんとか通じたようだ。
逃げようとするデイダラの後を追う。この状態なら逃がす気はない。
しかしすぐに逃走をやめたデイダラに、尚樹はすぐに考えを改めた。デイダラは逃走しようとしたのではなく、爆弾の元となる粘土をとりに戻ったのだと。
地面に横たわるのはデイダラの作ったと思われる巨大な鳥。あれ自身が爆弾なのだろう。
片腕をなくしたデイダラが躊躇なくそれに噛み付いて粘度を口に含む。
すぐに膨らみだしたデイダラの身体に凝をせずとも、その目的が分かった。
煩わしさに舌打ちをして背中のチャクラ刀を抜いて地面を蹴った。
うまくいかなかったら即死だったと気づくのは、間抜けにも事が済んだ後だ。
手の平からチャクラ刀へ一気に流れたオーラは次々と電流に変換され、刀を突き立てたデイダラの身体にのまれていく。
1秒にも満たない出来事。デイダラの身体を伝った電流はそのまま地面へ逃げていく。
すべて放出し終わった後には、ぱらぱらと乾いた土。爆弾が無効化出来た証だった。

逃げられたか、と変質して柔らかさを失った粘度を一瞥する。
できれば、ここで始末しておきたかった。
個人的な恨みはないが、これから先そう重要となる人物でもないだろう。そういう類いの人間は脅威ではないものの、羽虫のように煩わしい。
黒い刀身はつやのないそれに僅かに光を反射していた。破損は見当たらない。
鞘に戻してきびすを返すと、ちょうどカカシと目が合った。僅かに違和感を覚える。
「っと、カカシ先生大丈夫ですか?」
ぐらついたカカシのそばに寄って身体を支える。デイダラには逃げられてしまったが、致し方ない。爆発しなかっただけでも良しとするべきだろう。
近づいて気づいたのだが、カカシの写輪眼がいつもと違う。戦闘にそれを使った事は明白だった。大した外傷がない所を見ると、いつものスタミナ切れだろう。身体から漏れ出て行くオーラを無意識に目で追い、いつもより少ないその量に目を細める。
「使い過ぎですよ、カカシ先生」
「……ああ、大丈夫だよ」
とりあえず、カカシ先生は纏を覚えた方がいいと思う、ともとよりそう多い方ではないオーラが失われていくのを惜しんだ。
これがあれば、こうしてスタミナ切れで倒れる事も少なくなりそうな気がするのだが。
視線の先ではナルトが回収した我愛羅の身体を大事そうに地面に横たえていた。
それはすでに中身のないただの入れ物に過ぎないというのに。
まあ、どうせ生き返るのだから、自分が口を挟む事でもない。
放っておけばこの世界はうまくまわるのだ。
イタチの事も、何もせずに放っておくのが一番いいのだろう。
微妙に何かを期待されている気がしないでもないが、そこはあえて空気を読まないでおく。
最近少し関わりすぎたな、と尚樹は嘆息した。
「尚樹?」
「……なんですか、カカシ先生」
「……いや」
なんでもない、と気だるげに首を振ったカカシに肩を貸すために、変化して身長をのばす。
ああ、この人また病院送りだなあ、と少々気の毒になった。

冷めた瞳の先に、映るものをカカシは知らない。
ときどきぎくりとするほど尚樹は冷淡な一面を見せる。こういうとき、カカシは尚樹の存在を遠く感じた。
お疲れさまです、カカシ先生、という尚樹のゆるりとしたいつもの声を聞きながら、重くなるまぶたを閉じた。
後の事は覚えていない。
気がつけば見慣れた白い天井があって、消毒薬の匂いが鼻を突く。
「……やれやれ、またここか」
身体を起こすと、思ったよりも軽い。万華鏡写輪眼を使ったので、しばらくは起き上がる事も出来ないかと思ったのだが。
サイドテーブルの上には花が一輪。触れるとまだ瑞々しい。
自分の病室に花を飾ってくれるような人間を、カカシは一人しか知らない。
姿が見えない所を見ると、任務にでも出ているのか。
最近、どうにも働き過ぎじゃないのか、と任務先で見た養い子の事を思う。
尚樹が任務内容をはっきり告げない所を見ると、最近は暗部の任務ばかりのようだし。
表向きは下忍だが、そんなものは飾りのようなものになっていた。
以前は、こうしてカカシが入院すると尚樹がよく付き添っていたものだが、最近はこうしてそこにいた名残を感じるだけだ。
任務に対して文句を言うような子ではないから、少し心配だった。
一方そんなカカシの心配をよそに、尚樹は家でカカシの入院の準備をしながら思考を巡らせていた。
木の葉にはそこそこ長くいると思うのだが、そんな尚樹でも触れた事のない部分はある。
そのひとつが暗部の根だ。二代目の直属であったためか、暗部歴が長いにも関わらず、一切の接触がなかった。
その根をまとめているトップの名を自力で思い出せない程度には、根の存在を忘れていた。
顔は薄ぼんやりと思い出せる。あくまで薄ぼんやりとだが。
名前に至ってはまったく思い出せないという体たらくだった。
何故今頃になって根の事を考えているかと言えば、少し前まで話はさかのぼる。
先日の暁の尾獣狩り。あれにつられていくつか思い出した事がある。根もそのうちの一つ。
イタチならその辺の事に詳しいのでは、と思っていたのだが残念ながら彼も根とは縁薄いという事だった。やはり彼も根と対立する位置にいたからだろうか。
ただ尚樹と違ってさすがにダンゾウの名前は覚えていたようで、無表情のまま呆れるという器用な芸当をかましながら教えてくれた。
「三代目に聞いた方が早いか」
とは、思うわけだが。
急にそんな事をきいたら不審に思われないだろうか、というのが不安事項だ。
少し荒れた唇を指先で撫でて、尚樹はカカシの着替えをつめたバッグを担いだ。ここ数日カカシも尚樹も部屋を空けていたので、どことなく空気が淀んでいる。換気のために開けた窓からは湿った風が流れ込んでいた。
五代目に呼び出されているので、あまりゆっくりは出来ない。綱手に呼び出される、という時点で厄介ごとの匂いがぷんぷんとするが、無視するわけにもいかない。
育てている植物達に水をやって、しばらく帰って来れないかもしれないな、とため息をついた。

「天地橋に?」
「ああ、ナルト達とは別に暗部を一班つける」
「へぇ、また過保護な事で」
死んだサソリからの情報によると、その天地橋とやらで何かがあるらしい。そんなのあったっけ、と顔をしかめながら尚樹は綱手の話を聞いていた。
「ご意見番がうるさくてな。それで、お前にその役目を」
「断固拒否です」
綱手が皆まで言う前に尚樹はきっぱりと言い放った。天地橋で何があるのかは覚えていないが、どうせろくな事ではない。ナルトが関わる事で面倒でない事などないのだ。
「おい、わがままを言うな」
「しばらくカカシ先生についておきたいので、有給を申請します」
この世界に有給という概念があるのかは謎だが、尚樹は手に持っていたバッグを掲げて宣言した。
「カカシなら心配ない。あれはただのチャクラ切れだ」
「もうほんと、そう言う事に首突っ込むの嫌なんですけど」
「おいこら、いい度胸だな。相変わらず本音がだだ漏れだぞ」
「繕うのが面倒なんだってば。長い付き合いなんだから察してよ」
ため息をついて姿勢を崩し、近くのソファにどさりと腰を下ろす。どうも最近頭の痛い事ばかりだ。
本当に頭痛でもしてくるような気がして片手で額を押さえた。
「……なんだ、珍しく疲れているじゃないか」
「まあね。見た目ほど、好き勝手生きてるわけじゃないよ」
二代目の時代にいた時は先の事なんて分からなかったから、逆に気が楽だったのかもしれない。
元の流れを守ろうとするのがこんなに大変だとは思わなかった。自分の関係ない所で物事が進んでくれればいいのに、最近はそうもいかない。ハンターの世界でもこれほど話の流れに関わった事はなかった。ゴン達とあまり親しくなかったせいかもしれない。
今だってナルト達と親しいわけではないけれど。
重く淀む肺の空気を口から吐き出す。ソファの背に頭を預けると、天井の板目が目に入った。
人の足音。尚樹がフードの下に隠していた面をかぶるのと同時に、その人物はドアを開けた。
尚樹同様動物の面をかぶっている。あれは犬かな、といまだにはっきり見分けられないそれを狭い視界から眺めた。