徒野-8-
今までにも経験した事だったが、いつのまにか下忍と暗部の任務の比率が逆転してくる。
そうなってくると、任務を夜ばかりにこなしていては昼夜逆転してしまうので、尚樹は朝から昼にかけて任務をこなす。単純に、お子様体質なので夜は起きていられない、という理由でもあるのだが。
必然的に、午後からは何も用事がない事が多い。もちろん、そこに下忍の任務が入ってくるわけだが、ゲンマが任務で負傷してベッドの住人となっているため、最近はご無沙汰していた。
強い日差しにフードをかぶる。
別に下忍である事に対して不満はないが、ことごとく時間が合わないことが最近の尚樹の悩みだった。
実際には悩みと言ってもそれほど大げさなものではなく、「シノ君に会いたいなぁ」などといった非常に限定的なものである。
三代目に紹介してもらった道具屋に顔を出し、誰もいない店内に足を踏み入れる。
前々からそうなのだが、この商売気のなさは大丈夫なのかと他人事ながら心配になるぐらい、人がいない。
ついでに店主もいない。
昼間は灯りらしい灯りもなく、少し暗すぎるくらいの店内は、僅かに金属の匂いがする。
カウンターの上に乗っている錆びたベルを手に取って左右にふると、からからとかわいた音を立てた。
一つだけ設置されている背の高いイスによいしょ、と登って腰を下ろす。
ベルを鳴らしても人が出てこない所を見ると、取り込み中か外出中か。
腰に引っ掛けていたチャクラ刀を鞘ごとはずしてカウンターの上に置く。
鞘から引き抜いた刀身には、暗がりの上ではそこまで目立たないが、表面に細かなひびが入っていた。
こうなった原因は、さすがの尚樹でも想像がついていた。
一度目にチャクラ刀が折れたのは、鬼鮫との一戦。尚樹はいつもとは違う念を使った。
比較的最近になって習得したその念能力は、制約がきつく、使える時間も馬鹿みたいに短い。唯一の長所は攻撃力の高さ。
オーラを電気に変化させて攻撃をくわえるそれを実践で使ったのは、実は鬼鮫との一戦が初めて。そして今回で2回目。
いずれも、過去の経験からチャクラ刀を介して使用した。おかげで手の平は焼けなかったのだが、まるで金属の性質が変化した様にチャクラ刀がもろくなった。
前回の様に砕け散ったりはしなかったものの、全体に細かな亀裂が入り、折れるのも時間の問題の様に見える。
尚樹にとってチャクラ刀は、異常なまでにオーラの燃費が良い武器だ。だからこそ念の効果も高い。
だがこのままでは念の使用を断念せざるを得ない。あまり使い勝手が良くないからと使用頻度が低く、たまたまチャクラ刀ではなく他の武器を介して練習していたため気づかなかった。チャクラ刀以外は基本使い捨てで破損しても気にしていなかったというのも原因の一つだ。
これじゃ、使えないよな、と僅かな光に刀身を反射させた。
はらりと視界の隅で奥ののれんが揺れる。
視線だけ移動させると、中年の男性が顔だけ出していた。
「こんにちは」
「こんにちは。親父なら、もうくるから」
「急がなくても、大丈夫ですよ。今日はもう仕事無いんです」
「今日はどうしたんだい?」
「ちょっとチャクラ刀のメンテナンスと言うか……ご相談に」
「また壊したのかい?」
からかう様に笑った彼に、尚樹は真顔で頷き返す。
それに十割方冗談のつもりだった男性は口元を引きつらせた。続いて奥から姿を現した老人は、その様子に顔をしかめる。
「邪魔だ、こんな所に突っ立ってるな」
「あ、親父。尚樹君来てるよ」
「見りゃ分かる」
しっしっ、と息子を手で追いやって、老人はイスに腰掛けた。
「今日はどうした、ぼうず」
「ちょっとチャクラ刀の事で相談が」
すっと差し出されたチャクラ刀には無数のヒビ。それを受け取って注意深く観察する。
「ふむ……お前、いったいどんな使い方をしたんだ」
「えーっと、チャクラを雷にして、チャクラ刀に流しました」
「性質変化か」
その程度で壊れるような代物ではないはずなのだが、と表面に走る無数のヒビに指をはわせる。まるで表面がはがれる様に僅かに破片が落ちた。
店内の僅かな空気の揺れに、尚樹が入り口を振り返る。逆光で輪郭しか分からないその姿に、尚樹は迷いなく声をかけた。
「シノ君!」
「……尚樹か。尚樹もここで武器を?」
「そうだよ。シノ君一緒のお店だったんだね」
「そのようだな」
「シビのとこの息子か」
パイプに火を入れて煙を吐き出した老人は、じろじろとその姿を確認し、用件は? と短く尋ねた。
「クナイを補充したい」
慣れているのか、短いやり取りの後にクナイを受け取ったシノは、そのまま尚樹の横に腰を下ろした。
「シノ君、今日は任務は?」
「今日は休みだ。尚樹は、何をしているのだ?」
「俺はねぇ、チャクラ刀を作ってもらってるんだよ」
「チャクラ刀‥‥」
カウンターの上に置かれたままになっているそれに、シノも視線を走らせた。老人は難しい顔で煙を吐いている。
「変わった形なのだな」
「うん。だから特注なんだー」
「ずいぶん痛んでいるようだが……」
「ああ、ちょっと使い方が悪かったみたいで、パキっていっちゃったんだよね……」
「ぼうず、雷を流したらこうなったんだよな?」
それまで難しい顔をしてだまり込んでいた老人が顔を上げた。尚樹はそれに頷き返す。
「はい。正確には、電流というか、電気と言うか……」
「尚樹の性質は、雷だったのか」
「いや、多分水」
しん、と一瞬の沈黙が店内を占拠する。その沈黙を招いた本人は飄々としたものだったが。
老人は無言で立ち上がり、棚の中から白い紙を引っ張りだして戻ってきた。
無言で渡されたそれに、尚樹は首を傾げる。
「感応紙だ」
「……ああ」
過去に一度触れた事があるそれに、尚樹は一瞬躊躇してオーラを流し込んだ。
するりと流れ込んでいったそれは、紙全体に行き渡るも何の変化も見せない。
「さっさとチャクラを流さんか」
「……いや、流してるんですけどね?」
「水の性質なら濡れるはずだが」
そう言ってサングラスの奥からじっと感応紙を見つめるシノに、尚樹は肩をすくめた。仕方がないので流すオーラを増やしていく。
あまり大量に放出するのは実は得意でなはい。かなり真剣に流した結果、前回と同じ様に感応紙は僅かに湿った。触れば、なんとか分かる程度に。
それを気まずい思いで老人に差し出す。
「……本当に性質は水かと疑いたくなるほど、変化がないな」
「ちゃんと湿ってます」
「普通はもっと一目瞭然で濡れるもんだ」
返された感応紙に釈然としないものを感じつつ、ぱっくんちょにしてポケットにしまった。
「尚樹は、水と雷の性質変化が使えるのか?」
「いや、今の所雷だけだよ」
「……そうか」
付き合いの長いシノは、懸命にもそこで追求をやめた。気にしたら負けである。
「おい、ぼうず。これに雷を流してみろ」
売り物のチャクラ刀をとって寄越した老人に、尚樹は逡巡した。
「たぶん……折っちゃうと思いますよ? あと、出力の調整は出来ないので、店の中だと危険かもしれません」
そうなのだ。何を隠そう、尚樹の能力は調整不可なのである。威力も時間も一定で、発動したら中断は出来ない。
「ああ……なら裏庭でやるか。ついてこい」
店の奥にさっさと消えてしまった老人の後を尚樹とシノはあわてて追う。工房を横切って裏口から外に出た。
いろいろと材料になるらしい金属や中身の分からない木箱が積み上げられている。
先ほど受け取ったチャクラ刀を手に、尚樹はオーラを体に纏わせた。
「えーと、じゃあ、良いんですか?」
「ああ、構わん」
売り物なのに、いいのかなぁとためらいつつも、尚樹はその場で発をした。
手の平を伝って流れるオーラが次々に電気となってチャクラ刀に流れ込む。
1秒にも満たない出来事だった。
刀身は発の終了と同時に砕け散る。きらきらと光を反射したそれの軌道を意味もなく眼で追った。
「ああー……」
やっぱり。やってしまった、と気まずい思いで老人を振り返ると、盛大に眉間にしわを寄せていた。
お怒りでいらっしゃる。
柄だけになったチャクラ刀を手に、一歩後退。いやいや現行犯だろ、これ、とかろうじてその場に踏みとどまった。
「ぼうず、おまえ……」
「はい、すいません。ごめんなさいもうしません。しない様に鋭意努力します」
「何をいっとるんだ。そうじゃなくて……そういえば、加減は出来ないとかいったか?」
「はい……あと時間も、これ以上長くならないし短くもならないです」
「……ふん。単純な性質変化ではないわけか。まあいい、原因に心当たりがある。今日は帰れ。出来たら知らせをやる」
「え!? 何とかなりそうなんですか?」
「あまり期待はするな」
素っ気なく言って工房に戻っていった後ろ姿を、シノと見送って、尚樹はぽつりとつぶやいた。
「……かっこいいー」
「……そうか」
「尚樹は最近はどうしてたんだ?」
「ああ、それがねー。ゲンマさんが……あ、オレの指導教官なんだけど、その人が任務で重症だったから下忍の任務はお休みしてたんだ」
そうなのだ。任務中というより、任務での帰り道に重傷を負ったらしいゲンマは、しばらくベッドの上の住人となっていた。
ようやく動いても支障がないまでに回復したのはつい先日の事。
そんなこともあり、尚樹はしばらく暗部としてしか動いていなかった。急に大蛇丸関係の仕事が入ってきた所を見ると、いなくなったサスケと関係があるのだろう。記憶の隅に引っかかるものはあったが思い出せなかった。
出来れば諜報とか、そう言うこまごまとした任務は遠慮したかった、というのが尚樹の本音だ。
久方ぶりに見た大蛇丸は予想よりもぴんぴんしていて、ドン引きした、とだけ記しておこう。
「そうか。ところで尚樹、下忍の任務以外に、何をしていたんだ?」
「ああ、暗部の仕事。今回はちょっと遠出してたんだよー」
「……尚樹は暗部だったのか。どうりで姿を見ないわけだな」
「お仕事の時間が違うからね」
さらりと答えた尚樹に、シノは出来るだけいつもと変わらぬ態度で接した。
見下ろした横顔は以前と変わった所など見当たらない。だからこそ尚樹の環境の変化に気づかなかったのだろうと、シノは一人頷いた。
「尚樹が暗部な事は、誰か他に知っているのか?」
「ん? カカシ先生とかは知ってるけど……」
「そうか」
きっと同期の中でこの事を知っているのは自分だけなのだろう。シノは少しだけ迷って、この事実は誰にも告げない事に決めた。
「そういえばシノ君、そのパーカーどうなってるの?」
少し前を行くシノに尚樹が声をかける。一度立ち止まって振り向いたシノは、ゆっくりと首を傾げた。
「……ん? 何か変わった所があるか?」
「背中にバッグがついてる」
「ああ、これか。背中に4カ所金具がついているだろう? ここにバッグの両端を引っ掛けるんだ。いちいち荷物をからう必要がなくなる」
「へぇ……いいなあ、それ。俺いっつもひもが邪魔だなって思ってたんだよね」
一見普通の服の様に見えるが、これも扱いは忍具と同じだ。だいたいは武器を隠したり、シノの様に荷物を持ち運ぶ様に何らかの工夫がされている。
そう考えて、改めて見ると尚樹の服は上から下まで一般人のそれとほぼ変わりない。
腰から下げているシザーバッグも、シノの見た所忍具用ではないようだ。
尚樹の身につけているものの中で、忍びらしいものは、右足についたホルスターと足回りくらいか。
とても暗器の類いを仕込んでいる様には見えない。
「……尚樹、その格好ではあまり武器を持ち歩けないのではないか?」
「うん。でもそれはみんな一緒じゃない? 一応千本小さくしたりしてスペース稼いだりはしてるけど……あ、あとこの巻物で少しなら武器の補充が出来る」
ホルスターに収まっている武器と、シザーバックから抜き取った巻物を示してみせた尚樹に、シノは心の中で、やっぱり、と自分の考えが正しい事を再認識した。
「尚樹、オレが着ているような服は、基本的に暗器を仕込んだり出来る様になっている。おそらく尚樹よりたくさん武器を持ち歩いているぞ」
「……ええ!?」
そうか、今まで知らなかったのか。いったい彼の保護者は何をしているのかと考えて、そう言えば尚樹から家族の話を聞いたことがない事に今更気づいた。
もしかしてナルトと一緒で独りなのだろうか。
そういう空気を、今まで尚樹から感じた事はなかった。
「……時間があるなら、一緒に買いにいくか?」
「いいの?」
「ああ。今日はもう用事はない」
じっとシノを見上げる黒い瞳と眼があう。以前より少し伸びた黒髪に手を伸ばしてかき混ぜれば、その無表情に珍しく笑みが浮かんだ。
「シノ君すきー」
「そうか」
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