徒野-6-

尚樹にとって、最後にあった大蛇丸は小さな姿だったが、時間軸で考えれば、中忍試験後にあった大蛇丸が最後になるのだろう。
そう考えると、ずいぶん最近の事になる。
あのとき、尚樹にとっては大蛇丸はまだ紙面上でしか見た事のない大蛇丸だった。
大蛇丸も、自分の事は死んでしまったと思っているのだろうか。
その可能性は高い。
また会う事があるのかなぁ、と思考を巡らせていた。
戻ってきた時間軸は、面倒ごとをさけたせいもあって、少しだけ先に進んでいる。
木の葉崩しは終わり、気がつけばサスケがいなくなっていた。
火影も、三代目から五代目に変わった。
自来也とナルトは、修行の旅に出て、木の葉は少し静かになったような気がする。
里の復興もだいぶ進んで、最近は比較的平和。
シカマルと向かい合って将棋をさすのは、アカデミー以来。
「……あいかわらず、お前の将棋の腕は最悪だな」
「そう? なかなかストラッテジーな感じだと思うけど」
「戦略の欠片も見えねぇよ、アホ」
厳しいお言葉。というか、シカマルに勝てる相手なんでシカクさんくらいしかいないわけですが。
「カカシ先生の勝てない相手に、どうして勝てると思うかな……そもそも俺、あんまりボードゲームは得意じゃないんだけど」
「何なら得意なんだ?」
白い煙を吐き出しながら、話に割り込んだアスマに、視線を移す。今日は、アスマ班はおやすみらしい。
早朝に暗部の仕事を終え、下忍の仕事も午前中に終わらせてしまった尚樹は、街をぶらついていた所をアスマに捕獲された。
そして何故か、今こうしてシカマルと将棋を指しているわけである。
「得意……カードゲームとか? あと、やった事ないけどサイコロも得意ですよ、きっと」
「なんだ、その憶測は。博打はやめとけ」
「それは俺じゃなくて、ぜひ五代目に進言して下さい」
尚樹の知らない間に、伝説の鴨などという二つ名を持ってしまった綱手。彼女のあれは、いつか身を滅ぼすと思う。
「そういえば、お前さん、カカシの病室にもトランプを持ち込んでたな」
「まあ、暇つぶしにはちょうどいいですよ」
ぱち、と桂馬を移動させると、すぐにシカマルにとられてしまった。歩兵が邪魔なので、ついでに前進させておく。
「お前はなぁ……下手は下手なんだけど、手は読めねぇんだよな。めんどくせぇ」
そう? 意外と単純だと思うけど、と角を空いたスペースに放り込んだ。
「意図が読めないと言えば、アスマさんはどうして俺をここに連れてきたんですか」
てっきり、聞きたい事があるんだと思ってついてきたんですけど、と銀の眼前にせまった歩兵をそのままに、飛車を動かした。
「気づいてたか」
「まあ……アスマさんは、三代目の息子ですからね」
「どういう理由だ、それは……」
「べつに、他意はないですけど……気になる事多いんじゃないかと思って」
正直、あまり深く突っ込まれると困る。つい最近まで過去にいたとか、実は二代目の時代から忍びをやっているとか、正直自分でも意味が分からない。
「あー、そうだな。おまえ、綱手様との関係は?」
「さあ……世間一般でいうなら、幼馴染みなんじゃないですかね」
「……おまえ、いったいいくつだ」
「さあ、数えてないので分からないですけど……自来也よりは年下ですよ。たぶん」
「多分かよ……」
シカマルが嫌そうな顔をして銀をとる。まあ、今の尚樹の見た目からは、そんな年齢だとは思わないだろう。
尚樹も、もう自分がいくつなのか分からなくなってしまった。深い事は考えたら負けである。
「その姿は、変化、か?」
「大人の姿にはなれますよ? 普通より、年を取るのが遅いみたいなのであまり期待した姿にはなれませんが」
想像力の欠如、というのかもしれない。尚樹は、最高で高校生までの自分の姿しか知らない。それゆえに、いつもそれ以上の姿をとれないでいた。
「どうりでな」
一人納得した様につぶやいたシカマルに、視線を戻す。首を傾げると、シカマルが王手をかけた。
「前から、お前は年上みたいだと思ってたんだよ」
「そう?」
「ああ。妙に戦闘慣れしてたしな」
戦闘慣れしていたのは、また別の話なのだが、話がややこしくなるので黙っておいた。まさか、ここよりサバイバルな世界にいました、なんて誰が信じようか。
「三代目からは、何か聞いてるんですか」
「……お前の事は、お前に聞け、と」
「まさかの丸投げキタコレ」
ぺち、と歩兵を動かして裏がえす。なんで「歩」の裏が「と」なのかは尚樹にとって永遠の謎である。
「だからお前は避けるなり何なりしろって言ってるだろーが!」
「そこはほら、シカマルの良心で」
「アホか」
容赦なく王将をとっていくシカマルの手元を眺めて、また負けちゃった、と放り込んだまま放置していた角でシカマルの桂馬をとった。
そういえば、カカシ先生には、まだ何も聞かれていない。
どうして急にいなくなったのか、その質問以外を未だされていなかった。
不可抗力とは言え、目の前で綱手と親しげなやり取りをしてしまった自覚はある。
自来也と違って、綱手は頭に血が上っていたし、何より尚樹の事情をしらない。
そのせいもあって、当然の様に昔の態度で接してきた。
敬語を使う事も、名前を呼ばない事も彼女の逆鱗に触れるという事は短いやり取りの中で何となく分かる。
あの場は綱手を押さえるためにああいった態度を取ったが、何かと面倒な事に変わりはなかった。
「カカシ先生、何か言ってました?」
「あー、いや、特には何も言ってなかったけど」
「アスマさんは、何が知りたいです? 別に五代目と俺の関係なんてそんなに重要でもないでしょう」
「……おまえ、いつの時代から木の葉にいる」
「俺の認識しているかぎりでは、最初に仕えた火影は二代目です」
「……下忍というのは嘘か」
「それは本当です。昔から、ずっと下忍ですよ」
「年は」
「その質問はさっきも聞かれた気がしますけど……正確には分からないので、だいたいで勘弁して下さい。あなたより年上で、自来也より年下です」
「ずっと木の葉に?」
「それは、どういう意味で? 時間的に? それとも立場的に?」
「両方だ」
「時間的にいうなら否、立場的にいうなら是」
「……烏、と呼ばれる人物を知っているか」
「いえ」
「根のものか」
「いいえ」
できるだけアスマの質問に正直に答える。下手に嘘をつくと、のちのち困りそうな事は眼に見えているし、この程度の情報は調べられればすぐに露見するだろう。
何かを探るようなアスマの視線。いままでに、何度も受けてきたそれ。
僅かに肌を刺す空気が、逆に心地いいくらいだ。
「アスマ、もういいだろ?」
おもむろに立ち上がったシカマルが、尚樹の手を取った。引っ張られて条件反射で立ち上がる。
「おい、シカマル」
尚樹の手を引くシカマルは、アスマの声に振り向かず、ずんずんと先に進んで、そのまま外にでる。シカマルの意図が読めぬまま、尚樹は大人しくそれについていった。
僅かにオレンジ色に染まり始める空を遠くに眺める。尚樹より僅かに背のたかいシカマルの後ろ姿。
「シカマル、どこに行くの」
「……」
ぴた、とシカマルが足を止める。いつもと違うシカマルの雰囲気に尚樹は首を傾げた。
「……わりいな、アスマのやつが色々聞いて」
「別に……構わないよ。慣れてる」
ハンターの世界では、あまり過去を詮索された事はない。あそこは、過去のない人間なんて当然の様にいる。
でもここは、ある程度統制の取れた世界だ。尚樹のような異分子は常に身元を探られる。郷に入っては郷に従え、という言葉もある事だし、尚樹も仕方のない事と割り切っている。
どうしても嫌ならば、ここを離れれば良いだけの話だ。
なんだ、シカマル。俺に気を使ってくれたのか。
再び手を引いて歩き出したシカマルに、尚樹はまた大人しくついていった。
「シカマルは、俺に聞きたいことないの」
「別に……ああ、そう言えば、なんで桂馬とった?」
一瞬何の事か分からなかったが、先ほど惨敗した将棋の事か、と思い至る。尚樹がシカマルから最後に奪った駒は、確か桂馬。
「桂馬は、シカマルだから、シカマルに勝つには桂馬をとれば良い」
「……なんだそれ」
シカマルの小さく笑う気配。
そのうち分かるよ、と茜色に染まっていく街を二人で歩いた。

あの後、シカマルが甘味をおごってくれたので、ありがたくちょうだいしつつ、夕飯の買い物をして家まで戻った。
カカシが戻ってくる前にあらかたの家事は終わってしまったので、冷蔵庫の中の瓶を眺める。
千本に塗る毒を手にとり、明日は久々の休みだから、毒入りクッキーでもつくろうかと、使う毒を頭の中で吟味する。
漏れ出る冷気が勿体ないので、とりあえず冷蔵庫を閉めて、空き瓶を手に取る。
千本に使う毒は、味など関係ないので、強さ重視。瓶の中で毒を希釈して、仕入れたばかりの千本を立てていれる。それをいくつか作った所で、カカシが帰ってきた。
食卓の上で武器の手入れをしている尚樹に、はあ、と両肩を落とす。
「お帰りなさい、カカシ先生」
「ただいま……」
一応そこ、ご飯食べる所なんですけど、と思いながらもカカシはその言葉を懸命に飲み込んだ。
毒が一応食用ではなかった事に思わず安堵を覚える。
「ご飯の準備しますね」
「ああ、ありがと」
すぐに机の上を片付け始めた尚樹に、カカシも着替えに向かう。手早く着替えて台所に行くと、尚樹がおかずを温めている所だった。
「……尚樹、千本その保存方法で錆びないの」
「あんまり。錆びない様に金属の配合変えてるらしいですけど」
「へぇ」
三代目に紹介してもらった鍛冶屋のおじいさんに、尚樹は頻繁に会いに行っていた。話を聞くと色々参考になるし、作業風景を見ているのは単純に楽しい。
千本の消耗もそれなりに激しい。
ふと、昼間アスマと交わした会話を思い出した。
カカシは何も聞かなくても良いのだろうか、と口を開く。
「カカシ先生は、俺に聞きたい事とか、ないんですか?」
「ん? いきなり何の話?」
「いえ、綱手様との関係とか、腕の事とか、その辺です」
尚樹の言葉に、カカシが考え込む様に腕を組む。その表情はいつも通り少し気の抜けたもので、あまり真剣に考え込んでいる様には見えなかったが。
「なんか、正直わりとどうでもいい」
「カカシ先生?」
「なんかもー余計な事知りたくないし、考えたくないし。腕も治ってるならそれでいいし」
「え? カカシ先生? なんか大丈夫ですか? 燃え尽き症候群みたいになってません?」
「もう、どーにでもなーれ、ってレベル」
「……か、カカシ先生?」
ぐつぐつと煮立つ音に、ハッとなって火を止める。あまりの投げやりっぷりに、尚樹は内心で激しく動揺していた。もはや、病んでるレベルじゃないのか、これ。
「ごはん、よそうよ」
「あ、お願いします……」
うろたえている尚樹とは対照的に、いつも通りの態度でご飯をよそいだしたカカシに倣って、尚樹もおかずを取り分ける。
これは、もうこの話題は終了、という意味だろう。詮索をされないのは助かるが、カカシの事が逆に心配になってしまった。
「カカシ先生、疲れてます……?」
「ん? まあ、多少は」
いやいや、意味通じてないよね、これ。先ほどのうつろな瞳はもうなく、既にいつも通りな所が、また何ともいえない。
一抹の不安を覚えつつも、カカシの態度が怖すぎるので、尚樹もこの話題には自分から触れない様にしよう、と両手を合わせたのだった。


ご飯をよそぐ……って方言なのですね(;´∀`)