空蝉-30-

事は、いつもとは違う任務内容に始まる。この時代でもほとんどの任務を一人でこなしていた尚樹だが、今回は五人での任務となった。
一人はミナト、顔を見た時点でシノとチョウジの父親だと分かる二人、そしてなんと小さなカカシ先生だ。
カ、カカシ先生が小さい! と妙な感動を覚えたのも無理はない。
そんな集団に混じってどこに行くかと言うと、楼蘭という風の国にある都市らしい。
もちろん尚樹はそんな都市の名前を聞いたのは初めてだ。
まあ、この時代の事なんて分かるわけないか、とそれ以上桜蘭について考えるのを尚樹はやめた。
そして、次に気になっている事を聞くために口を開く。
「……ミナト、気になってる事があるんだけどね」
「なんだい、リューク」
「この任務について、俺に黙ってる事はない?」
「……何の事?」
任務内容は三代目から説明があった通りだよ、と不思議そうにミナトが首をかしげる。
説明があった通り、ね。尚樹は火影室で聞いた話を頭で反芻した。
ここ桜蘭でムカデという忍びが傀儡の暗殺兵器を作っている、という情報がある。その真偽を確かめ、必要があればその人物を屠る。つまり、速い話が暗殺だ。だからこそ、腑に落ちないのだ。
この任務は、果たして暗部を五人も必要とするのだろうか、と。
「……ミナト、この任務に俺を推薦したり、あるいは自分で志願したりはしてない?」
尚樹の言葉に緊張をはしらせたミナトに、やっぱり、とため息をついた。
おかしいと思ったのだ。暗殺なら、難易度に関係なく尚樹は一人で任務をこなす。他に人がいたら何かと都合が悪いからだ。
その辺はいろいろと理由を付けて、三代目に便宜を図ってもらっている。
いままで任務に失敗したり、怪我をした事はないので、渋々ながらもこの条件には三代目も同意しているし、それなりに付き合いが長いのだから、その辺は分かっているはずなのだが……。
なのに、この大所帯。
なんとなく嫌な予感がする、と尚樹はかぶった面を押さえた。
二代目と最後の任務に出たのも、いつもは組む事のない小隊だった。まあ、このメンバーなら自分以外死ぬ心配はないか。
「‥‥セルを組むべきだと、三代目に進言した」
「何故」
「一人では危険だし、ランク的にも一人でこなすのは難しい……放っておくと、お前は一人で怪我をするだろう」
「ミナトの中で俺はどれだけドジッ子なの。悪いけど、これでも任務中に怪我をしたことはない」
「嘘だ。昔すねを鎌ですっぱりやったろう」
「一体いつの話を……とにかく、不必要に仲間を危険に曝す必要はないと思うし、少なくとも俺は誰かを殺す所を見られたくない」
ぐ、と眉根を寄せてミナトが黙り込んだ。心配してくれたのはありがたいのだが、チームワークが得意な方ではないし、念の事は誰にも知られたくない。
とくにデスノートみたいな道具は人の見ている前では使えないので、かなり時間を浪費してしまう。まあ、つまり全部自分の事情である。
だからそんな難しい顔をされると、肩身が狭い。ごまかすように尚樹はすれ違い様にミナトの肩をたたいた。遠くには砂漠の中にそびえ立つ無数の塔。
あれが、桜蘭。
「……まあ、こんな所で言い合っても仕方ない。任務を始めよう」


遠くにちらついた金色に、尚樹は足を止めた。
桜蘭は外から見た通り、天へとまっすぐに伸びる塔が所狭しと立っていた。視界が悪いことこの上ない。その塔の間から鮮やかな色彩がちらちらとのぞく。
円を展開して、その気配を補足。間違いない、これは。
「九尾……ナルト?」
どうしてこの時代に、と全く忍んでいないその姿を視界に捉えた。直接問いただしたいが、この時代での接触は避けたい、と半ば無意識に考えて、何故、とその理由を自問した。
ミナトの肩をたたいて、ナルトの方を指差す。
「あれは……」
「他の里の忍びだろうか」
「背中に渦の紋があったから木の葉の忍びだと思いますよ」
シビの言葉に、見てもない事を言って事がスムーズに運ぶ様に小細工を仕掛ける。
よくよく見れば、傀儡人形に追われているようだ。ナルトの派手な色彩とは対照的に影に紛れるような土色。
空から無数に伸びる糸が傀儡を操り、ナルトを追いつめていく。死ぬ事はない、と思うが助けには入った方が良いだろう。万が一という事もある。
それに、この場にミナトがいる、という事がそもそもの布石なのかもしれない。きっと、この二人はこうでもしないとお互いに生きて会う事はないのだから。
「行こう」
ミナトの言葉に続いて動く。暗黙のうちにそれぞれの役割が分担された。
ミナトがナルトを助けに入り、尚樹が傀儡の糸を切断。チョウザが倍加の術、シビが蟲を使って傀儡本体を破壊した。時間にすればほんの一瞬。
ふたりとも、良い技持ってるなぁ、と羨望のまなざしで尚樹はシビとチョウザを見つめた。
「とりあえず、手当をした方が良いね」
ミナトの言葉に視線をナルトに移す。足を負傷しているようだ。ミナトは医療忍術も得意だから、彼に任せたほうが良いだろう。それに、出来るだけ口を開きたくない。
チャクラ刀をしまって、尚樹は空を見上げた。
「ミナト、場所を移動しよう。何か始まるみたいだ」
「リューク?」
「糸が動いてる……ああ、パレードか」
広場に人が集まっていくのが見える。塔の影に身を隠しながらその様子をうかがった。
「……」
妙だ。やけに広場に伸びる糸が多い。せわしなく動く糸を見ながら、尚樹は首を傾げた。円を広げて確認すると、人の気配らしいものがほとんど感じられない。すべて傀儡か。
いったい誰に見せるためのパレードなのだろう。尚樹は思考を巡らせた。
例えば、他国の人間に見せるためのものだと言うのなら、分かる。国の豊かさを示す事になるだろうし、軍事的な面で考えても牽制くらいにはなるかもしれない。
だがここは、砂漠の真ん中。他に街はなく、これといって敵対する国もない。
ひときわ高い音が鳴り響く。
人形達の視線は上へ。王宮のバルコニーから姿を現したのは、おそらくこの国の若き女王。
任務前に目を通した書類に、その顔は確かにあった。
「よし、これで大丈夫。向こうに門があるから、君はそこから木の葉に戻ると良い」
背中でミナトとナルトのやり取りを聞きながらも、尚樹の視線は女王サアラ、あの空間で唯一血の通った人間へ。
サアラの体がゆらりと揺れたのと同時に、尚樹は地面を蹴った。ミナトの呼び止める声が聞こえたが、構わずに進む。
バルコニーから不自然に落下した女王を抱きとめて再び塔の影へ。視線をバルコニーへと戻す。
不自然なほどあっけなく崩れ落ちたバルコニー。傀儡だらけのパレード。女王が転落したというのに、騒ぐものは一人もいない。
つまり、すべてはこの女王の眼を欺くための人形劇。
「……ふうん」
ずいぶん、陰謀渦巻く街のようだ。
「ぶ、無礼者!」
ひゅ、と振り下ろされた手の平を体を反らせて避ける。礼を言われるべき場面だろうここは。間違っても無礼者扱いされるいわれはない。
体を支えていた手をぱっと離して立ち上がった。地面との距離は10センチも離れていなかったから、べつに痛くもないだろう。
それより、耳元で怒鳴られて耳の奥がいたい。聴覚は念のせいか生まれつきか、普通よりは良い方なのだ。
「な、なにを……」
サアラが最後まで言い切る前に、ミナト達が姿を現した。急に現れた男達に、サアラが誰何の声を上げる。
その姿は、女王というよりは王女。何か引っかかるものを感じながらも、尚樹は我関せずとミナトの後ろに隠れる様に移動した。
その意図を汲んだのか、ミナトも僅かに体勢を変えて尚樹を背後にかばいながら口を開いた。
「女王サアラとお見受けします。ここで立ち話もなんですし、場所を移動しましょう」


こうして見ると、やっぱりミナトとナルトって、そんなに似てないよな、と狭い視界からながめた。
まず雰囲気が違う。物静かなミナトと、周りの空気をいっきに変えるような明るさを持つナルトは対照的とも言える。どちらにも共通して言える事は、人を引きつける魅力がある所か。
こういうのをきっとカリスマって言うんだな、と尚樹は一人納得していた。
サアラとナルトを連れて王宮の中に移動した後は、ミナトにすべて丸投げした。尚樹は未来でナルトとアカデミーで過ごした。この時代での接触は危険だ。
窓から空を、塔に囲まれた広場を眺める。
街中に走る無数のチャクラの糸、魂のない身体。乾いて砂をはらんだ風も王宮には届かない。
「天網恢恢疎にして漏らさず、か」
見上げる空にはチャクラの糸。天網、というものが目に見えたとしたら、こういう感じだろうか。
「リューク、何か言った?」
「なんでもない……からくりの糸を切ってくるよ。ミナトはムカデの方をよろしく」
龍脈の力を利用しているなら、その供給を絶てば良いだけの話だが、おそらくそう簡単にはいかないだろう。尚樹は忍術が使えないので、もちろん封印術も使えない。
糸を切ってもたいした時間稼ぎにもならないだろうが、糸が伸びている大元のパイプを落とせば、それなりに時間は稼げるだろう。
「リューク、これを」
クナイを差し出したミナトに、尚樹は顔だけで振り返った。通常のクナイとはわずかに異なるその形状。
それが何なのか、嫌というほど分かっている。なんとなく、子供にGPSを持たせる親のように見えてしまうのだが、気のせいだろうか。
「……クナイならもってる」
「一本くらい増えたって問題ないだろう」
わざとぼけてみたのだが、にっこりと笑ってクナイを押し付けてくるミナトに、尚樹は面の下でため息をついた。
大きさ的に、うまくホルスターに収まらないから、あまり持ち歩きたくないわけだが。そんな理由を言った所でミナトは聞き入れてくれなそうだ。
ホルスターから自分のクナイを一本引き抜く。それと引き換えにクナイを受け取り、同じ場所にそれをしまった。
「リューク?」
「クナイは3本しか持ち歩かない主義なんだ。それ、即効性かつ致死性の毒が塗ってあるから、間違って切らないようにね」
「リュークが言うとしゃれにならないな」
慎重にそのクナイをしまうミナトを見届けて、尚樹は一人その場を後にした。視界に入る金色は二つ。ナルトがいるなら、今回の任務はそう簡単には遂行出来ないだろう。だが、必ず成功するはずだ。
出来るだけ巻き込まれたくない、というのが尚樹の正直な心境だった。

外に出てすぐ、ゴーグルを持ってくるべきだった、と風に巻き上げられる砂に顔をしかめた。
凝視虫をミナトとナルトにつけているので、円をしなくても位置は分かる。あとは問題のムカデの位置だが……さて、どこにいるやら。
からくりばかりのパレードを眼下に、尚樹は遠くに続く砂の大地を眺めた。
親指の腹を歯で噛み切る。以前はこれが出来ずに二代目に白い目で見られた物だが、今となっては慣れた動作だ。口の中に僅かに広がる鉄の味が、記憶を呼び起こす。
印を組んでオーラをこめれば、黒い猫が一匹。
「どうした」
「ちょっとね、気になる事があって」
「気になる事?」
「まあ、ちょっとした用心だよ」
塔の上から飛び降りた尚樹に、夜一は周りを見る暇もなくその肩に爪を立てて浮遊感に耐えた。
一言ぐらい断りを入れて欲しい物だ。パイプの上に着地した所で、ようやくまわりに目を向ける。
高い塔に周りを囲まれて見通しは悪い。ぞわぞわと背筋を障る感覚にしっぽの毛が逆立った。嫌な街だ。
「傀儡の術かぁ、使えるといろいろ便利そうなんだけどな」
尚樹が腰のチャクラ刀を引き抜いて、オーラを纏わせる。凝をして無数に張られたチャクラの糸を見つめた。
「多いなぁ」
「一本ずつ切るのか?」
「いや、パイプを落とす。これがチャクラの供給源みたいだし……問題は目立つ、って事くらいかな」
必要であればすべて落とすつもりだが、あまり目立つと傀儡が動きだす。
「……まあ、それはそれでいいか」
揺動にもなるだろうし、戦力をそぐにこした事はない。
「それじゃ、ひと暴れしようか」
言葉と同時に足下のパイプを両断し、崩れ落ちる前に別のパイプに飛び移る。つぎつぎにパイプを切り落としながら尚樹は上から下に移動していった。円の中にかかる傀儡の気配を感じながら、より狭い所へと誘導していく。
ホルスターから糸巻きを取り出した尚樹は、その先に結んだクナイを壁に投げた。塔の引っかかりを利用して糸を張りながら適当に起爆符を設置。
螺旋を描く様に下へ下へ。傀儡達が尚樹を囲む様に集まってくる。空も飛べるのか、と頭上を埋める傀儡の影を見ながら、尚樹は地面に着地した。
手に持った糸巻きは既にすべての糸を使い切り、薄い芯だけになっている。
眼前に迫る傀儡の群れ。ぎりぎりまで引きつけて尚樹は手に持った糸に電気を走らせた。
轟いた爆音は、ほんの僅かの間街の空気を占拠した。