空蝉-25-

尚樹が忍術としてまともに使えるのは、今のところ変化と口寄せだけだ。
さすがにそれはどうかと思うので、ずいぶん前から螺旋丸の練習をしていたのだが、なかなかどうして、うまくならないものである。
破壊力に欠けるんだよなぁ、と手の中に出来たオーラの固まりを霧散させる。
新しい念能力を作るか、と尚樹は指にクナイを引っ掛けてくるくるとまわした。
正確には作り直すと言うか、見直すと言った方が正しい。以前作ろうとした、オーラを糸の様に変化させるものは、結果として失敗に終わった。あれは、非常に不本意だがヒソカのバンジーガムを参考にしたものだ。
傀儡の術の代わりになるかと思ったのだが、実際はただのもろい糸にしかならなかった。
具現化系の能力は、自分で作った制約のせいで使えない。ならば、一番適性のありそうな変化系をねらった念能力に、と思ったのだが。
よくよく考えれば、六性図でいえば具現化系は隣が変化系と特質系だ。隣のタイプであれば80%の発現率だと言うが、特質系に関しては、0に近い。
「……今更だけど、具現化系って融通が利かないよね」
「そうなのか?」
「あれ? 夜一さんは六性図は知らないんだっけ」
「猫が知るわけないだろう」
「それもそうか。まあ、とにかく変化系が一番習得は容易なんだよね」
なのにこれ、と尚樹は指先からオーラを細くのばした。これでは、変化系も何も、ただオーラをのばしただけだ。
先が思いやられる、と尚樹はクナイでその糸を切った。
「これはあきらめて別のにしようと思う」
「……おまえがうまく念を習得出来ないのは、その性格のせいだと思うぞ」
「制約をつければもっとうまく出来るとは思うんだけど、あんまりリスキーなのはやめたいんだよね。何事もバランスだと思うんだ」
こいつ、人の話聞いてないな、とクナイの先で地面に落書きをはじめた尚樹に、夜一はため息をついた。
だいたい、傀儡の術もどきだってろくに習得出来なかったのに、どうして新しい能力にしようと思うのか。理解に苦しむ所である。
「どういうのが良いんだ?」
「うーん、攻撃用の念にしようとは思ってるんだ。今までのは、正直生活に役に立てば良いなーくらいで使ってたから、戦闘には向かないんだよね」
「……そんな事はないと思うが」
「いや、そもそもドラえもんの道具はただの便利道具だし……いちいち具現化して、発動って言うのが正直まどろっこしいんだよね」
この世界はスピード勝負だし、と手の中からクナイを離す。地面に垂直に刺さったそれを、指に引っ掛けて引き抜く。
「希望としては、放出系の遠距離で使えるタイプがいいんだけど、正直それは無理だしね。ヒソカのバンジーガムが応用効くし、比較的簡単そうだと思ったんだけど、意外と難しい上に、攻撃力という点では皆無なんだよね。ここはやっぱりキルアの電撃系とか、そのへんにするべきかな?」
「……とりあえず、お前にはオリジナリティってモノがないのか」
「いや、自分で考えたものより、確実に使いやすそうじゃない? 考える時間も節約出来るし」
「……そうか」
「うん」
やっぱり電撃系にしよう、と頷いた飼い主に、夜一はとうとう口をつぐんだ。


どうも最近挙動が不審だな、と棒立ちになったまま動かない尚樹を遠くから盗み見た。
待ち合わせ場所に尚樹の姿が先にあるのはいつもの事だが、どうもここ最近近寄りがたい空気を発している。ピリピリしていると言うか、殺気が出ていると言うか。
サクモが近づくといつもそれはすぐに鳴りを潜めて、分からなくなってしまう。尚樹に気づかれない様にこうして遠くから観察して、やはりどうも様子がおかしいと首を傾げた。
視界の隅に明るい金髪が入る。それとともに尚樹の纏う空気もいつも通りになった。おそらくミナト自身はその事に気づいていないだろう。
サクモですら最初のうちは気づかなかった。あの辺が尚樹の間合いか、と距離を測る。
そろそろ集合の時間なので、何食わぬ顔で木から飛び降りた。
ゆったりと近づいていくと先に尚樹が振り返る。
「待たせたな」
「おはようございます、サクモさん」
「おはようございます」
子供二人におはよう、と返して尚樹の足にちらりと視線をやった。もうずいぶんと良くなったのか、包帯はまかれているものの、自由に動き回っているようだ。
「中忍試験が近いから、任務はなしだ。しばらくは修行に専念しろ」
「はーい」
素直に返事をした尚樹とは対照的に、ミナトは納得いかないようだ。おそらく、修行に専念するなら、自来也の元に戻るべきだと思っているのだろう。しかし残念ながら自来也はミナトを世話を押し付ける気満々である。それだけミナトの事を買っているという事でもあるのだが、さすがにそれを分かれというのは酷な話か。
ぱたぱたと移動を始めた尚樹の襟首をあわてて引っ掴む。
「こら、お前はどこに行くつもりだ」
「いや、周りに被害が出ると困るので、あっちの端っこで頑張ろうと思って」
一体何の修行をしようというのか。聞いても良いんだろうか、とサクモは逡巡した。何せ以前同じような状況で手伝いを断られた事がある。結構傷が深い。意外と繊細な大人である。
「……一応聞いておくが、何をする気なんだ?」
「修行ですよ?」
いやだから、その内容を聞いてるんだけど、とサクモは肩を落とした。
「新しい忍術を使える様にしようと思ってるんです。こう、攻撃に長けたやつを」
「……具体的には、決めているのか?」
「はい、螺旋丸を使える様にしようと思って」
「……螺旋丸?」
聞いた事のない名称に、サクモは疑問符を飛ばした。ミナトを振り返ってみたが、彼も首を傾げている。つまり、アカデミーで名前を聞いた事も、自来也の口から聞いた事もない、と。
「尚樹、その螺旋丸というのは、どういうやつだ?」
「あれ? サクモさんは知りませんか?」
「悪いが初耳だ」
てっきりメジャーな技だと思ってました、と首を傾げる尚樹にちょっぴり不安になりつつ、一体どこで見聞きしてきたんだこいつは、と眉間にしわを寄せる。
「チャクラコントロールだけで習得が可能なので、まあ俺向きかなと思うんですけど……」
意外と出来ないんですよね、とため息をついた顔はいつも通りの無表情。これは、一応落ち込んでいるのかどうなのか、判断に迷う所である。
「尚樹、ちょっとやってみせてよ」
「いいけど、ちゃんとは出来ないからね」
ミナトの要求に一言断って、尚樹が手の平を空に向ける。
ヒュルリと空気が動いた。球状に集まる風は円を描く様にとどまる事なく、しかし収束してすぐに密度を増した。
無意識につばを飲む。その小さな手の平に集まるチャクラは、目にこそ見えないものの、ひどく高密度で逃げ出したい衝動に駆られる。それほどのチャクラが集まっていながら、目に見えないというのはおかしな話だったが、肌を刺す圧力も本能に訴えかける恐怖も、確かに本物だった。
激しい空気の流れだけが、そこにチャクラが流れている事を視覚にうったえた。
「これを投げたりぶつけたりするだけのモノなんですけどね。まあ、俺のチャクラの性質上投げるのは無理なのでとても接近戦向きです。あれ、これ俺に向いてないですよね?」
自分で説明しながらいまさら問題点に気づいたのか、すぐに矛盾した尚樹は手の平からそれを消した。空気だけが僅かな余韻を残して地面に円を描く。
かさかさと足下を転がる枯れ葉を視界の隅で追った。
「……チャクラの形態変化だな」
「そうなんですか? チャクラを動かしているだけですよ?」
「形態変化は、チャクラの形を変える事をさすんだよ。お前のそれは、形態変化のみの術だ。まあ、確かにお前向きかもな」
原因は全く持って不明だが、尚樹はチャクラコントロールに長けているわりに術の発動率が絶望的なほど低い。だから、チャクラの流れさえ操れれば出来るこの技は、確かに尚樹向きと言える。
しかし、万人向きではないな、とそのあまりに緻密なチャクラコントロールにサクモは目を眇めた。戦闘中にそこまでコントロールに集中出来るかが鍵となるだろう。形質変化もなくチャクラコントロールだけでここまでの威力を出すのは難しい。
いつの間にこんなものを、とその幼い顔を見下ろした。
チャクラコントロール。自来也がミナトには尚樹のチャクラコントロールを覚えさせろと言ったわけ。もしかしてこれの事だろうか。
もうしそうだとすれば、一朝一夕には無理だ。
興味津々に尚樹に螺旋丸のやり方を尋ねるミナトを見ながら、中忍試験に今さら間に合うわけがあるか、と一人重々しくため息をついた。