空蝉-11-

ミナトの体を巡るチャクラの流れを眼で追う。
念を使う自分たちとは違う。正直、ミナトに関わらず念を使う側からしたら無駄が多いと言えるだろう。
ただ、他の人もミナトと大差ないように感じる。
オーラを体にとどめる、という概念はそもそも彼らには無いのかもしれない。
「どう?」
「いいんじゃない」
「尚樹、適当に言ってない?」
「バレたか」
膨れっ面のミナトに尚樹は苦笑で返した。どうせ、口で言ったって理解されない。
尚樹自身、チャクラについてはあまり理解出来ていない。ただ、念とは似て非なる物と言うくらいしか分からない。
「じゃあ、サクモさんをお手本にしてみようか」
じっと向けられた二つの視線に、サクモは一瞬ぽかんとした。
「話が飛んだぞ」
「チャクラの使い方のお手本を見せてもらおうと思って。上手なチャクラの使い方って言うのが、俺にはいまいち分からないので」
言いながら、チャクラの流れを眼で追うと、やはりミナトとあまり変わりないように思う。
というか、やっぱりこれはどう見ても、
「だだ漏れなんだよなぁ」
「は?」
「いえ、独り言です」
オーラが勿体ない、と少しずつ失われて行くそれを惜しんだ。一般人よりは出て行く量が少ないのかもしれないが、尚樹に言わせればだだ漏れだ。
自分もだだ漏れにしていることを棚に上げて、尚樹はそう結論した。
「やっぱり、ミナトが特別下手な感じはしない……かな」
「そうなの?」
「そうなの」
ひとりのんびりとベンチに座って、尚樹は膝の上の夜一を撫でた。
「おーい。俺はまだ何もしてないぞ」
「自然体で良いですよ……あ、じゃあ木登りでもします? ちなみに俺は出来ないので見学します」
「当たり前だ、その足で頼むから不用意に動き回るな」
「怪我してなくても出来ませんよ?」
「おおーい、ちょっと待て今問題発言があったぞ」
「水上歩行も出来ないんだよねー」
「ねー」
お互いに顔を合わせて「ねー」と声を合わせたミナトと尚樹。本来ならほほえましいと言える光景かもしれないが、内容のせいで欠片もそうは思えなかった。
「というわけで、ちょっと疑問なんですけど、サクモさん?」
「俺も色々疑問だよ、尚樹。今どさくさにまぎれておかしなこと言ったろ?」
サクモの耳が正しければ、木登りも水面歩行も出来ないと尚樹は言った。
当然出来るものと思い込んでいたサクモは思わず自分の耳を疑いそうになったが、現実から眼をそらすなと自分を奮い立たせた。
というか、仮にも暗部だろうと心の中で激しく突っ込んでおく。
しかしそんなサクモの葛藤などどこ吹く風で、尚樹はいつも通りの少しゆったりした口調で言葉を続けた。
「何度見ても、ミナトがチャクラコントロール苦手とは思えないんですよね。つまり自来也様の目的はもっと他のところにある可能性が高いってことだと思うんです……他の目的ってなんだと思います?」
「深読みし過ぎじゃないか? それより口寄せの練習をするんだろう」
「教えてくれるんですか?」
「ああ」
夜一さんを口寄せ出来るようになりたいんですけど、とニコニコしながら黒猫を抱き上げた尚樹に、単純で良かった、とサクモは笑みを引きつらせた。
「ちょっ、尚樹、俺の修行は?」
しかしそれに慌てたのはミナトで、夜一を尚樹の手から取り上げた。
ほどなくその鋭い爪に痛手を負わせられる。
「そんなに焦らなくても」
「焦るってば。もうすぐ中忍試験なんだから」
チャクラコントロールを覚えなければ、任務はお預け、中忍試験もお預け、と自来也に言われているミナトからすれば、あまりゆっくりしている時間は無い。
それだというのにここ最近、普通にDランクの任務をこなしているだけで、修行の方は全くと言っていいほど進展が無かった。
「と、言われてもねぇ……」
尚樹は夜一を抱き上げてうーん、とうなった。
先ほどいったように、尚樹の考えでは、自来也の考えはチャクラコントロールうんぬんより他の所にあると思う、のだが。
理由としては、自来也が尚樹の忍術のレベルを知っていることくらいだが、十分だろう。
壊滅的と言える尚樹の忍術レベルで、普通に考えてチャクラコントロールがうまいとは思えない。
「尚樹は具体的にどんな風にチャクラコントロールしてるの?」
「どうと言われても……たぶん、根本的に使い方が違うから参考にはならないと思うよ?」
そもそも、別物だし、と言う言葉はそっと胸の内にしまった。
必死な様子のミナトに、自来也の真意云々をいっても仕方ないだろう。
尚樹は自分が念を習った時のことを思い起こして、今では無意識のうちにやっていることを言葉に還元した。
「こう、体の周りを循環させてチャクラを体にとどめる……纏う? そんな感じ」
垂れ流しにしていたオーラを体にとどめる。ゆるゆると循環するオーラを目で追った。
手招きでミナトをかがませて人差し指で、とん、とミナトの体に触れる。
「チャクラの流れを意識して」
指先を肩から指先へ、腕を伝って移動する。
そのまま足先へと向けて一周するように反対の手へ、腕を伝って肩へ。
「体中を、まんべんなく巡るように」
静かな口調で、淡々と語る尚樹の声に意識を引きずられてミナトは妙な感覚に陥っていた。
伏し目がちになった尚樹の頬にまつげが影を落とす。
一瞬だけ、体の周りを生温いものが巡ったような気がした。
「状況に合わせてチャクラの量を増減する」
肩に触れていた指先が再び移動して、ミナトの手をとる。
正直鳥肌が立つかと思うほどの感覚が指先を伝った。尚樹が触れている場所から悪意の無い何かが這い上がってくるような感触がする。
そして、これがチャクラかと本能的に理解した。
「自分の持つチャクラの量には限界があるから、配分を変えるっていった方が正しいかな」
例えば今は、手に多めに集めてる。尚樹の言葉にミナトは何となく分かる、と頷いた。
「纏うチャクラの量を増やせば、その分破壊力は増すかな」
するっと手を離して尚樹が軽く千本を放った。
軽く投げただけのそれは近くの木に見事に埋まっていた。

「何も、忍術に使うだけがチャクラじゃない」