空蝉-9-
暗殺は白昼堂々とやっちゃいけないなんて決まりは、ない。
尚樹は人ごみの間をするすると抜けた。
視線はあてない。絶をしていても視線を向ければ、そのわずかな気配を感づかれる。
以前、気配よりも視線が警鐘を鳴らすと言ったのはヒソカだ。
鳥の面を着けたまま人ごみを歩く子供に意識を向ける大人はいない。
細い路地を曲がったその背中に千本を放って、足を止めること無く過ぎ去った。
背中で人ごみの喧噪を受けながら、音も無くその場から姿を消す。
子供一人が忽然と姿を消したことに気づくものはなかった。
任務が昼から入るのは、尚樹が暗部の任務をこなした時だ。
主に深夜から明け方にかけて行われることの多い任務故に、わずかな休息をもうけて通常任務の開始となる。
いつもなら先につく待ち合わせ場所に、尚樹の姿があったことにサクモはいささか驚いた。
極度のお子様体質なのか、夜も早い時間におネムになる尚樹は、昼からの任務にはほとんど寝ぼけていると言っても過言ではない状態で顔を出す。
それは、前日の任務が朝方まで行われたせいだ。
早朝には早々に顔を出す尚樹が、昼にはぎりぎりに顔を出すのが通例となっているのに、珍しいことだ。
「おはよう」
「おはようございます」
はっきりとした様子でサクモに挨拶を返した尚樹に、寝ぼけている様子は無い。
尚樹が立ち上がった拍子にわずかに草がまった。
フードの中に白いものが見えて、尚樹よりも背が高いサクモにはそれが何なのかすぐに分かってしまった。
「ちゃんと寝て来たの?」
「もちろんですよ?」
なんでそんな質問をされたのか分からない尚樹はサクモを見上げる。逆光に少し眼がくらんだ。
ちゃんと寝たも何も、昨日はいつも通り9時過ぎにはベッドに潜って、4時前に起きた。
サクモを見上げる顔は、初めてあった時とは全く違って、同じなのは黒い髪くらいだ。
一体どれが本当の姿なのかは分からない。時々女の子だったりもする。
その中でも、今の姿は比較的見慣れたものだ。
「フードの中にお面が入ってる。ちゃんと見えないようにしまっときなさい」
「ああ、ちょうどいいでしょう?」
「いや、見えてるから、それ。めっちゃ見えてる」
ナイスアイデア、と言わんばかりの様子で背中を見せる尚樹は、もちろん本気だ。そんなずさんな方法で持ち歩かないでくれというサクモの心の叫びが届くはずも無い。
「今日は何の任務なんですか?」
「ああ、今日は……」
あれ? と突然割って入った第3者の声にサクモは話を中断する。状況を理解しているのはサクモだけだった。
お互い見知った顔に尚樹は無表情のまま手を小さく振り、波風ミナトは首を傾げ同じように手をふりかえした。
指定された待ち合わせ場所に来てみれば、自来也の姿は無く、代わりに尚樹がいたことにミナトは驚きを隠せない。
しかしよくよく考えれば、こんな時間に呼び出されることがおかしいのだ。
太陽は既に中天をすぎて肌をじりじりと焦がす。もっとも暑い時間帯だ。
サクモは、自来也と並ぶ実力者だ。直接接点の無いミナトも、その顔はよく知っていた。
「来たか」
それは、確かにミナトに向けられた言葉だった。尚樹とミナトの視線がサクモに集まる。
ちょいちょいと手でミナトを呼び寄せて、サクモは自来也の言葉を復唱した。
「今日は、ミナトと尚樹で忍術の修行をすること。ミナトは主にチャクラコントロール、尚樹は忍術」
「自来也様あたりからのお達しですか?」
相変わらず千里眼すぎる、と尚樹の妙に的確な質問にサクモは苦笑を浮かべた。
救いは、尚樹がその真意までをも見抜いていなかったことだろうか。
ミナトを1日貸してやるから親睦を深めてこい、なんて冗談めかして言ったのは自来也だ。シャレになってない。
ミナトがいる方が修行もしやすいだろう、と言うのが自来也の言だが、押し付けられた気がしないでもない。
「なんで俺だけこっちなんですか?」
それはその方が尚樹と修行しやすそうだから、なんてことはもちろん口にはしない。
「自来也が言うには、ミナトは少しチャクラコントロールが雑。もっと繊細なチャクラコントロールを身につけるまで任務お預け」
「ええー!?」
この中忍試験前にそんなことを言われるとは思っていなかったのか、ミナトが声を上げる。
その表情を見て、尚樹もこのくらい表情豊かだったら分かりやすいのに、と詮無いことを考えた。
「尚樹は忍術が使えなすぎ。もう少し術を覚えなさい」
「印はちゃんと組めますよ?」
「発動しなきゃ意味ないだろ……」
対照的な無表情で答えた尚樹は相変わらず何を考えているのか。
「とりあえずミナトは尚樹のチャクラコントロールを見て覚えてこい、と言ってたぞ」
「あ、サクモさん俺口寄せの術が出来るようになりたいです」
右手を上げて発言をする姿は、生徒らしい。あれ、もしかしてこれって教えてくれって意味? とちょっとだけ胸が躍る。
しかしお助けマンなはずのミナトがそれを遮った。
「それなら俺、出来るよ」
頼むから俺の役目をとらないでくれー!と心中でサクモが叫び声をあげたのを知るものは、もちろん無い。
「や、ミナトの口寄せは危険だから遠慮しとく」
尚樹が言外に自分が口寄せされたことをほのめかせば、失敗したのはあれ一度きりだ、とミナトがあわてて否定した。
「おーい、お前ら。俺そっちのけで話を進めないでくれ」
「でもサクモさん、ミナトってチャクラ見えるんですか?」
「いや、さすがに直接見える奴なんて数えるくらいじゃないのか」
「サクモさんは見えますよね?」
「だから、よっぽど高密度じゃないとチャクラなんて見えないから」
「あれ、でも写輪眼が……」
そこではた、と尚樹は気づいた。サクモの眼には、あの模様が無い。そう言えば写輪眼はうちは一族にのみ現れる血継限界。カカシ先生の眼も、確かもとはうちはのものだったはずだ。
「写輪眼や白眼なら見えるんですけどね」
「尚樹は何か血継限界でもあるの?」
「無いよー。一般人だもん」
いや、仮にも忍びだろう、とサクモは本日何度目か分からないため息をついた。そこでふと、一つの疑問が浮かび上がる。
「そういえば、尚樹はチャクラが見えてるのか?」
「その質問今更じゃないですか?」
「いや、一般的に考えてチャクラなんて見えるものじゃないからな。そもそも、見えるかも、なんて考えないだろう」
見えるなんて思う方が珍しいのだ。サクモの言葉に納得したのかしていないのか、尚樹は少し首を傾げただけで是と答えた。
「……どうやって」
「眼を凝らせば見えますって」
「いや、見えないから」
期せずしてミナトとサクモの声が重なった。見えないものをコントロールしているなんて、器用な人たちだと、尚樹は一人肩をすくめた。
それでは、一般人と忍びの区別もつかないだろうに。
それに、悪いが念はいくら高密度でも念能力者でもなければ眼に見えたりしない。やはり根本的に違うものなのだろう。
体にまとっていたオーラを一瞬だけ広げる。悪意も何も無いオーラだが、敏感な人間ならそれに気づくだろう。
現に、サクモとミナトの表情が変わった。
「サクモさん、正直なところを言うと、俺はあまりミナトのお手本になれないと思いますよ。忍術は見ての通りですし、チャクラの使い方も、おそらく違うでしょうし」
「だからこそだ、と自来也は言っていたぞ」
「自来也様が?」
様、の当たりに引っかかりを覚えつつサクモは一つ頷いた。
尚樹のチャクラコントロールには癖がある、と言っていたのは他でもない、自来也だ。そしてそれをミナトに教えろと言ったのも自来也。
きっと何か考えがあるのだろう。
先ほどほんの一瞬、体をすり抜けていくような感覚があった。あれがなんなのかは正直サクモには分からない。殺気ではないがそれに近い何かだ。
「俺も気になるし、まあ、やってみろ」
「やってみろって言われても……」
見えないんじゃどうすれば良いのかさっぱりだ。尚樹はとりあえずいつものように纏をして念を初めて習った時のことを思い返した。まぶたを軽く伏せる。
「……起きている時も、寝ている時も」
纏が出来るように、まずそう教えられた。オーラを体に纏う。本来なら失われていくはずのオーラを体にとどめて緩やかに循環させる。
それはもはや頭で考えるようなことではなくて、体に染み付いた習慣のようなもの。
今となってはオーラを纏わないことの方が意識しなくては出来ない。
「俺はチャクラをコントロールしているつもりです。改めてするほどのことでもない」
ゆっくりと眼を開く。視界に入る人間のオーラの流れが鮮明に映った。
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「なんじゃ、人がせっかくミナトを貸してやったのに、収穫無しか」
「いや、無理だろ。理解の域を軽く超える。だいたい、チャクラなんてそうそう見えないだろ」
「だが、尚樹は見えていると言っただろう?」
「ああ、一体どうやっているかは知らんが……眼を凝らせば見えるとか、ふざけたことを言ってたな」
「それが、あながちふざけても無い」
酒を含みながら言った自来也の言葉に顔を上げる。
机の上に戻されたおちょこは空だ。
「眼にチャクラを集めているんじゃよ」
「……起きている時も寝ている時も、チャクラをコントロールしていると言っていた。意識なんてしていないと」
「そうだろうな。それが忍術に生かされないのはまったくもって不思議だが、そのチャクラコントロールで暗部の仕事をこなしていると言っても過言ではない」
「……なんで俺よりお前の方がそんなに詳しいんだ」
「妬くな妬くな。Aランク任務でも一緒にこなしてみれば分かるさ。あいつのチャクラコントロールは主に体術に生かされてるからな」
「体術……」
「ちなみに、通常では想像もつかないような破壊力が売りだ」
破壊力、と言う言葉に先日尚樹が移植ごてでいとも簡単に岩をくりぬいていたことを思い出した。いや、あれはそもそも体術ではないか。
チャクラコントロールの練習だ、と尚樹は言っていた。あれは本当だったのかもしれない。