空蝉-8-

「あ、ミナトも中忍試験受けるんだ」
「うん。も、ってことは尚樹も?」
「んー、俺はどうかなぁ。ほら、スリーマンセルじゃないしさ」
「ふーん、難しいね」
「難しいね」
尚樹はざく、と移植ごてで土をすくってプランターに移した。ミナトは手渡された花の苗を尚樹に習って植え、ぽんぽんと移植ごての背で軽く土をたたいた。
ミナトには一体何の苗なのかは分からない。
「そろそろベランダ狭くなってきたね」
「うん。次は食べられるものにしようかなあ」
「……どこに植えるの?」
所狭しと並ぶ鉢やプランターを一望してミナトは素朴な疑問を口にした。尚樹もミナトに習って左から右に眼を走らせる。
「うーん、難しいね」
「難しいね」
口では難しいと言いつつも、まだ置けるな、と尚樹は素早く隙間を目測した。
とりあえずご飯にしようか、と立ち上がった尚樹についてミナトも部屋に上がる。
以前は料理なんて全然出来なかったが、最近は簡単なものならミナトも作る。
尚樹を見ていて、料理ってこんなにいい加減でよかったのかと気づいてしまったのが原因だ。
「あ、今度Cランクの任務だって」
「へぇ。護衛かなにか?」
「素行調査だって」
「ミナト、最近Cランク増えて来たね。昇進の時期かな」
はい、ごはん、と差し出されたおぼんをミナトは反射的に受け取った。
じっと尚樹に目線を当てる。
それに気づいているのかいないのか、ぽんぽんと尚樹がおぼんの上におかずをのせていく。
最後に湯のみをのせたところでようやく二人の視線があった。
「なに?」
「昇進の時期かな?」
「じゃない? 中忍試験受けるんでしょ?」
「そっか」
「そうだよ」
にっこりと笑ってきびすを返したミナトに尚樹は首を傾げて、すぐに自分も食卓に着いた。
二人で向かい合って両手と声を合わせた。
「いただきます」


移植ごてを岩に突き立てるとざっくりと突き刺さって、綺麗にくりぬけた。
今日は調子が良いな、と再び移植ごてを突き立てる。
ゴン達はたしかスコップで穴を掘っていたけれど、それをやったらあまりうまく穴が掘れなかった。スコップでは大きすぎたのかもしれない。
仕方が無いので暇を見つけてはこうやって移植ごてで穴を掘っているのだが、果たして修行になっているのかは分からない。
そもそも、強化系ってどうやって修行すれば良いんだっけ? と思い出したものをちょいちょい実行している限りだ。
「……尚樹、確かに今日は移植ごて持って来なさいって言ったけど、岩を掘れとはいってないよ? というか、どうなってるのそれ」
背後に立ったサクモを振り返る。逆光の中でも彼が呆れた顔をしているのが分かった。
「ちょっとチャクラコントロールの練習を」
「嘘付け」
「まあ、嘘ですけど」
「嘘かよ……」
おまえの嘘は嘘に聞こえないんだよ、とサクモは一つため息をついた。
というか、本当にどうすれば移植ごてで岩が掘れるのか。
よいしょ、と年寄りくさい声を上げてゆっくりと尚樹が立ち上がった。
「今日の任務は、アカデミーの花壇の植え替えだよ」
「はーい」
いそいそと移植ごて片手についてくる尚樹は、いつもより足取りが軽い。
こんな天気のよい昼下がりに、中忍試験のことを言わないといけないのか、とちょっぴりげんなりした。
しかし、三代目は一体いつまで尚樹を下忍でいさせる気なのか。
自来也も、尚樹のことを評価しているわりには下忍のままで良いなんて、おかしな話だ。
遠くで子供達の声や、授業をする大人の声が聞こえる。
ずいぶんと昔にサクモも触れた空気だ。
鼻歌まじりにちゃくちゃくと慣れた手つきで花を植える尚樹を横目で見る。
慣れすぎじゃないのか。3年も下忍なんてやってるからだ。
「尚樹、中忍になりたいか?」
唐突なサクモの問いに、花の苗を手にした尚樹は、少し動きを止めて顔を動かした。
特に考えるほどもなく口を開く。
「別に」
「……飽きないのか、この任務」
「別に」
「俺は飽きた。3年も延々と草抜いたりペット探したり子守りしたり……!」
途中からだんだん熱くなって来たサクモに、尚樹はどうしたものかと考えて、とりあえず苗をポットから引き抜いた。
「仮にも下忍担当の上忍がそれを言ってはおしまいでは……?」
「……分かってる」
根を軽くほぐしながら思案する。尚樹的には下忍の任務もなかなかに楽しいのだが、どうも他の人は違うらしい。
遠出したりするのは面倒なので、一生下忍でも良いくらいなのだが。
しかしこのままでは確実にサクモが壊れてしまいそうだ。
「うーん、担当を変わってもらってもいいですよ? それか、俺はこれやっときますから、その間他の任務に行くとか」
一人でも大丈夫です、と苗を植えながら抑揚の無い声で言った尚樹に表情の変化は無く、これではまるで自分の方がだだをこねている子供のようだとサクモはため息をついた。
サクモも苗をひとつ手にとり、ポットから引き抜く。
飽きたとは言っても任務は任務、さっさとやってしまわないといつまでも帰れない。
「さすがにそう言うわけにもいかないだろ。あと、そんなに担当変わってもいいとかあっさり言われると凹むから」
「俺はいつまでもここにいるような人間じゃないんですから、先生は律儀に面倒見てないで好きにしていいんですよ?」
顔を上げて視線を移せば、いつもと変わりない無表情な横顔。
最初の頃に比べればその表情を読み取れるようになって来たが、こういう時は相変わらず何を考えているのか分からない。
緩やかに吹く風に、尚樹の黒い髪が小さくなびいた。
「……先生、って呼ばれたのは初めてだな」
「あれ、そうですか?」
「ああ。カカシ先生、なら呼ばれたことがあるがな」
「それは仕方ないですね、親子ですから」
ようやく顔を上げてサクモを見た尚樹の顔は、小さく苦笑を浮かべていて、よく似ている、とつぶやかれた言葉が風に流された。


「いいかげん、3年も一緒に仕事してるんだから、少しくらい頼ってくれてもいいと思うわけよ」
だん、と酒の入ったお猪口を机においたサクモを尻目に、自来也は焼き鳥に食らいついた。
お猪口からわずかに飛んだ酒が木の机にシミを作る。そう時間もかからずに乾いて分からなくなるだろう。
「頼って欲しいのか?」
「……何でもかんでも一人でやられると上官としてはつらいだろ」
「自分は必要ないんじゃないか? なんて下らんことを考えてるんだろう」
無言になったサクモに、図星か、と苦笑を浮かべた。
そもそも、尚樹は下忍とはいえ暗部なのだ。Dランクの任務で困ることも無いだろう。
「まあ、任務内容が草抜き程度じゃ頼りようが無いだろう。修行にでも付きあってやったらどうだ」
忍術は苦手だっただろう、と言うとサクモが苦虫を噛んだように顔をしかめた。
「なんじゃ?」
「……以前、付き合おうかと言ったら俺には無理だと言われた」
「それはまた」
それで拗ねてるのか、とこっそりため息をつく。生徒が優秀すぎると言うのも考えものだ。
ただ、自来也の知る限り尚樹はそういうことを言うタイプではない。
どうせ、何かすれ違いがあるのだろう、となおも酒を注ごうとするサクモの指先からとっくりをかすめ取った。
とっくりは軽く、軽く振ってみてもあまり抵抗が無い。
ほとんどひっくり返すような形で残りの酒をつぎきった。
「忍術でも教えてやれ」
「だから……」
「忍術を教えてやれ」
ほとんど同じ言葉を繰り返した自来也に、サクモが黙り込んだ。その言葉の意味を測りかねる。
「体術は、すこし独特の動きをする。教えた人間の癖だろう。チャクラコントロールは意外かもしれんが、あいつにとっては得意中の得意だ。ただしこれも妙な癖があるから、正直教えるのは難しいな」
「……おまえ、なんでそんなに詳しいんだ」
「眼がいいからな」
黙り込んだサクモの眼は酒のせいだけでなく座っていた。自来也はそれを鼻で笑いとばして、最後の酒をあおった。