空蝉-7-

ときおり影が重なるのは、そこに同じ血が流れているから。

「カカシ先生、これ食べられると思います?」
「……サクモ、だよ。尚樹。あと、それは食べられないからポイしなさい」
根っこから引き抜いた雑草を掲げて小首をかしげた尚樹に、サクモは深くため息をついた。
カカシは息子の名前だ。
もう出会って3年もたつというのに、名前を間違えないで欲しい。
ついでに、いい加減下忍を卒業して欲しい。
「あー、尚樹」
「……?」
歯切れの悪いサクモに尚樹が首を傾げる。
「もうすぐ中忍試験があるわけだが……」
「ああ……もうそんな季節ですか」
まるで桜がさいたから春か、というような口調で相づちを打った尚樹は興味なさそうにせっせと雑草を抜いている。
時折葉を顔に寄せて口にくわえる。とても危険だ。
「食べるな。あと、中忍試験だが、今年は受けなさい」
「いいですよ」
それは、YESなのかNOなのか判断に迷う返事だ。とりあえず、ポジティブにとってみる。
「いいのか?」
「はい。警備のための内部試験官、でいいんですよね?」
「……は?」
ちょっと待て、とサクモは尚樹の言葉を手で制した。
今、何といった?
警備のための内部試験官?
「……何の話だ?」
「だから、内部試験官」
違うんですか? と毒草片手に首をかしげる尚樹。空はとてもよく晴れていて、穏やかな風が吹いていた。

「……何の話だ?」

今年の中忍試験は木の葉で行われる。
中忍試験が始まれば、他の隠れ里の忍び達も木の葉に出入りする。
協定があれども、それが大した抑止力にもならないのは周知の事実だ。
「つまり、俺は受験者のなかに不穏因子が無いか見張る役、ですよね?」
確認をとるようにサクモを見上げた尚樹の顔には、いつもの無表情。
「……なんでそんな発想に至ったのか分からないけど、お前自分が下忍だってことを少し思い出してくれないか」
「思い出すも何も、忘れてないですよ?」
「はー……だから、お前が中忍になるために試験を普通に受けなさいと言ってるの」
サクモの言葉に再び尚樹が首を傾げた。
別に不思議なことなんて一つも言ってないぞ、とサクモは相変わらず小さい体を見下ろした。
「試験はスリーマンセルでは?」
「ああ、そのことか。意外と」
まともなことを考えられたんだな、と口元まで上がった言葉をすんでで飲み込んだ。
「そういうことはお前が心配することじゃない。俺がなんとかしておくから試験を受けなさい。いいね?」
「はーい」
尚樹が土のついた手を生徒よろしく掲げて返事をしたのでえらくあっさりと引き受けたな、と逆にサクモが首を傾げた。
まあいいか、とその違和感を振り払って、尚樹一人では終わりそうにない草抜きに手を貸すことにした。


三代目の言葉に、サクモは眉をひそめた。
窓から差し込む逆光で三代目の表情は見えない。
集まっていた忍びの間からも戸惑った空気が感じられた。
他の下忍を持つ指導教官達と同じように、サクモはただ中忍試験へと尚樹を推薦しただけだ。
アカデミー卒業云々はともかく、尚樹が下忍としてサクモの下について3年になる。
早すぎるということは無い。
確かに頼りないところはあるが、実力の方はなかなかだと思う。忍術はちょっとアレだが。
「あれは駄目じゃ」
あれ、とはこの場合尚樹のことだろう。
唐突にくだされた判断に、なぜ、とサクモは三代目に視線を投げたが、それに三代目が応えることは無くそのままお開きとなった。
サクモの肩をぽんぽんと自来也がたたく。
それが、からかいや慰めでないことを敏感に感じ取ったサクモは、すかさずその服の裾をつかんだ。
引き止められた自来也が顔だけで振り返って、わずかに身長の低いサクモを見下ろす。
「なんだ、そんなかわいい仕草をされても気持ち悪いだけだぞ」
「おい……」
眉間にしわを寄せて睨みつけるサクモに、自来也が意地の悪い笑みを返した。
廊下を並んで歩く。
サクモが口を開かずとも、自来也はその疑問に答えた。
「尚樹はちょいと訳ありだからのぉ。今はまだ下忍のままで良いんじゃ」
「それはあんまり答えになってないんじゃないか?」
「まあのぉ。しかしなんと説明すればいいか……尚樹に関しては話せないことの方が多くてな」
「……俺にもか」
「三代目が話さんことをワシが話すわけにもいかんだろう」
「それはまあ……そうだが」
しかし、尚樹の上官である自分には一言くらいあってもいいのでは? と思ってしまうのだ。
「そもそも、自来也が面倒を見れば済む話だったんじゃないのか」
「バカを言え。ワシは既に3人面倒をみとるわい」
そこいくと、お前はそこそこ優秀なの一人で楽じゃろう。
「楽……楽? 楽か?」
確かに、下忍としては優秀。しかも暗部。しかし何故だろう、素直に納得出来ない。
「素直じゃろ?」
「いや素直は素直だが……素直か?」
「お前が思うより、尚樹は大人だし、しっかりしてるし、自分のことは自分で出来る」
三代目の庇護が無くても、一人で生きていけるような奴じゃよ。
だから、何も心配することは無いと言う自来也に、サクモは顔をしかめた。
そうだろうか、と。
サクモから見た尚樹はどこか頼りなくて、眼を離すとうっかり毒草を口に含んで、すぐ道に迷って。
「過保護じゃのー。それに、尚樹を過小評価し過ぎじゃ」
もっとよく見ていてやれ、おまえの部下だろう。
「あと、尚樹のことを知りたいなら、尚樹に聞けばいい。本人が話すことをワシも三代目も止められん」
片手を上げて去っていく自来也の後ろ姿を見送って、壁にもたれかかった。
自分の方が尚樹と一緒にいるのに、自来也の方が尚樹を理解しているように話すのが変な感じだ。
視界に入る銀髪が鬱陶しくて前髪をかきあげた。
よく、見ていなかっただろうか。外見にばかり気をとられて、肝心なものは何一つ見えていなかったのだろうか。

「とりあえず、中忍試験のことを伝えないとな……」

地味に喜ぶ尚樹の顔が浮かんで、無意識に溜息が漏れた。