空蝉-6-
一度に使えるオーラの量が少ない。
それは尚樹自身、以前から薄々気づいていたことだった。
例えば、複数の道具を一度に具現化しようとするとどちらか片方が消えてしまったり、機能を果たさなかったりする。
それと同じ理由で、道具を具現化している時はガードが少し緩くなる。
もともと堅はあまり得意な方ではないが、それでも普通に殴られたり蹴られたりしただけじゃ怪我はしない。
でも道具を具現化している時だと、少しダメージが大きい気がする。ものすごく痛い。
そのかわり、オーラが足りなくなったりしたことはない。
24時間でも道具を具現化出来る。
こんなことなら、もっといろいろゼタさんに習っておくんだった、と自分の保護者であり念の師匠でもある彼の顔を思い浮かべた。
つまり何が問題かというと、変化をしているときに道具を具現化していて、なおかつ攻撃を受けたときに変化の術が解けてしまう可能性があるということだ。
ついでに防御力も下がる。悶絶するかもしれないくらい痛い。
「……ちょっと、修行するか」
あまりたどり着きたくない結論に至り、尚樹はため息と一緒に言葉を吐き出した。
たしか、修行によってオーラの量を増やすことが出来たはずだ。
どうやってやるのか、思いだそうとぼんやり記憶を辿る。
たしか、ビスケがゴン達にやらせてたのは。
「朝からずいぶん大きなため息だな」
「おはようございます、サクモさん。時間ぴったりですね」
気配もなく後ろからかけられた声に、尚樹は振り返らずに挨拶を返した。
正直、今ちょっと修行しなくちゃいけないことに対してダレている。
「修行なら、任務の後つきあおうか?」
「いえ、サクモさんではちょっと無理だと思いますよ」
なんせ、忍術の修行じゃないから。
よいしょ、と立ち上がり服についた草を払う。
尚樹の言葉にサクモは小さく顔をしかめた。
褐色の肌をした少年の姿に違和感はないが、それは偽の姿。
他人に顔を見られたくない、と言った言葉のまま、いまだ下忍としての任務中はその姿を解かない子供は、素顔を見せてくれない以外は困ったところはない。
与えられた任務はどんなに退屈なものでも黙々とこなし、その合間に暗部としてのSランク任務もこなす。
正直、自分の指導なんて必要ないんじゃないのかと思っていた矢先に先ほどの言葉。
もしかして嫌われてる? とサクモがいじけたくなるのも無理はない。
「……今日の任務はCランクだよ」
「Cランク……つまり貴重な毒草を採りにいくとかそんな感じですか?」
「いや、要人の護衛だけど……なんでそんなに具体的なの」
「いや、高度な草抜きかと思って」
ああ、最近草抜きばっかりしてたから、とサクモは尚樹の斜め上の思考に納得した。
さすがにこう草抜きばかりやっていると嫌みの一つも言いたくなるのかもしれない。
いままで文句らしい文句は聞いたことがなかったが、やはり不満は少なからずあったということだろう。
「まあ、とりあえず昼から出発だから荷物用意しといで。一週間くらいかかるよ」
「はーい」
生徒のように手を挙げて軽く返事をした尚樹に、遠足じゃないんだけど、と一抹の不安を覚えつつも、準備のためにその場を離れた。
その場から姿を消したサクモに、行き場をなくした手をだらりと下げて、尚樹は思考を戻そうとした。
いったい、何を考えていたんだっけ、と青く晴れ渡る空を見上げる。
ああ、そう、念のことだ。
もうすぐで、何か思い出せそうだったのに、また分からなくなってしまった。
「ぼーっとしてないで、帰るぞ」
焦点の合わない目でぼんやりと佇む尚樹に、夜一は声をかけた。
放っておけば、そのままここを動かないことは長い付き合いのなかでよく分かっていた。
自分を抱き上げようと伸ばされる手に、大人しく身を任せる。
ばちっと耳元で音がして、すぐに景色が変わった。
殺風景な部屋では、植物だけが目を引く。
部屋の隅、あまり日のあたらないところでにょきにょきと伸びるそれは、最近の尚樹のお気に入りだ。
猛毒らしいが、甘くて美味しい。
夜一の鼻にはいささか強いそのにおいが、尚樹には堪え難い誘惑だった。
「……ちょっと持っていこうかなあ」
「とりあえず、もっと別のものを準備した方が良いぞ」
「毒草とりにいきたかったなあ……」
心底残念そうに無表情でつぶやく尚樹の思考は、今では夜一しか分かる者はいない。
今の言葉は、正確に言うなら、「美味しい毒草採りにいきたかったなあ」だ。
夜一でさえ、理解はしていても、同意はしかねた。
「木の葉の外に出るなら、道中なにか毒草があるかもしれないぞ」
「……それもそうだね!」
単純な尚樹をやる気にさせるには、巧みな言葉など必要ない。
ちょろい、とようやく準備を始めた尚樹に、夜一はあくびをもらした。
朝会った時と変わりなく、荷物らしい荷物を持たずに門の前に立つ尚樹にサクモはめまいがした。
「あのさーあ、準備して来いって言ったよね」
「はい、ちゃんとしてきましたよ」
ポンポンと腰に下げているシザーバッグをたたいた尚樹に、まさかそれか、と額に手を当てた。
荷物を小さくまとめることは大事だが、果たしてそこにちゃんと必要なものが入っているのかは甚だ疑問だ。
「サクモさん? 依頼人が待ってますよ」
「誰のせいで……」
尚樹の言葉にサクモは額を押さえてため息をついた。
すぐに気を取り直して任務内容を尚樹へと伝える。
きっと、こういう時間のかかる任務は初めてなんだ、と自分に言い聞かせて、いろいろ突っ込みたいことを我慢する。
いつかはげるかもしれない。
「とりあえず、先頭は尚樹が行きなさい。俺は後ろを守る」
本来なら、先頭を下忍3人に任せるところだが、尚樹とサクモはツーマンセル。
必然的に並びは尚樹、依頼人、サクモになる。
サクモは尚樹の実力のほどは知らないが、仮にも暗部。それなりに動けるだろうと判断した。
しかし、尚樹はというと、自分が先頭を勤めることにいささか不安を覚えた。
まだ、この時代の人間には知られていないが、尚樹は極度の方向音痴なのだ。
いや、きっと依頼人もいるし、サクモもいるから、よもや任務中に道に迷うなどということはないとは思うのだが。
それでも、安心は出来ないわけで。
「……サクモさん、俺、一番後ろじゃ駄目ですか?」
「後ろは、俺の方が良いと思うが……一応、これでも上忍だからな」
「いえ、別にサクモさんの能力を疑っているわけではなくてですね」
無表情で首を傾げる尚樹に、もしかしてこれは困っている時の仕草なのか、とサクモもつられて首を傾げる。
いまいち、読めない。
「あー、その、全身全霊を持って後ろからの敵の気配を読みますから、どうか後ろにして欲しいな、と……」
視線を右に左に彷徨わせ、歯切れ悪くそう口にした尚樹に、今度こそサクモは確信した。
理由は分からないが、これは困っているんだな、と。
「そんなに言うなら、変わってやらんこともないが……せめて理由を言わないか?」
「あー……聞かない方が、きっと幸せでいられると、思いますよ」
その言い方、ものすっごく不安。
でも聞いたらきっと、尚樹の言うように、聞かなきゃ良かったと思うのだろう、とサクモは一人葛藤した。
聞きたくない、でも聞いておいた方が安心……かもしれない。
ついでに、彼の上司として、何か問題があるのなら、把握しておく義務がある。
サクモはそう自分に言い聞かせて、よせば良いのに、その理由とやらを追求した。
「……方向音痴なんです」
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