陽炎-20-
日の光で目が覚めた。
いつもよりだいぶ遅い時間だ。部屋に差し込む光の角度から、めずらしくよく寝たな、とカカシはぼんやりする頭で目を瞬いた。
しみるなあ、とまぶたをこする。目が乾いて痛みすら覚えた。
部屋にほんのり漂う味噌の香りに、ああ、朝食はみそ汁か、とおりてくるまぶたを眺めながら思う。視界が真っ黒になった。
そこでようやく我にかえったカカシは、がばっとベッドから上半身を起こした。
しっかりとした足取りで台所へと向かうと、もうすっかり見慣れてしまった光景が広がっていた。
おはようございます、といつものように挨拶をして朝食をのせたおぼんを差し出してくる尚樹から、反射的にそれを受け取る。
いささか混乱した頭のままそれを食卓へ運び、自分の席へ着く。目の前で入れられたお茶をうけとって、いつものように二人両手をあわせた。
「……ってそうじゃなくて」
ついいつものように尚樹のペースに巻き込まれてしまった。いったい何故ここに尚樹がいるのか、カカシは必死になって記憶を掘り返した。
ああ、そうだ。たしか昨日は尚樹にねだられて、結局病院から連れ帰ってきたのだ。ああ、めずらしく甘えるもんだからうっかり連れて帰ってきてしまった。いったい周りから何を言われるやら。いや、それは今はいい。あんまり良くないけどとりあえず脇に置いておくとして。病院から出て以降の記憶が全くと言っていいほどない。気のせいだろうか。
「……ちょっと聞くけど、昨日? っていうかもう今日か、どうしたんだっけ?」
「何がですか?」
「いや……だから昨日……病院を出てから」
「……普通に帰ってきたんですよ?」
「ほんとおーに?」
「ほんとーに」
おうむ返しに答えた尚樹に疑いのまなざしを向ける。しかし相変わらずの無表情で何も読み取れない。茶碗をもつ両手はいつもと変わりなく、その熱を楽しむように添えられていた。少し眠そうにも見えるその顔をたっぷり眺めてカカシはため息を一つついた。
あきらめて目の前の食事に箸を付ける。朝食をまともにとるようになったのは尚樹がこの家に来るようになってからだ。すっかり健康的になってまあ、と少し呆れたような、でもどこかうれしそうなアスマの声が聞こえるようだ。
「俺はもうしばらくしたら仕事に行くけど、お前はうろちょろしたら駄目だよ」
「はい。看護婦さんに肩こりによく効く温泉を教えてもらったので、入りにいってきますね」
「ちょーっと俺の言ったことを復唱してみようか」
出かける気満々で、しかもまだ傷も塞がってないというのに温泉はないだろう、常識的に考えて。
明るく照らされた道に、目がくらんだ。手の平で日の光を遮る。狭められた視界で、それはとても目についた。
あの白いふわふわの毛は、後ろ姿だけでも誰か分かる。そういえば、もう木の葉に来てるんだっけ、とおぼろげな記憶を辿った。
あっちにふらふら、こっちにふらふらと女性を目にしては進路を変えるそれの後を少し離れてついていく。一応気休め程度に絶をして、なんともずさんな尾行を開始した。
途中でアジの干物を買うか真剣に迷い店の前で立ち止まる。病院食は味気なかったので今日の夕飯はハンバーグにしようそうしよう。
夕方にまだ売ってたら明日の朝食に焼こうかな、とその場を立ち去る。夜一が恨めしそうにアジの干物を見つめていたことには気づかなかった。
目標は尚樹が結構長い間葛藤していたにも関わらず、まだ近くにいた。
少しだけ小さくなったその背を追いかけ、また女性をナンパしているのを認めてから近くの駄菓子屋で飴を買った。
人工的な甘さを楽しみながらゆっくりと目標の後をついていく。
ほどなくして相手の立ち止まる回数が増える。意外と早かったな、とその後をついて回った。今までで一番早いかもしれない。
完全に立ち止まって後ろを振り返った相手と目が合って、尚樹はその場に立ち尽くした。少し楽しそうに笑みを浮かべた彼、自来也に近づいて挨拶をすると、少し乱暴に頭を撫でられる。こんなにフレンドリーな人だったろうか、主に男に対して。
「初めまして、自来也様」
「おー、初めましてじゃの。様なんてつけんでいい、勝手が悪いわい」
そう言われても、と少し困って尚樹は首を傾げた。尚樹の記憶が正しければ、自来也を呼び捨てにするのは彼より偉い人間か綱手のような彼の幼なじみくらいだ。
まあ、偉いかどうかは知らないが、伝説の三忍と呼ばれる人だ。そうそう気安く呼び捨てには出来ないだろう。
だいたい、年上を呼び捨てにするのはどうも苦手だ。
そういえばナルトはエロ仙人なんて名前で呼んでたっけ。
「あ、そうだ自来也様、俺にも口寄せの術を教えてください」
ナルトで思い出した。ずっと習いたいと思っていたのだ。出来るかどうかは分からないが、出来たらとても便利だと思うのだ。おもに、道に迷ったときに。
「いーやーじゃー」
「その答えは予測していました。お色気の術!」
流石の尚樹でも自来也が簡単に首を縦に振るとは思っていなかった。だから、あらかじめ対策は考えておいたのだ。対策というか、ただのナルトのマネな訳だが。
背が伸びて、髪も伸びた尚樹を自来也が見下ろす。その顔には苦笑が浮かんでいた。
「自来也様?」
「んー、なかなか好みなんじゃが、出来ればもっと色っぽい格好がいいのう」
「色っぽい……えーと、必殺! チラリズム」
ぴらりとスカートの裾を持ち上げた尚樹に、流石の自来也も吹き出した。チラリズムも何も、見えたのは太ももくらいだ。いや、なかなかいい太ももではあったが。
「おぬし、相変わらずバカじゃのう。なに、今教えると二度手間になるからの。もうしばらく待つといい」
「ああ、なるほど。じゃあ、ナルトと一緒に習いますね」
きっともうすぐナルトの修行に入るのだろう。二度手間といった自来也の言葉に、尚樹は独りうなずいた。
じゃあ、きっとまだ自来也様はナルトと会ってないんだ、と勝手に決めつけて尚樹はその大きな手を取った。きっとこの人なら道なんて知らなくても本能でたどり着けるはずだ。
「温泉行きましょう!」
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