陽炎-12-

部屋の中を縦横無尽に動き回る目玉親父的な何かに、自分の仕業とはいえ、シュールだなあ、と思った。すぐに複数の視覚情報が脳に流れ込んでせめぎあう。数が多すぎたかと判断して、少し数を減らした。自分の目は確かに見えているのに、それとは別のものが見えている。なんとなく目が回りそうだと尚樹は思った。
もっと使い勝手のいいものを思いつければよかったのだが、あいにくこれしか思いつかなかった。情報収集用の能力だから間違ってはいないのだろうが、ネウロの能力は全体的に見た目がグロい。
何重にも入り込んでくる情報の中に、一瞬求めていたのもがよぎった、気がする。どうも使い勝手がいまいち分からないが、まがりなりにも自分の念なのだ。目的の情報だけうつせるはず、と尚樹は目を閉じて念に意識を集中した。
流れ込んでくる情報を一つずつ減らして、ようやく目的のものだけを写すことに成功する。初めて使ったにしてはまあまあだろう。でもちゃんと前もって使っとけば良かった、と少しだけ後悔して、以前イルミに言われたことを思い出した。
「強化系、苦手でももう少し鍛えたほうがいいんじゃない?」
そう言われたのはいつだったか。その時は周りの人間が強すぎたので、ちょっとやそっと鍛えたぐらいで何の足しにもならないと思ったが、今更ながらやっとけば良かったと思う。ここでは、ただ念でガードするだけでかなり有利だから。
まあ、あの頃はそんなこと想像もつかなかったのだから仕方ない。今ここにいなければこんなこと考えもしなかっただろう。
ん? ということは後悔する必要なし?
少々行儀が悪いが、机に肘をついて手の中でペンを回す。反対の手で頬杖をついてゆっくりと目を開けた。
うん、別に後悔する必要はないか。一応反省だけしとこう。反省反省。時間のあるときに強化系の修行しとけばチャラだよね、と結論して尚樹はようやくテスト用紙に視線を戻した。
そのまま、何も考えずに脳の片隅に写される回答を目の前の白紙の答案へ書き写していく。特に何も考えることはないので大した時間もかからない。……ちょっと書く量が多くてなえるけど。
10分もしないうちに写し終って、いったん視界を切った。凝視虫は具現化したままだが、ずっと視界を共有しているとものすごく疲れる。肉体的には何ともないけど、脳が。
そこでようやく、自分の斜め後ろにイビキが立っていることに気づいた。別段気配を消しているわけではなく、むしろその存在に気づかないほうがおかしいだろう。
どうも、他に気を配るほどの余裕はないらしい。まいったなあ、と探すものがないせいか部屋のあちこちで待機したままの凝視虫を見やった。
というかそもそも、ドラえもんの道具が使えたらいいな、というありがちで安易な考えだったので物騒なことには向かないのだ。ドラえもんの道具なら結構詳しいつもりだが、他のものに対してはそうでもない。兄や妹が買っていたマンガを読む程度だったし、そんなにゲームっ子なわけでもない。
まあ、いまさら言っても遅いが。
まだ試験終了までは時間がある。今のうちにちょっと練習しておくか、と頬杖をついたまま尚樹は再び目を閉じた。


アンコが豪快に試験会場に登場する音で尚樹は目を覚ました。反射的に掌の中であくびを漏らす。どうも、念の練習をしている間にうっかり眠ってしまったらしい。すんごい疲れるなあ、この念、と尚樹はぼんやりする頭を2、3回振った。
皆が移動しはじめたのに一歩遅れて立ち上がる。凝視虫の具現化を解いて伸びを一つした。
「……寝てただろう」
「いえいえそんな、まさか。恐れ多くてとても、とても」
わざとらしいしらを切る尚樹に、ゲンマは呆れたようにそのどう見ても寝起きの顔を見遣った。いつも思うが妙なところで肝が据わっている子だ。まあ、正確にはいつもこの調子なので、試験に限らずではあるのだが。ちょっとだけ、他の落ちた受験者達が気の毒に見えるのはきっと気のせいだろう。
「さて、じゃあ皆さん移動してしまいましたし、俺たちも行きましょう。次はサバイバーな試験だから、死なないようにしたいですね」
あくびまじりにそう言って試験会場を後にする尚樹に夜一が続く。それを目で追い、一瞬遅れてゲンマも後に続いた。
「……尚樹、次の試験は何だ?」
「ん? ん〜、争奪合戦? まあそんな感じのサバイバルゲーム的なものですよ」
ゲンマの質問に頭半分で答えていた尚樹は、途中でまずいことを口走ってしまったことに気づき慌てて、いや、まあ俺の勝手な憶測ですけど、と付け加えた。そして、今のゲンマの問いはもしかして誘導尋問だったのか、と思う。ちらりと振り返ってゲンマの顔を確認すると、いつもより眼光が鋭いような気がした。以前のカカシ先生みたいだ。
「……考え過ぎかな」
ぽつりとつぶやいた尚樹の声に、何か言ったか、とゲンマが尋ねる。それに短く否定の言葉を返して、もうちょっとフォローを入れとくか、と口を開いた。
「……さっき、アンコさんが半分以下に減らしてやる、って言ってました。つまり次の試験は必然的に受験者が半分になるルールが決まっているわけです。ついでに、アンコさんの性格上筆記なんて平和な試験ではないでしょうしね」
「それだけで?」
「はい。まあ経験上の勘ですけど」
まあ、これはあながち嘘ではない。要はこれって、ハンター試験のリッポーさんの試験と同じなんだよね、そう言えば。うーん、懐かしい。

皆より遅れて試験会場に着くと、ちょうどアンコさんと大蛇丸が一触即発な感じで、すぐに試験内容の説明が始まった。内容は予定通り、巻物争奪戦のようだ。回ってくる同意書を他へまわしながら、尚樹はゲンマからの刺さるような視線を受け流した。
「夜一さん、同意書。書いてあげるから貸して」
夜一が字を書けるか微妙だったので申し出ると、特に何も言わずに同意書を渡された。字が読めるのでもしかしたら書けるのかもしれないが、実際のところはどうなんだろう。書けるとしても面倒がってよこしそうだ、と同意書に夜一の名前を書きながら、どうでも良いことに思考を巡らせた。
「天の書と、地の書……」
誰が、どの巻物を持っているか、それが分からなければ面倒なゲームだ。無作為に相手を選んでもいいけれど、運が悪ければ2度手間3度手間になる。相手の強さが分からない状況ではあまり良い手とは言えない。つまり、最初から誰がどの書を持っているか、それを把握することが有利に事を運ぶためのポイントだ。
「ゲンマさん、同意書、書けましたか?」
「ああ」
「じゃあ、こっちに」
ゲンマから同意書を受け取ってもとより持っているそれと重ねる。もうそろそろ、時間だ。隠をつかって見えないように凝視虫を14匹具現化する。まだ目は閉じたままだ。
合図の声がかかると同時に、尚樹はさっさと交換所へ足を向けた。それに一歩遅れて夜一が続き、しばらくしてゲンマがその後を追いかける。この微妙な空気の中でためらいもなく歩み出た尚樹達に少なからず視線が集まっていた。

巻物はもちろん、尚樹が持った。天の書だ。
他の人間が順番に巻物を受け取っていくのをぼんやりと遠目に見ながら、尚樹は頭の中でせわしなく視界を切り替えた。先ほど具現化した凝視虫達は交換所の中においてきた。そして地の書を渡された班だけに1匹づつ引っ付かせていく。一応必要ないかとは思ったが、ナルト達にも一匹つかせておいた。
「あ、そうだ、夜一さん」
「……なんだ」
「次の試験中なんだけど、俺ちょっと足下がお留守になるから手ーつないで引っ張ってってくれない? あと、周りの気配にも気を配ってもらえると嬉しい」
「……? 気配を読むならお前の方が得意だろう」
「うーん、それが今使ってる能力だけでいっぱいいっぱいなんだよね」
「念か?」
「うん。これを、地の書を持ってる人間に張り付かせてる」
そういって目の前に具現化されたものに、夜一は眉間にしわを寄せた。相変わらず、自分の主人はグロテスクなものを使っているようだ。
「目玉みたいだが……実際に視えるのか?」
「うん、一応情報収集用だから。ただ、かなり膨大な情報が流れてくるから制御が難しいんだ。すっごい疲れるし」
「で、足下がお留守になる、と」
「うん。あと張り付かせてる人間の位置は把握出来るみたいだけど、他の気配に気を配ってる余裕ない」
「はあ……分かった。そのかわり、お前ほど気配に聡くないからな。気づかなくても文句言うなよ」
「ありがと。大丈夫、夜一さん耳も目も鼻も、人間より格段にいいから」
そう言って珍しく笑みを浮かべた尚樹に、夜一はため息をついた。こうも信用されるとやりづらい、と。


ねたばらし。
凝視虫、分からない人、多分、たくさんorz
まあ、情報収集用の目玉とでも思って下さい(;´∀`)