陽炎-10-

「聞いてないんだけど?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「いや、そもそも暗部の任務内容を他に漏らしたらダメだろう」
扉の前でにっこりと笑みを浮かべたカカシに、尚樹はいつもの無表情で首をかしげた。
尚樹の発言に後ろに立っていた少年が呆れたように口をはさむ。もう一人の褐色の肌の少年はひとり沈黙を通した。
ナルトたちが来るのを待っていたカカシは、予想外の人物の登場に困惑していた。
イルカには、ナルトたちを中忍試験に参加させるのは早いと言われたが、カカシはそうは思わない。
しかし、尚樹はどうかと問われれば、もちろん早い、と即答するだろう。
そう言うのを棚に上げる、というわけだがもちろんカカシ本人は気づいていない。
「中忍試験……まさか受けるの?」
「そのまさかです。あ、でも別に途中でリタイアしてもいい……んですよね?」
「だめに決まってるだろう」
「そんな馬鹿な」
鋭く突っ込みを入れられながらも、それを冗談ととったのか、尚樹が軽く流す。
二人のやり取りを見ていれば、チャクラを見ずともすぐに少年の正体が分かった。
ゲンマか。
問題はもう一人の少年。見たことのない顔だ。もちろん、変化でもしているのだろうが。
冒頭の会話から、これは尚樹にとって暗部の任務だということは明らかだ。それならば、この少年は暗部の誰かと考えるのが妥当だが……どうも、暗部には見えない。
「尚樹、そっちの子、誰?」
「あ、夜一さんです。人数が足りなかったので」
釣り上った大きな瞳がまっすぐにカカシをとらえる。
まさか夜一だとは思わなかったが、言われてみれば確かに面影がある。とくに、カカシに対する態度が。
特に訓練をしたわけでもないのに、よくもまあ変化出来たものだと、そのきついまなざしを見遣った。
「じゃあ、試験受けてきますね、カカシ先生」
「……ああ。気をつけなさいね。ゲンマ、よろしく」
「分かってますよ」
促すようにゲンマが尚樹の背中を押して、試験会場へと消えていくのをカカシはじっと見守った。


「ヒナタ、久しぶり。元気?」
「あ、尚樹君。久しぶり」
元気だよ、とはにかんだように笑うヒナタに、尚樹も目元を緩めた。
最近癒しがなかったので自然と頬が緩む。やっぱりヒナタはかわいいなあ、と他人に聞かれたら危ないことを心の中でつぶやいた。
「尚樹君も中忍試験受けるんだね」
「うん。いろいろ紆余曲折なんだ」
シノ君も、久しぶり、とヒナタの後ろに立つシノに尚樹は手を挙げた。アカデミーを卒業して以来ではないだろうか。
下忍同士って意外と顔を合わせないものなんだな、とずいぶん久しぶりな気がするその顔を尚樹は見上げた。
「久しぶりだな。後ろの二人は?」
シノの言葉に何も考えず振り返って、夜一のつり上がったガラス玉のような瞳と視線が合う。
そういえば、自分が誰とスリーマンセルを組んでいるか知るものは友人たちの中にはいないだろう。もともと一人っ子セルなのだから当たり前と言えば当たり前だが、一部の人間は尚樹が無事下忍になっているもとも知らないのかもしれない。
そのことを失念していた。

「えーと……俺いつもはひとりっこセルだから、今回だけ一緒にセルを組んでもらったんだ」
「そうなのか……もしかして不利な状況じゃないのか」
もしかしなくても不利な状況です、といるだけで手助けしてくれそうにない二人を背に、尚樹は心の中でつぶやいた。
きっとシノは、初めての相手とセルを組むことに対して不利だと言っているのだろうが、その点で言えば、ふたりともよく知った人物なので問題はない。
表面上は曖昧に笑うだけにとどめた自分を褒めてやりたい。
そんなことを考えていたときに、後ろから服を引っ張られ反射的にびくりと体がすくんだ。
「……なに? 夜一さん」
振り返ると夜一が元々のつり目を更につり上げている。ひしひしと感じる殺気に尚樹は首を傾げた。まるで、猫の姿だったら体中の毛を逆立てているような、そんな感じ。
「イヌくさい」
内緒話をするように耳打ちされた言葉に、尚樹はとっさにヒナタとシノの後ろ、こちらに興味がないように明後日の方を向いているキバを見遣った。
猫って犬が苦手だったっけ? と元の世界で近所の人が両方飼っていたのを思い出しながら、宥めるように自分より高い位置にあるその頭を軽く撫でる。さり気なくキバと一緒にいる赤丸に目をやったが、特にこちらに反応している様子はなかった。

ふと、先ほどカカシ先生と言葉を交わした場所にナルトたちの気配を感じる。
さり気なく視線を動かして、薬師カブトの位置を確認した。自分の記憶が確かなら、後々のためにここでカブトがナルトたちに接触を持つはずだ。
個人的に、あの登場の仕方はトンパみたいだなあ、と思った記憶があるので間違いないだろう。もちろん、トンパとは比べ物にならないほどカブトの方がたちが悪くて有能だが。
いずれにしても、かかわり合いになりたくない人物だ。
「じゃあね、3人とも。また後で」
いきなり話を切ってきびすを返した尚樹に、ヒナタだけが慌てたように「またね」と手を振った。
警戒心むき出しの夜一を連れて尚樹がその場を離れたのと、ナルトたちが部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。

薬師カブト。
大蛇丸ほどではないにせよ、彼もなかなか、と尚樹は早々に傍観を決め込んだ。
今回は、あくまでも尚樹が班長ということで、ゲンマと夜一も彼の行動にならう。ゲンマ曰く、指示には従うが、手助けはしない、とのことだ。どのへんからが手助けになるのか、判断が難しいな、と尚樹はぼんやり考えた。
「ゲンマさん、音について詳しいですか?」
「いや、最近できた里というくらいしか」
それがどうした、と視線だけで問うてくるゲンマに尚樹は気付かないふりをした。
確か、音隠れは大蛇丸の作った里だったはず。ということは音影は大蛇丸?
なんというか、音忍は全体的に大蛇丸の変態オーラを受け継いでるみたいで、嫌だなあとのんきなことを考えた。
音の3人に関しては、あまり気にしなくても大丈夫だろう。今回の中忍試験、警戒するとすれば薬師カブトに大蛇丸、砂忍くらいだ。
「1次試験の指示を出します」
視線はナルトたちに向けたまま、尚樹が唐突に口を開いた。
一度尚樹に視線を戻したゲンマは、その視線を追って今年下忍になったばかりの子供たちを見やる。
さっそくいざこざを起こしたのか、いくつか悲鳴も聞こえた。
騒ぎの中心には、木の葉の下忍と、音の下忍。ちょうど話題にのぼっていた里の下忍に、無意識に眉をしかめた。
「1次試験は二人とも何もしなくていいです。試験官に何を言われても反応しないでください」
「……試験内容もわからないのに?」
まだ試験内容は知らされていない。なのにはっきりと指示を出した尚樹に、ゲンマは視線を戻した。
内容が分からない上に、何もしなくていい、とは妙な話だ。わざと不合格になる気じゃないだろうな、とその表情をうかがうがいつも以上の無表情にその真意は図れなかった。
「何もしなくていいんだな?」
「うん」
確認するように繰り返した夜一に尚樹がうなずく。それ以上追及する気がないのか、それとも何か理解しているのか、夜一は目を閉じて壁に寄り掛かった。
ひとりいぶかしげに顔をしかめたゲンマに、ナルト達から視線を戻した尚樹が何かに気づいたように口を開いた。
「……1次試験は筆記がセオリーなんですよ?」
「それ。どうせ根拠のない勘だろう」
「いえそんなまさか。そんなに心配しなくても、筆記じゃなかったときはまた別に指示を出しますから」
だから筆記の場合は何もしないでください、といった尚樹に、ゲンマはため息をついた。
筆記の場合も何もしなかったらまずいだろう、と。
とりあえず先ほど話題にのぼった音忍の顔を覚えてから、室内に入ってきたイビキの声に耳を傾けた。