陽炎-7-

「はあ、中忍試験、ですか……」


任務を言い渡された尚樹は、何とも言えない顔をした。
尚樹のとなりで一緒に任務内容を聞いていたゲンマも、僅かに顔をしかめる。
いつもの下忍としての任務とは違う。
これは、暗部としての仕事だ。
なのに何故暗部に所属していないゲンマまで呼ばれたのかと、不審には思っていたのだ。
「……つまり、今回の任務は中忍試験をかねているという事ですか」
「そうだ」
ゲンマの確認の声に、イビキがうなずく。
任務内容は、中忍試験での警備。
中忍試験中は他の里の忍び達が多数出入りする。つまりそれだけセキュリティが下がってしまうという事だ。
実際に中忍試験中は尚樹だけでなく、多数の暗部達が里の警護にあたる。
また、他の里の下忍達の監視として、実際に試験に参加するものも数人。
それに、尚樹も参加しろというのか今回の命令だ。
しかし尚樹は暗部としての経験も浅く、アカデミーでの卒業も正式ではないため誰ともスリーマンセルを組んでいない。
言ってしまえば、完全にあぶれているのだ。
もちろん、尚樹が暗部である事を知っているのはゲンマを含め数名。
つまりしばらくは下忍として年の近い人間とセルを組む事は難しいわけで。
「まあ、早い話がこれから先も暗部での任務以外で他の下忍とスリーマンセルを組む機会はほとんどないだろうな」
「……つまり、中忍試験には参加出来ない、と」
「そう言う事だ」
ゲンマとイビキがうなずき合っているのを見て、尚樹だけが首を傾げた。
「あの、なんで中忍試験に参加出来ないんですか?」
尚樹の素朴な疑問に、ゲンマが苦い顔をする。ぽんぽん、と軽く頭を撫でられた。
「中忍試験はな、3人1組でしか参加出来ない決まりだ」
ああ、そう言えばそうだったかもしれない、ともうかなりおぼろげな知識を尚樹は引っ張りだす。
細かいところは覚えていないけれど、今年の中忍試験に関わるならなんだかいろいろ大変そうだな、とよけいな事まで思い出してちょっぴり鬱になった。
「ならいっそ参加しなくてもいいですよ。その方が都合がい……楽なので」
「お前今面倒だから一生下忍でいいとか思ってるだろ」
「いえそんなまさか」
一応口だけは否定しておく。ズバリそう思っていますが何か。
尚樹としてはこのまま下忍として草抜きとか、ペットの世話とか子守りとか、そう言う仕事をこなしてのんびり生きていければそれでいい。
人生に無駄なスパイスなんて求めていないし、もうこの現実だけで十分スパイシーだ。
暗部へのお誘いも、本当は全力で辞退したかったのだが、いつまでもカカシ先生に面倒を見てもらうわけにも行かないか、とアカデミーの卒業を条件に引き受けたくらいだ。
……よけいに面倒な事になっている気がしないでもないが。
「あれ、でも3人必要なら今回も参加は出来なくないですか?」
「ああ、だからゲンマも呼んだのだ」
「……下忍に混じって特別上忍がいるのはどうかなと思うのですが」
すごい卑怯わざと言うか、自分たちのところだけ有利では? と首をひねった尚樹に、ゲンマはさも当たり前のように「俺は人数合わせだからいるだけで手助けはしないぞ」と告げた。
「……有利どころか、ものすごく不利になっている気がするんですが、気のせいでしょうか……」
「まあそのくらいハンデがあった方がいいだろう。今回は中忍試験をかねているが、むしろ暗部としてお前の実力を測る意味もある。
忘れてるかもしれんが、今は試用期間中だからな」
イビキの言葉に尚樹がポンと手を打った。その反応に、イビキとゲンマは忘れてたな、とため息をつく。
忍術がほとんど使えない尚樹はその体術だけで暗部への誘いがかかったと言っても過言ではない。
今はまだ抜きん出て強いというわけではないがその将来性を買われたというわけだ。
そして現在は実際に使えるかという判断をするための試用期間。
だから他より不利な条件で中忍試験を受ける事は尚樹の実力を測る上でもうってつけ、という事だ。
「……スリーマンセルなら、後一人いるわけですよね? ならその一人もいるだけで助けてはくれない誰かなんですか?」
「まあ、そう言う事になるな。まだ決まってないが、暗部の中から一人選ぶ予定だ」
「はあ……」
実質本来は3人で受けるはずの試験を1人で受けろと目の前のイビキは言っているらしい、と尚樹は遠くに視線をやった。
どんなに遠くを見ようともそう広くない、むしろ狭いとも言える部屋では壁にぶち当たってしまったが。
「イビキさん、3人目なんですけど、どうせいるだけの人なら夜一さんじゃ駄目ですか?」
尚樹の言葉にイビキとゲンマ、そして今の今までこの話に全く興味を示さずフードの中でくつろいでいた黒猫が反応した。
いきなり何を言っているんだ、と全員の目が物語っている。
フードの中から引きずり出された夜一は、小さく抗議の声を上げたがマイペースな主人の耳には届かない。
「夜一さん、ちょっと前足借りるね」
夜一を床に降ろした尚樹が、猫の両手を引っ掴む。今度は先ほどより激しく抗議の声を上げたがやはりその声は届かなかった。
まるで印をくむように尚樹が夜一の前足をポンポンとあわせる。
次の瞬間にはそこに猫の姿はなく、褐色の肌を持つ少女が立っていた。
つり上がった大きな瞳が猫の面影を残している。
面食らっている特別上忍二人をよそに、少女は長いポニーテールをなびかせて勢いよく尚樹につかみかかった。
「なんでこんな姿なのか説明してもらおうか……」
「いや、だって夜一さんだから……ちっちゃいバージョンで」
「な、ん、で、わざわざメスにするんだお前は」
だって夜一さんだから、と同じ答えを返した尚樹を夜一は激しく揺さぶった。
相変わらず、自分の主人の思考は全く読めない。
仕方がないなあ、と尚樹が渋々変化の術を説くと元の黒猫の姿に戻っていた。
先ほどと同じように無理やり夜一に印を組ませる。
ポンっと音がして、今度は先ほどの少女とよく似た少年が立っていた。
長かった髪は短く、顔つきも先ほどより男の子らしくなっている。
尚樹より頭一つ分背が高かった。
「まあ、こんな感じ?」
自分の体を確認した夜一はとりあえずメスでないことに安堵した。
別に猫である夜一自身は外見の美醜にこだわらない。だから性別さえ合っていればあとは比較的どうでもよかったりする。
そんな二人のやり取りを眺めていた特別上忍二人は、言葉にはしなかったものの結構驚いていた。
尚樹の飼っている猫は別に忍猫などではなく、普通のどこにでもいる猫だ。
もちろん術など使えない。
尚樹が無理やり印を組ませていたことからもそれはほぼ間違いなかった。
だから、変化の術は尚樹のものであるといえる。
変化の術を他人に使える人間など、2人は今まで見たことがなかった。