陽炎-5-
その、あまりにも悲惨な状況に、暗部として死線をくぐりくけてきたテンゾウも言葉を失った。
雨が降るのか、湿気をはらんだ風が頬を撫でた。
「……冗談だろう?」
頼むから、冗談だと言ってくれ、と切実に心の中で思い、そしてそれを実際に声にも出した。
しかし返ってくる言葉は無情にもその願いを打ち砕く。
地面に散らばった金属の固まりが何であるか、理解したくないと思ったのは決して短くはない忍人生の中でこれが初めてだ。
「冗談だったら、今更修行しろなんて言われないんですよ?」
「それにしても限度ってもんがあるだろう……! なんでこれでアカデミー卒業出来たんだ……!」
まあそう落ち込まずに、と頭を抱えてがっくりと膝をついたテンゾウの肩を、尚樹が慰めるようにたたいた。
「少しは落ち込めー!」
ペシッと素直に頭をはたかれた尚樹が、多くの子供がそうするようにたたかれた場所をさする。
絶対それ痛いなんて思ってないだろう、とテンゾウはその様子をじっと眺めた。
あんなに頭を強打しておいてけろりとしている石頭なのだ。
「というか、今までこの状況で俺と暗部の任務についてたわけね」
「あ、でも千本はちゃんと投げられるんですよ?」
ゲンマさんに教えてもらったんです、とちょっと満足げに話す尚樹に、テンゾウは頬を引きつらせた。
ちょっとしたお荷物というか、ハンデのようなものだと思っていた。下忍になったばかりの子供をつれて任務をこなすのは。
だが違う。実際に自分が抱えていたのは予想以上に危険な物件だったらしい。
カカシ先輩も、一言くらい言ってくれればいいのに、と今はいない人物に文句を言っておく。
とりあえず、この四方に散らばった何かを回収して、修行を再開しなくては、と渇いた笑みで周りも見渡す。
空は、テンゾウの心境を反映するかのように灰色に染まりつつあった。
「とりあえず、頼むから、せめてもう少し遠くまで投げてくれ」
あまりにも絶望的な尚樹の手裏剣スキルに、目を覆いたくなりながらも、こんなんで任務についてこられたら自分が困る、とテンゾウは踏ん張った。
今まで知らなかったとはいえ、この、全くいったいどこに飛ぶのか予測のつかない手裏剣の使い手と任務をともにしていたのかと思うと肝が冷える。
「というか、疑問なんですけど、手裏剣っておもいっきり投げたら自分に戻ってきたりしないんですか」
「来ないから。少なくとも君の腕じゃあり得ないから」
くだらないことを考えてないで練習してくれ、と切実に訴えるテンゾウに、首を傾げつつも尚樹が的に向かって手裏剣を一つ放った。
投げた、というよりは放った、という方が正しいそれはもちろん回転などせず放物線を描いて地面に落ちる。突き刺さりもしなかった。
「……ボールじゃないんだからさ、せめて上手に投げるのはやめてくれないかな」
「はあ……」
よっと、今度は多少手裏剣らしい投げ方をしてくれたはいいが、それはかなりの速度でテンゾウの頬をかすめていった。
「……せめて的がある方向に投げてくれると嬉しいかな」
「ノーコンって言ってくれていいですよ」
あらぬ方向に飛んでいった手裏剣を拾いながら、本人もどこかあきらめたような声音で言う。
よくもまあこれを暗部にしようと思った人間がいたもんだよな、とさすがのテンゾウも不思議に思い始めた。
「一応、これから先もセルを組むことがあると思うから聞いておきたいんだけど、他に苦手なことってあるのかな」
アカデミーを卒業してすぐ暗部に引き抜かれたからには、それなりの理由があるはずなのだ。単純に考えれば、忍術の才能がある、とかその辺だろうが、木登りすら満足に出来ないところを見るとそれも苦しい。
このときテンゾウは突出しているわけではないが、人並みには使える、程度に思っていた。
「忍術です」
なんていつもの口調で尚樹が言わなければ。
いつもと変わらない無表情な顔を見て、灰色に染まった空を見て、雑草のはえる地面を見た。
なんだか分からないけれど、涙が出そうになった。
「お前……よくその状況で暗部になんてなったな」
「同感です。何らかの意志がはたらいているとしか思えません」
「人ごとじゃないだろう……」
なんでこんなに人ごとなんだ、とはやくも手裏剣をあきらめて千本を投げはじめた尚樹を見遣る。
ゲンマが、すぐあきらめる、と言っていたのがよく分かる行動だった。
「尚樹は、忍術も得意じゃなくて、手裏剣も駄目で、そんな状態でこの前みたいな状況になっても怖いとは思わないのかい?」
視線だけで、この前の状況は何か、とたずねてくる尚樹に、前回の任務中に大蛇丸に遭遇したこと、と返した。
正直言わなくても分かれと思ったが、彼にとってはその程度の出来事だったのかもしれない。
「テンゾウさんは、怖かったですか?」
「……まあ、正直に言えば。人並みに恐怖心はあるつもりだよ」
「俺も、人並みに恐怖心はあるつもりですよ」
カッと音を立てて尚樹の放った千本が的の中心にあたる。
何故これは的中できて手裏剣は駄目なのか、理解に苦しむ。
「怖がってるようには、見えなかったけど?」
むしろ眠そうに見えた、とあのときの状況を思い出して、テンゾウは再びげんなりした。あんな心臓に悪い状況はごめんだ。
「まあ確かに、あの変態オーラにはさすがの俺でもドン引きでしたけど」
結構、変態には慣れてるつもりだったんですけどね、と独り言のようにつぶやいた尚樹に、突っ込むべきか否か。
それとも、そっちかよ、と突っ込むべきか。あんまりしゃべったことがなかったけど、こんなだったかな、といつもは大人しく自分の指示によく従う少年を見遣った。
千本を回収して戻ってきた尚樹が、ようやく話をする気になったのか、座っていたテンゾウの正面に立つ。
言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「死ぬのが怖いんですか?」
「……怖くないって人間は、あんまりいないんじゃないかな。君だってそうだろう?」
「俺ですか? うーん、考えたこともなかったですね……」
「って人にきといて自分は考えたこともないのかYO!」
「ヤマト隊長、落ち着いて。キャラが違いますよ」
「だからそのヤマト隊長ってのは……いや今はそれは置いといて」
なんだか話をそらされている気がしてならない。何の話をしていたんだっけ? と自分を落ち着けるべく深呼吸。
カカシ先輩助けて。
「……なんでそんな話になったんだっけ……」
「大蛇丸が怖くないか? って話じゃないですか?」
何かが違うけれども、まあもうそれでいいか、と少し投げやりに自分を納得させる。ようは、自分より強い相手を前に恐怖を感じないのか、ということなのだから。
質問の答えを考えているのか、尚樹はしばらく視線を漂わせる。ときおり、握っている千本がぶつかり合う音がした。
「うーん、テンゾウさんの質問の意図がいまいちなんですけど、つまりテンゾウさんは大蛇丸に殺されるかもしれないから、怖いってことでいいんですか?
それとも、オーラが……チャクラがものすごく変態を主張してるから怖いんですか?」
「……後者の人間は、正直お前だけだと思う」
これを本気で言っているっぽいから、頭が痛い。無意識に眉間に寄ったしわを、テンゾウは指先でもんだ。
「じゃあ、やっぱり殺されるのが怖いってことでいいんですよね?」
念を押すように言った尚樹に、そこまで深く考えたことのなかったテンゾウは一瞬躊躇した。
そもそも、この場合の恐怖は本能的に感じるものだ。突き詰めれば確かに尚樹の言う通りなのかもしれないが、何か違う気もした。
テンゾウが考えている間に、自分から聞いたくせに返事を待たずに尚樹が言葉を続ける。
ぽつりと頬に冷たいものが落ちた。
「相手はあからさまに自分より強いんですよ? 怖がったところで無駄に疲れるだけかと」
殺されることに変わりはないわけですし、と至極当然のように言った尚樹に、
「……なんが、ゲンマさんがお前はすぐあきらめる、って言った言葉の真意を今理解した気がするよ」
とどうやら自信からくる余裕ではなく、あきらめからくる余裕であったことを知ったテンゾウは、次からはセルを組まないように頼もうと密かに決意したのだった。
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私のテンゾウさん好きがバレてしまう(ノ∀`)