陽炎-2-

気配に敏い。
特筆してあげられる点はそれぐらいだと思う。
水沢尚樹との暗部の仕事はこれで3度目になる。
3度ともまだ不慣れということで自分の補助としてついてきているが、正直今のところはいてもいなくても変わらない、という感じだ。
まあ自分も最初のころはこんなものだったか、と振り返る。
初めのうち数回は、同じ人間につかせて巻物の運搬、奪還、あるいは要人の護衛といったものの中から比較的安全な任務に就かせる。もちろん、不慮の事態に陥っていきなり修羅場、ということも珍しくはないが。
何が言いたいかというと、つまりいま、3度目にしてその不慮の事態に陥っているわけである。
しかも敵地の真ん中で。
自分のときは、上司はカカシ先輩だったなあ、とテンゾウは遠い目をした。
自分と背中合わせに立つ新人はクナイを構える様子もない。敵に囲まれたこの状況で怖気づいたのか、それとも自分の腕によっぽどの自信があるのか。
どちらにしても厄介だ。
面をつけているので表情は見えない。まあ、面をつけていなかったところで、乏しい彼の表情を見分けられるとは思わないが。
「どうしますか?」
いつもと変わらぬ調子で指示を仰いだ尚樹に、少なくとも動転はしていないか、とため息をついた。
今回は任務は巻物の奪取だったのだか、とりあえずいったん退くしかないだろう。
逃げるぞ、とテンゾウが口にするより早く尚樹が再び口を開いた。
「殺しますか? 倒しますか?」
その2択なのか、と思わず固まった。というか、その二つの違いはなんだ。
テンゾウの疑問をよそに、一斉に攻撃をしてきた相手をとりあえず木遁で阻み、小さな体を片腕で抱えて瞬身の術でその場を後にした。


そのまま追っ手をまいてまいて、何とか振り切ったところでようやくテンゾウは抱えていた尚樹を下ろした。
さすがに子供一人抱えてかなりの時間動き回っていたので息が上がってしまっている。
周りに気配がないのを確認して面を外したテンゾウに習い、尚樹も面を外した。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、すぐ回復する」
思ったよりもチャクラを消費したけど、とこっそり心の中でつぶやいた。そこは上司として、年上として口にできないところだ。
一方尚樹はただ抱えられていただけだったので、特に何も消費していない。その涼しい顔を見て、仕方がないのは分かっているのだが何とも情けない感情に駆られた。
頭を振ってそのどうでもよい感情を振りはらう。今はそんな雑念に気を取られている場合ではない。
まだ任務は終わっていないのだ。
「とりあえず、次はどうやって忍び込むか考えておかないとね」
一度目に比べ、二度目はそう簡単にはいかない、ただでさえよその里に潜り込むのは面倒なのに、とテンゾウはため息をついた。
そのことに気づいていないのか、尚樹が小さく首をかしげる。
見上げてくる顔はどこか無防備で、腕に暗部の入れ墨がなければそうとわからない。
正直、忍でもないその辺の子供に見えるんだよな、とテンゾウはその顔を見下ろした。
「……また忍び込むんですか?」
「そりゃあね。まだ任務完了していないだろう」
「お家に帰るまでが遠足です、みたいな感じですか?」
「どんな感じなんだそれは……」
なぜいきなり遠足が引き合いに出されたのかさっぱりわからない。助けてくださいカカシ先輩、と尚樹の保護者であり、尊敬する元上司の名を心の中で呼んだ。
3度任務をともにしたが、まったく相手の意図が読めない。自分に教育係は向いていないのかもしれない、と少しへこんできた。
空がわずかに白んできて、長い夜が終わろうとしている。
森の中にわずかに霧が立ち始めていた。
そういえば、尚樹はあまり夜更かしができない、とカカシが言っていたことを思い出し、再びその顔に視線を戻す。
先ほどは気付かなかったが、そう意識してみてみれば眠そうに見えてくる。
ぱちぱちと瞬きを繰り変えず尚樹に、とりあえず、自分も疲れたしいったん寝るか、とあたりを見回した。
その時ふと、視界の端に見慣れないものがうつる。
いや、ある種見慣れているのだが、ずっとそこにあることに気付かなかった。子供の手にはいささか大きな黒い巻物。
まさか、と思いつつテンゾウはそれを指さして、とうとう眠そうに瞼をこすり始めた尚樹に尋ねた。いったいそれは何だ、と。
テンゾウの問いに、いつもより鈍い反応を返した尚樹は、あくびを漏らしながら言葉を返した。
「獲って来いって言われてた巻物です」
「……早く言ってくれ」
がっくりとうなだれたテンゾウに、もう限界とばかりに尚樹は大きく欠伸をした。


「ヤマト隊長、もうこのまま木の葉に帰っちゃいますか?」
もう半分眠りかけ、という感じでゆらゆらと立っている尚樹に、テンゾウはこれじゃあ木の葉まで持たないな、とため息をついた。
ついでに会ったときからもう何度目になるか分からない突っ込みを入れておく。
「ヤマトじゃなくて、テンゾウだから」