陽炎-1-
ちょうどナルトが盛大に駄々をこね、波の国への護衛、というCランク任務をもぎ取ったところだった。
かちゃりと後ろのドアが開いて不知火ゲンマが顔を出し、一斉に振り向いた七班とタズナにいぶかしげに眉をひそめる。
そのゲンマの後ろから、ナルトたちにとっては久々となる顔がのぞいた。
「尚樹?」
一番最初にその名を呼んだのがサスケだったのは意外だったが、実際のところナルトは大人しくクラスでは目立たなかった尚樹とは数えるほどしか言葉を交わしたことがなく、サクラにいたっては面識すらない。
サスケが一番フレンドリーなのって変な感じ、と思いつつも尚樹は小さく手を振って応えた。
「どうして尚樹がこんなところにいるんだってばよ? お前ってば、アカデミーの卒業試験不合格だったってばよ」
お前が言うな、とナルトを除く七班の心が一致したことは言うまでもない。
「……どういうことだ?」
ナルトの言葉にはいろいろと突っ込みたいところだが、いまだアカデミー生であるはずの尚樹がこんなところにいることのほうがサスケには重要だった。
その首に自分がつけているものと同じ額あてがある所も大いに疑問だ。
「まあ斯く斯く云々……」
「はいはい、とりあえずそこまで」
サスケと尚樹という珍しい組み合わせのやり取りを早々に遮ったのは、尚樹の指導教官であるゲンマだった。
積もる話もあるだろうが、まず任務な、といまだ入口に突っ立っていた尚樹の手を引く。
「あ、じゃあね、サスケ。また今度」
ナルトとサクラも、バイバイ、と手を振った尚樹に三人とも反射的に手を振り返す。
サスケだけがうっかり手を振り返してしまったことにうっすら首筋を赤く染めた。
それに気づいたのは上から3人を見下ろしていたカカシだけだったが。
「さてと、じゃあ俺たちも波の国に向かうとしますか」
尚樹に気を取られていた3人を促すようにカカシが手をたたいた。
我に返ったナルトが初のCランク任務に、先ほどの興奮を思い出したのか騒がしくなる。
部屋を出て行こうとするカカシの背に、尚樹から小さな制止の声がかかった。
ナルトたちはおそらくその声に気づいていなかったのだろう。足を止めたカカシに気付かずそのまま部屋を後にする。
振り返ったカカシの視線が、いつも以上に感情の読み取れない黒い瞳とぶつかる。少し無機質さを感じさせるその落ち着いた声と表情に、尚樹が別人であるかのような錯覚を受けた。
「水難の相がでてますよ。ちっさいわんわんと、おっきいわんわんに気を付けてくださいね」
カカシが部屋を後にしたのを確認して、尚樹は前を向いた。
大した助けにはならないかもしれないが、何も知らないよりはいいだろうとちょっとした警告をしたわけだが、ぼかしすぎて相手に伝わっていないことには気づいていなかった。
まあ実際に尚樹が助言をしなくとも彼らは無事帰ってくるのだから通じていなくてもいいのだが。
特に危険はないと判断した尚樹はすぐに頭を切り替えて、今日の任務は何かとイルカに尋ねた。
「んー……Dランクは芋掘りの手伝い、子守……あと、隣町までおつかい。どれがいい?」
「あれ? 選んでもいいんですか?」
つい先ほどの名残りでそう尋ねてしまったイルカに、不思議そうに尚樹が首をかしげた。
いつもは上から割り振られた任務をこなすのみで、その任務について選択権が与えられたことはない。
それが普通ではあるのだが、ナルトにさんざん駄々をこねられたばかりだったので、うっかりしてしまった。
間違えた、とは思ったがまあ別にこのくらいはいいか、と首を縦に振る。
差し出された依頼内容を見て、尚樹の顔つきが真剣なものに変わったので、頼むからお前まで駄々をこねないでくれよ、と一瞬身構えた。
実は、駄々をこねる下忍というのは珍しくない。
だんだんと任務に慣れてくると、Dランク任務がつまらなく感じてしまうのも仕方のないことだった。
尚樹の指先が行ったり来たりを繰り返す。
「……天の神様の言うとおり」
ぴたり、とその指が止まったのは、芋掘り。
「芋掘りでいいですか? ゲンマさん」
「どっちでも。俺は見てるだけだからな、好きにしろ」
「せっかくだから一緒にやりましょうよう。没頭すると結構楽しく……」
「なってくるのはお前だけだ」
「お芋ですよ? 草じゃないんですよ?」
「芋でも草でも変わらん」
えー、と不満そうに声を上げる尚樹に、慣れているのかゲンマは終始真顔でかえした。
そのやり取りに最初はぽかんとしていたイルカも、そう言えば水沢尚樹という少年はこういう子だった、と彼のアカデミー生時代を振り返った。
素直なところは相変わらずでイルカとしては助かるが、これはこれで少し心配になってしまうのだから勝手なものだ。
「というわけでイルカ先生、芋掘りがいいです」
「ああ、分かった分かった。……尚樹、素直なのはいい事だが向上心は必要だぞ?」
「向上心、ですか」
何故いきなりそんな話になったのか分からない、というように尚樹がイルカの言葉を反芻する。
そしてしばらくイルカの顔をじっと見つめた後ようやく口を開いた彼は、やはりイルカの意図を汲んではいなかったようで、素直ではあるが斜め上な返事をした。
「分かりました。たくさんお芋を掘ってきます」
となりで盛大に吹き出した三代目に笑い事じゃないです……!と突っ込みたいのをこらえ、イルカは肩を落とした。
そんなイルカの肩をぽんぽんとたたいたゲンマに「すいませんね、こんなんで」と慰めとも謝罪ともとれる言葉をかけられる。
そのどこか慣れた様子に、ああこの人も苦労してるんだろうなあ、とちょっぴり同情してしまった。
ああ、どうせテンションが上がってるのはそう言う下らない理由だと思った、とゲンマは尚樹の手を引いた。