逃げ水-12-
ぬっとうしろから現れたカカシに、アスマはわざとらしくタバコをふかした。
目の前では先ほどから全く進展しないやり取りが続いている。
「ん? カカシじゃないか!」
隙あらば挑戦を申し込もうとするガイを制するように、にっこりと笑みを浮かべてカカシは口を開いた。
「二人とも……これはどーいうことかなー?」
「どういうも何も、見ての通りだ」
「アスマ、ごまかさない。だいたい、なんなのあのくだらない書き置きは」
カカシの言うくだらない書き置き、とはアスマが冗談半分で黒板に残してきたもののことだ。
さすがに、行き先も告げずに尚樹を連れ出すのはまずかろうと思って第3演習場にいる、と書き残しておいたわけだが。
「嘘付け。尚樹を返してほしくば第3演習場に来い、と書いてあったぞ間違いなく」
「まあそんなことも書いたかもしれんな」
カカシからの無言の圧力を感じつつも、アスマはタバコをくゆらせた。
尚樹は先ほどとは違って、攻撃を避けるのをやめ、そのほとんどを受けるなりそらすなりしている。
どうも方針を変えたらしい。
「まあまあ、そうカッカするなよ。尚樹のあれはちょっとした練習だから」
「練習?」
よしよし食いついた、と内心で小さくガッツポーズをとるアスマ。はっきり言って尚樹をここまでつれて来たのは彼の好奇心に他ならないが、正直にそんなことを言うほど若くはない。
口からでまかせ、コツは堂々と、よどみなく言い切ること。
「そう、練習。この前会ったとき手加減の仕方が分からないとか言ってたからな」
「……そんなの聞いてないぞ」
「なんだ、あれ仕込んだのお前じゃないのか」
てっきり、お前が仕込んだもんだと思ってたんだがな、とアスマは再び尚樹へと視線を戻した。
アカデミーでは基本的なことは教えるが、重点が置かれているのは体術よりも忍術。
尚樹のそれは、アカデミーで教える範囲を超えている。
だからてっきり、その辺はカカシが教えているのだと思い込んでいたのだが。
アスマの言葉にカカシはわずかに眉を寄せ、かぶりを振った。
そこへ今まで黙って聞いていたガイが、非常にいい笑顔を向ける。
「ふふ……それはつまり、一番の功労者は俺だということだな!」
「なんでそうなる」
期せずしてカカシとアスマの声がかぶる。
そんな二人のことなど気にせず、ガイは一人納得したようにうなずいていた。
「ちょっと、ひとりで納得しないでくれる? だいたい、ガイと尚樹はほとんど初対面でしょ」
「何を言っているんだカカシ。尚樹と俺はマブダチだぞ!?」
「どんだけスピード親友!?」
カカシの間髪いれない突っ込みにアスマは不覚にもむせた。たばこの煙を吐き出すつもりが吸ってしまったとか、そんな感じ。
いつもはカカシのスルースキルに感心するところだが、いつの間にか突っ込みスキルも上がったらしい。
けほけほと反射的に出る咳にわずかに視界がゆがんで、手の甲で目じりをかるくぬぐった。
「さっきから何を言っているんだカカシ。俺と尚樹は毎朝一緒に走るくらい仲がいいぞ」
「……ちょっと、それもうちょっと詳しく。初耳なんだけど?」
「詳しくも何も……割と最初のころからだぞ? 気づいてなかったのか?」
頭痛をこらえるように額に手を当てたカカシに、意外と苦労してそうだな、とちょっぴり同情した。
最近のわずかなやり取りの中でも、尚樹の認識が少しずれているということは露呈している。
加えて、今回初めて分かったことだが、カカシはどうも過保護なたちらしいから余計に気苦労が絶えないのだろう。
とりあえず、いまだ均衡を保っている二人を止めるか、とようやくアスマは口を開いた。
いい加減に決着付けろ、といったアスマの声に、尚樹ははっと我に帰った。
途中で流々舞と似たようなものだと思い込んでしまったために、流に集中してしまい、避けることはしなくなったがつい力の均衡を律儀に保ってしまった。
これでは長引く一方だ。
決着とやらを付けなければどうも終われないらしいことに気づき、げんなりとした。
普通に参ったとかじゃ駄目ですか……っていうかいつの間にかカカシ先生迎えに来てるし。
視界の端に移ったカカシの姿に尚樹はにわかに焦りだした。わざわざ迎えに来てもらって待たせるわけにはいかない。とにかく決着とやらをつけなくては。
しかし決着といっても具体的にどうすればいいのか。
短絡的に考えれば、決着……相手を倒す。つまり相手が動けない状態になればいいわけで。
具体的には気絶させればいいわけだ! と結論にたどり着いた尚樹はいったん相手と距離をとった。
足が砂を踏む音。わずかに砂埃がまった。
―――――――首をねらえ。
脳裏によみがえる声に耳を傾ける。
―――――――相手のほうが背が高い時は体勢を崩して、
―――――――素手でダメならナイフを、
攻撃を仕掛けてきた腕をとって一瞬だけ引き寄せたその腕で、無意識にクナイを抜き、すれ違い様わずかに体勢を崩した相手のうなじへとそれを振り下ろした。
いつものこの瞬間は何もかもがスローモーションに見える。
ひどく緩慢になった視界の中で、クナイの鈍い輝きまでも鮮明に映すことができた。
リン、と耳元の鈴が一声鳴いて、クナイの切っ先がネジの首筋に触れた。
背中を這いあがったのは、確かに恐怖だった。一瞬にして肌が泡立つ。
いきなりの圧迫感にネジは動くことができなかった。
なんて殺気だ。
先ほどまでどこか飄々としてのらりくらりとやり過ごしていた相手とは違う、まるで別人のほうな空気に息が詰まる。
ほんの一瞬のことだった。
「大丈夫か、ネジ」
すんでのところで尚樹の手首をつかんだガイの声が、先ほどの空気をかき消した。
見れば、ちょうどネジのいたところを挟むような形でガイとカカシが尚樹を止めに入っていた。
肝心の尚樹は、後ろから止めに入ったカカシに支えられる形でぐったりとしている。
「……ちょっとアスマ、何もみぞおちに入れることないでしょ」
「悪い、つい」
どうやら気絶させられたらしい尚樹に、ネジはなんだかほっとすると同時に、背中が汗ばむのを感じた。
音が聞こえてきそうなほど心臓が激しく脈打っていて、頭にがんがんとひびく。
吐き気がしそうだ。
なれた手つきでカカシが尚樹を抱え上げる、その姿を目で追った。
「……そいつは……忍術ができないなんて、冗談だろう?」
いきなりのネジの言葉に上忍3人がネジを振り返る。三人の視線を浴びながら、ネジは先ほどその目で見たことをそのまま告げた。
「そこまでチャクラコントロールに長けたやつが忍術を使えないなんて、あり得ない」
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