逃げ水-11-

たえまなく繰り出される拳と蹴りをカンで避け、避けきれないものは念でガードしつつ受け止める。
何故カンなどという不確定なものに頼っているかというと、もちろん相手の動きが速すぎてすべてを目でおうことは難しいからだ。
見ようと思えば見えるのかもしれない。だが見えてから避けていたのでは遅い、と尚樹は判断した。
おもり付きでこれなのだから、本気でこられたら避けられないな、と全身緑色の少年を見つめた。
容赦なく繰り出される蹴りを受け止めると、その衝撃に体がわずかに浮く。そこを狙ったように拳が迫る。
避けられる、と尚樹は判断したが、更に体勢を崩すことを嫌っておとなしくその攻撃を受けた。
もちろん、念でうっすらガードすることも忘れない。
しっかりとみぞおちに決められ派手に吹っ飛ばされた。受け身は特には取らなかったが、地面に対して遠慮はいらないので、今度はガッツリ念でガードしておく。
大して痛くはないが、殴られた勢いに一瞬息が詰まって視界がぼやける。
は、と肺にたまった空気を一気に吐き出した。


押されてはいるものの相手の攻撃をうまくいなしていく少年を、アスマとガイは見つめた。
ガイの生徒であるロック・リーは忍術こそまともに扱えないが、体術においては同班の日向ネジをしのぐほど。
派手に攻撃を食らって地面に転がる尚樹に、アスマは苦笑を漏らした。
「リー相手に手加減するとは、なかなか頑固者だな」
「尚樹があそこまで動けるとは……カカシのやつ、さすがは俺のライバルだ」
いったいどこをどうやったらそういう話に……とあきれながら、アスマは煙草を吹かして煙と一緒に流しておいた。
アカデミーの放課後、暇を持て余していた尚樹を連れ出してやって来た第3演習場。
ちょっと興味がわいたので尚樹の忍術や体術を見てみようというアスマの試みだったのだが、ちょうどそこでガイたちに会ったのだ。
渋る尚樹をなだめつつ、何事も練習ということで、今現在リーと手合わせをさせているところなのだが。
苦手だと言っていたわりにはなかなかいい動きをするとアスマは感心していた。
吹っ飛ばされた尚樹は、やはりあまりダメージはなかったようでその場に立ち上がり呑気に砂を払ったりしている。
それではわざと攻撃を食らったことがバレバレだ。
以前尚樹が手加減をして相手に怒られた、というのもうなずける。
未だぴんぴんしている尚樹に、リーはわずかに困惑顔だ。先ほどからそれなりに攻撃を、しかも結構重いのを決めているのに相手にダメージがないことが不思議なのだろう。
尚樹の事情も、リーの困惑も分かるアスマは参ったな、と頭をかいた。
「リー、かわれ」
そんな二人を見かねたのか、今まで黙って観戦していたネジが声を上げた。
その言葉に、何故かリーではなく尚樹が駆け寄り、バトンタッチとばかりにネジの肩に軽く触れた後、アスマの後ろへと引っ込んだ。
「……おい、尚樹?」
何やってんだお前は、と見下ろしたアスマに尚樹はいやだって疲れたし痛いのヤダと目で訴えてみた。
が、もちろん通じるはずもなく。
ガイのほうにもSOSの視線を送ってみたが、親指を立てていい笑顔を返してくれた。
全然通じてない。
背中を押されて再びしぶしぶと向かい合った尚樹を、ネジは静かに観察した。
一見隙だらけだが、おそらくそれはちょっとした誘導なのだろう。先ほどの動きをみていると、リーの動きをすべて見きっているわけではないようだ。
目が、リーの動きを完全には追っていなかった。
実際に相手をしていたリーは気づかなかっただろうが、はたから観察していたネジは途中からそのことに気づいていた。
そして、見えない攻撃をどうやってよけているのか、ということを考えていたのだ。
おそらく、わざと隙を作って相手の攻撃を誘導している。どこに攻撃が入るのか分かっていれば、よけることは難しくない。
それを実行に移すことはかなりの慣れが必要だとは思うが。
もう一つ気づいたことは、尚樹にリーのような剛拳は通じないということ。どうやっているのか、うまくインパクトをへらされてダメージを与えることができない。
「……白眼」
だが、柔拳なら話は別。
ネジの意図をくみ取ったのか、ガイがほどほどに、とくぎを刺す。
それにうなずくだけで返して、ネジは地面を蹴った。
一発目は案の定よけられる。完全でないとはいえ、リーについて行けるほどの相手だ。ネジの動きなら見えているだろう。
しかし、すべての攻撃をよけるタイプでないことも確認済みだ。
おそらく無理をしてまで避けることはしないはず。そして避けずともダメージを回避できると踏んでいる。
そこがネジの狙い目だった。
あててしまえばこちらの勝ちだ。
今度は確実に動きを見きって最小限の動きで攻撃をよけていく尚樹に、ネジは休むことなく手を繰り出した。
「柔拳はさすがに食らうとまずいんじゃないか?」
「なに、心配するな。その辺はネジもうまく手加減するさ」
リーのときと同様避けることに徹する尚樹を目で追いながら、アスマは今更不安になって来た。
柔拳は主に内蔵へダメージを与える。それは体を鍛えても不可避だ。
下手にけがさせるとカカシに怒られるのは俺なんだけどな、と軽く言ってくれちゃったガイにため息をついた。
一方尚樹はと言えば、内心で冷や汗をかいていた。もうあまり原作は覚えていないが、ネジの攻撃をまともに食らうとまずいということはうっすら覚えている。というかたった今思い出した。
だからこそ、必死で逃げ回っているわけだが。
避けてばっかじゃ決着がつかんぞーと他人事のように(実際他人事だが)野次を飛ばすアスマに途方に暮れる。
とりあえず凝をしてネジのチャクラの動きを観察してみた。そうする間にもどんどん押されて逃げ場が少なくなっていくので、あまり呑気なことはできないわけだが。
多分、念で言うと放出系とか強化系とかそんな感じなんだ。
きっと特別な技じゃない、はず。
そう結論付け、意を決して尚樹はネジの攻撃を受け止めた。手のひらからの攻撃を食らわないようその腕を払って軽く間合いをつめる。
下から蹴り上げるようにあごを狙ったが、うまく避けられた。
もちろんそこに相手の攻撃が入らないはずもなく。痛くありませんように!と半ば賭けのつもりで相手と同じ量のオーラを脇腹に集めた。
ネジの攻撃がきれいに入って、一瞬お互いに動きが止まる。
本当に一瞬だったが、ネジにはその時間が相当長いものに感じられた。
攻撃のインパクトから先に離脱したのは尚樹の方で、後方へと跳躍し間合いを取る。
相手が全くダメージを受けていないことに、ネジは少なからず動揺した。
そんなことなどつゆ知らず、尚樹はうまく相殺出来てよかった、と内心で胸を撫で下ろしていたわけだが。
とりあえず流々舞見たいにやっとけば痛い思いはしなくてすむかも、と高をくくった尚樹は、ちょっぴりネジを本気にさせてしまったことには幸運にも気づかなかった。