逃げ水-6-

念と似たようなものなのだろう。
眼を凝らせば、彼らがチャクラと呼ぶものが見える。
尚樹にはそれが念と同じに見えていた。
ただ、念と違って忍術は皆共通の術を使い、系統を持たない。
考え方が違うのか、それとも念とは根本的な何かが違うのか。
具現化系の尚樹にとって、忍術はいまだ理解の及ばないものだった。


もうほとんど人の残っていない教室で、復習でもするかと教科書を開いた。
窓から流れ込んでくる風が教科書をぱらりぱらりとめくる。
外はまだ明るくて、でも風はわずかに夜の気配を運んでいた。
「夜一さんも連れてくればよかった」
基本的にカカシの家で留守番をしている飼い猫は、尚樹の数少ない話し相手だ。
いつもはイルカが尚樹の相手をしているが、彼だって教師であり忍者だ。
忙しい日もある。
カカシが迎えに来るにはまだ早い時間。
のびてうざったくなってきた前髪を無意識にかきあげた。
がらっと引かれた戸に、尚樹はゆったりと視線を向ける。円をしていたから、彼がここへくることは分かっていた。
「よお、暇か?」
「うん。暇すぎてなんだか楽しくなってきた」
「なんだそりゃ…」
尚樹の言葉に、シカマルが顔を眇める。
暇は、尚樹にとって苦痛ではない。暇は人を殺せると言うけれど、ぼんやりしているのも尚樹は好きだった。
シカマルにしてみれば理解不能だが、「めんどくせー」が口癖の彼とは分かり合えそうだと尚樹は一方的に思っている。
「シカマルは? もう帰ったんじゃなかったの?」
「お前の相手を頼まれたんだよ。めんどくせーけどな」
「…シカマルって、優しいよね」
今のはちょっと惚れそうだったという尚樹に、なんともいえない表情でシカマルは「気色わりー」と返した。ひどい。
「将棋?」
なんだか懐かしくすらあるそれをシカマルの手の中に認めて、尚樹は首をかしげた。
暇つぶしにはちょうどいいだろ、と向かいに座って準備を始めるシカマルにならって、尚樹もこまを並べる。
長いことやっていないので、細かいルールはあやしいがまあ何とかなるだろう。
「あ、そういえばシカマルって将棋得意なんだよね?」
「あー? ………まあ」
「じゃあ、飛車角落ちね」
ひょいひょいとこまを取り上げる尚樹に、それでも余裕だと思ったのかシカマルは特に抵抗しなかった。
時折ぱちりぱちりと木のぶつかり合う音がする。
「そういえばさー、シカマルはこの辺にバイトとか募集してる花屋知らない?」
「あー? …とりあえず、王手な」
「まじか。じゃあシカマルの金もらっちゃうぞ?」
「まず逃げろ!まず逃げろ!」
「金ゲットー」
マジでやりやがったこいつ…とシカマルは激しく脱力した。
「……お前、忍者向いてない。絶対」
「うん、俺もそう思う」
別に同意して欲しかった訳ではないのだが、シカマルの言葉に尚樹が本気でそう思っている、というかのように深くうなずいた。
そういえば、こいつナルトと並ぶくらい…むしろナルト以下かもしれない忍術の使い手だった、と思い出す。
おとなしくて目立たないからあまり気にとめていなかったが、そういえばよく実技で失敗している。むしろ成功したところを見たことがない。
それにしても…こんなにあほだったなんて、と尚樹に対する認識をちょっぴり改めた。
「…で、花屋だっだか?」
「うん、そう」
「イノんところが確かそうだろ。つか、何すんだ?」
「うん、就職活動?」
「…は? お前忍になりたいんじゃないのかよ?」
「……シカマルは、俺が忍者に向いてると思う?」
お世辞にも向いているとはいない。先ほどそう言ったばかりだから、さすがに口にはしなかった。
「イノって…山中さんのことだよね?」
「ああ」
「ありがと。今度聞いてみる」
そう言っておもむろにこまを並べ始める尚樹に、まだやる気か、と先ほどのお粗末なゲームを思い出してため息をついた。
「…って言うかオイ、どんだけハンデつける気なんだ」
飛車角はもちろん、金将銀将桂馬香車と歩兵以外のものをよけていく尚樹にシカマルはたまらず突っ込んだ。
尚樹は尚樹で何か悩むように盤面を見つめている。
そして、何かを思いついたように顔を上げた。
「じゃあ俺も飛車角落ちにする?」

「……もういい、十枚落ちで」


「カカシ先生、どうやったらシカマルに将棋で勝てると思います?」
「……もっと他の土俵で勝負しなよ」
悪いけど君、そういう頭脳戦が得意とは思えないから、という言葉はそっと胸のうちにしまっておいた。