約束

右も左も白を基調とした代わり映えのない空間が続く。
並ぶドアはどれも同じで、きっとどの部屋も左右対称の同じ構造であることが容易に想像できた。
廊下に続く窓から光が差し込んで、少し眩しくすらある。
床におちる四角い影を目で追いながら、人気の無いその場所で、尚樹はひとりため息をついた。
「………自分の部屋、どこだっけ」


大浴場があるとネテロさんが教えてくれたので、喜び勇んで入りにいった。
ハンター試験中ろくにお風呂に入れなかったので、いろいろ限界だったのだ。
もちろん夜一さんは大浴場に入れないので、部屋でお留守番してもらうことにした。
……それが失敗だったわけだが。
行きは矢印にそって歩けばよかったのだが、帰りはそうは行かない。
何がうかつって、自分が何号室かすら把握してなかったこの状況だ。
とりあえずこういうときは誰かに助けを求めるしかない、と尚樹は一番近くのドアを叩いた。
こういうとき、自分のいつまでも幼い容姿は役に立つ。
迷子を装えばいいからだ。……実際に迷子だが。
「すみませーん」
こんこんとドアをノックしながら声をかけると、中で人の動く気配。どうやら空室ではなかったようだ。
しばらくして中から顔を出したのは、一応知っている顔。
そういえば、このホテルはハンター協会が貸しきってるんだっけ、と今さらながらに思い出した。
それを考えれば、人のいる部屋に当たったのは幸運としか言いようがない。
「何か?」
無骨だが、誠実、真面目、というイメージがぴったり来る。
きっと彼なら快く助けてくれることだろう。
つくづく運がいいというか、自分の外見がいたいけな少年でよかったというか。
「お休み中のところすみません。実は道に迷っちゃって……ネテロ会長の部屋とか、分かりませんか?」
いきなりの訪問に驚いたようだったが、案内しよう、と部屋に鍵をかけた彼に、尚樹は深々と頭を下げた。
この世界でこういう常識や優しさを持ち合わせた人に出会うと、もう無条件にありがとうといいたくなる。
「ありがとうございます。えっと……」
「ボドロだ」
「ボドロさんですね。俺は尚樹です」
お互いに名乗りあって、ボドロが尚樹の手を取った。
相手のその行動に、ああきっと彼も俺のこと10歳くらいだと思ってるんだろうな、とちょっぴりやるせない気分になった。


いきなり部屋を訪ねてきて迷子宣言した少年の手を引きながら、時折その小さな頭を見下ろした。
風呂にでも行った帰りなのだろう、毛先から時折雫が落ちる。
本人は気にしていないのか、シャツの襟や肩がそのしずくで濡れていた。
その細い首筋や肩が頼りなく見え、命を落とす危険すらあるハンター試験に参加するにはまだ早いような気がした。
それと同時に、こんな小さな子供が最終試験まで残っていることに驚かざるをえない。
自分と少年しかいない廊下で、ボドロは立ち止まった。
急に立ち止まったボドロに、戸惑いながらも少年も足を止め、顔を上げる。
その手から、ボドロはバスタオルを受け取って広げる。
「もっとちゃんと拭かないと、風邪を引く」
そういって髪を拭いてやると、最初は驚いていたものの、すぐに気持ちよさそうに子供を眼を細めた。
その動作が人懐っこい犬のようで、ボドロは試験開始から初めて和んだのだった。


「このご恩は必ず返しますね」
別れ際にそういって手を振った少年に、気にするな、とボドロは手を振り返した。
その軽いやり取りが、実は重要なものだったことに気付くのはもう少し先のことだ。