Rainyday Tea

雨が降っていた。
晴れていれば店先に並べられる花も、今日は皆店内へと納められどこかひっそりとしている。
カウンターの背の高い椅子に座り、尚樹はひとり、今日は何をしようかとぼんやり考えた。
先ほどつけたストーブが思いのほか暖かく、油断すると寝てしまいそうだ。
「うーん…」
店の主人は先ほど幼馴染であるケイに用があるとかで出かけている。
つまり、今は尚樹しか家にいないわけで。
「…とりあえず、お茶でも入れようかな」
やたら品揃えの豊富なお茶葉をながめ、スタンダードな緑茶を手に取る。
「僕は紅茶のほうがいいな」
とうとつにかけられた言葉に、ひやりと首元が冷えたような気がした。
そして、振り返らずとも相手が念の使い手であることが分かる。それも、かなりの。
まいったな、と尚樹はこころの中でつぶやいた。
つい先日、ハンターの世界に来たのに念を使えないなんてもったいな過ぎると思い、ゼタさんから念を習った。
先日、といっても尚樹はゆっくりと念を起こしたので実際に習い始めたのは2ヶ月ほど前だが。
つまり、ようやく纏を出来るようになったというレベルな訳で。
きっと、逃げることすらかなわないだろう。
いやもちろん完璧にマスターしていたとしても確実に死亡フラグだけどね? 
短い人生だったなぁ、ともはやあきらめモードで振り返ると、見知った顔。
なんだ、こいつか。
「そういう声だったんですね、ヒソカさん」
アニメは見たことがなかったから、声では彼だと分からなかった。
珍しくもピエロ姿ではないヒソカを、まじまじと見やる。
予想以上に美形だ。冥土の土産にはちょうどいいかもしれない。
一方ヒソカはといえば、尚樹の反応に、笑みを深めた。
「僕のこと、知ってるの?」
「顔だけなら」
「へぇ…」
僕も有名になったもんだねぇと意味ありげな視線を送るも、マイペースに入れたばかりの紅茶を渡される。
隙だらけ、警戒心なし。
なんとなく毒気を抜かれて、熱い紅茶に口をつけた。
「店長はいるかい?」
「いえ…出かけてますよ」
「すぐ戻る?」
「夕方には」
「ふーん…じゃあ、雨も降ってるし待たせてもらおうかな」
その言葉に子供が少しだけ顔をゆがめる。隠す気はさらさらないようだ。
「そう嫌そうにしないでよ。傷つくなあ」
「そんなに繊細じゃないでしょう」
「くっくっく」
かわいらしい見かけによらず意外とはっきりとものを言う。
気に入った。
「君、念はどの程度使えるの?」
ゆらゆらと少年の身体を覆うオーラを見つめる。
量はいくぶん少なめに見えるが、意図的に抑えているのかもしれない。
「まだ習ったばかりですよ。別に、使えたら便利だなーって程度ですから、これからも劇的に使えるようになる予定はありません」
のそのそと差し出されたせんべいを受け取る。
飲み物は紅茶だが、それに気を使ってくれる気はないらしい。
少年は緑茶だから、そんなことは気にならないのだろう。バリバリと噛み砕くと醤油の味がした。
自分のことを知っているのにこの態度。
なかなか将来有望だなぁ。
「そういえば、ヒソカさんは今日は普通の格好なんですね。一瞬分かりませんでした」
「ああ…まあ、たまにはね」
「俺はそのほうがピエロよりいいと思いますけど」
「ピエロじゃなくて奇術師なんだけどね」
ヒソカと同じくばりばりとせんべいをかじりながら、どうでもいい風に少年がしゃべる。
あまり感情が顔に出ないタイプなのかもしれないと、そのどこかぼんやりした子供の表情を見遣った。
「ところで君、店長の何?」
ここの店長に子供はいなかったはずだ。
自分の記憶が正しければ、子供はおろか、親戚もいなかったはず。
「うーん………一応、養子? です」
2枚目のせんべいに手を伸ばしながら子供が答える。
それは、意外な答えだった。
「へえ…彼は子供は好きそうに見えなかったけどねえ」
「まあ、好きではないんじゃないですか?」
いそいそと2杯目のお茶を注ぎながら少年は答えた。
自分のことなのに、まるで他人事だ。
そっと差し出されたぼうろを受け取った。
またもや、紅茶のことなど考えないセレクトだ。
ヒソカはそれをおとなしくほおばる。
飲み干した紅茶のカップに、急須から緑茶がそそがれた。
やはり、紅茶のことなどお構いなし。
ぼうろを食べて口が渇いたので、おとなしくそれに口をつける。
「そういえば、君、名前は?」
「あれ? 言ってなかったですか?」
差し出された落雁を受け取りながら、ヒソカは頷いた。
少年は名乗ったつもりだったのだろう。おかしいなあと首をかしげている。
その手には、今か今かと待ち構えているように最中が握られていた。
「………さっきから、君はなんでそんなにお菓子をくれるのかな?」
落雁を食べ終わると同時に差し出された最中を受け取りながら、ヒソカは思わず聞いた。
こぽこぽと3杯目のお茶が注がれる。
ヒソカが飲んでいたのが紅茶だったのを思い出したのか、はたまたお茶が薄くなったせいなのか、今度は再び紅茶だ。
自身も最中をほおばりながら、子供はくるりと視線を一周させた。
もぐもぐと口を動かし、お茶で飲み下す。もぐもぐごっくん。
そして、ゆったりと口を開いた。

「いえ………なんか結構素直に食べてくれるのが面白かったものでつい…」
ちょっとした出来心ダッタンデス…と少年はそろそろと大福を差し出したのだった。