November 07
蚤の市でそれを見かけた。
値札には赤いマジックでJ 100と書いてある。
店の店主に幾ばくかのお小遣いをもらっている尚樹は、それを見て立ち止まった。
大きさはちょうど良いくらいだろう。値段は破格。
それの前にしゃがんでじっと観察に入った尚樹を、夜一は訝しげに見上げた。
今度は触って手触りを確認。これなら合格だろうと尚樹は一人うなずいた。
ただ、お小遣いをもらっているとはいえこんなものに使って良いものか。
無駄遣いはいけない無駄遣いはいけないと思いつつも、お金がなくて買えないのかと勘違いしたおじさんに「50ジェニーでいいよ」と言われて、即購入してしまったのだった。
昼
蚤の市から帰ってきた尚樹は店主に妙な顔をされながらも、購入したばかりのそれをカウンターの隅に置いた。
床に置くのがいいらしいのだが、さすがに店内の床に置くのははばかられたためだ。
もちろん、フタはとっておく。
いつもどおりのんびりお茶を飲んだり、花束を作ったりしてすごしながらも、その視線は時折カウンターの隅に置かれたそれと、なぜか夜一に注がれた。
夜一も思わず花屋のカウンターには異質なそれにじっと視線をやる。
これで何をするつもりだ………?
一見何の変哲もないそれに夜一は顔を寄せてよく観察してみる。
すると自分の飼い主のほうから熱い視線を感じた。
じと目で振り返ると、さっと顔をそらしていかにも「見てませんでしたよ?」という振りをする飼い主になぞは深まるばかりだ。
一つだけそれの使用法に心当たりがあるのだが、というかそういう用途にしか使われないものだが、考えれば考えるほど嫌な予感がするのであえて考えないようにする。
とりあえず、それに不用意に近づかないほうがいいな、という判断を下した。
夜
カウンターから居間の床へと移動したそれにとうとう店主が口を開いた。
「尚樹…あれは何だ?」
店主の問いに尚樹が首をかしげる。何でそんなこと聞くんだろう? とその顔には書いてあった。
「何って…土鍋、ですけど…」
「それは分かってるが…なぜ床においてるんだ?」
「あ、大丈夫です。時期がきたら机に移動しますから」
「………そうか」
根性なし!と夜一は叫んでやりたい気分だった。
何の進展も見せなかった会話に痺れを切らし、自らそれを検証するべく歩み寄る。
まず、前に座ってそれをじっと眺めた。いたって普通の土鍋だ。
次に、顔を突っ込んで臭いをかいでみる。特に気になる臭いもない。
さらに前足でそれの感触を確かめた。少しひんやりとしているが、金属とは異なる冷たさ。素焼き独特の滑らかながらもどこかざらついた肌触り。
やはり、どこもおかしいところなどない、ただの土鍋だ。
うーん…と考えながらさらに観察すべく土鍋の中に足を踏み入れる。
………。
背中に飼い主の熱い視線と訝しげな店主の視線を感じる。
気にしない気にしない。
というか、自分の飼い主は自分に何を期待しているのか。
…………。
なんだかほんのりと土鍋が暖かくなってきた。
まぁ、鍋というくらいだし保温性に優れているのかもしれない。
よいしょ、と足をくずすとなんだかいい感じに腰の辺りが土鍋の底にちょうどよく収まった。
……………。
いつも昼寝をするときのように丸くなってみる。
ふむ…なかなか。
ごそごそと身体を動かして具合のいいところに収まる。
もはや土鍋の探求のことなどすっかり忘れて、夜一は猫の本能に忠実に行動し始めてしまったわけだが、もちろん本人はそんなことなど気付いていない。
そっと土鍋を持ち上げた尚樹が、できるだけ刺激を与えないように慎重にそれを机の上に置いた。土鍋の中にはもちろん、熟睡した黒猫が丸くなっている。
蓋を立てかけて、箸と皿まで用意していたらしい尚樹の表情は、どこか満足そうだ。
めずらしく目を輝かせて飼い猫の行動を眺めていた尚樹を眺めていた店主は、頬が緩みそうになるのを必死に堪えていた。
ひそかに可愛い物好きの店主は、鍋に入る猫にももちろんくらっときたが、さらにそれを一日中待っていたらしい子供に完全にノックアウトされていた。
後日、尚樹の部屋と居間、店のカウンターの隅には、当然のごとくそれぞれ土鍋が設置されることになる。
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猫を飼っていたらいそいそと土鍋を買いに走りそうでした(笑)
11月7日は「鍋の日」だそうで、とてもタイムリー。