黄色い偏見
心理テストをしようか、と少年が男たちに向かって差し出したのは左から白、黄、赤のバラ。
さぁあなたはどれを選ぶ?
その日尚樹は朝から難しい顔をして店の最奥にあるカウンターに腰を下ろしていた。
カウンターの上には、バラ。色は白、黄、ピンク、赤。まだつぼみの開いていないものから開いているものまでいろいろだ。
そのうち開いてしまって売り物にならないと判断されたバラは、既に花被だけになっていた。柔らかい花びらが幾重にも重なり、美しいと言うより愛らしいそのバラは数ヶ月前から仕入れ始めたもの。
尚樹がなぜ難しい顔をしているかと言うと、売れなくなったその花をはたしてジャムにしようかキャンドルにしようかという実にせこい思考ゆえだった。
店の主人と違い商魂たくましい尚樹は売れるものは売ってしまえ売れないものは売り払えという信念の持ち主だ。そのわりについ常連さんにサービスしてしまうのは、もちろんそこに客をつなぎとめようという計算があるからではない。断じてない。
「ジャムの方が効率は悪いよなぁ」
キャンドルにする場合はせいぜい飾りにするぐらいだから、たいして量はいらない。小さいものなら花びら一枚でも足りるくらいだ。しかしジャムとなるとそれなりの量がいる。
ただ、バラジャムの方が珍しいのも確かだ。
折衷案かな、と尚樹はキャンドルようにいくらか花びらをよけて、ジャムようにとがくを丁寧に取り除く。すべて取り除いたところでまだつぼみのバラを手に取る。
開ききる前のバラのほうが当然香りはいい。しかしつぼみのものまで使ったら金儲けにならないような…と尚樹は逡巡し、結局今回は見送ることにしてバケツに戻す。どこまでもせこい。
「テッテレテレテレテッテテーテッテレテレテレテッテテー」
おそらく尚樹以外誰も分からないであろう超短縮料理番組の音楽をどこか調子はずれで歌いながら円筒状の型とそのうち使えるかな…ととっておいた耐熱性の瓶をいくつか取り出して準備を始める。
どうやらさっそくはじめるらしい。思い立ったが吉日、猪突猛進。店番はいいんですか。
あとは蝋をとかして流し込むだけ、というところまで準備した尚樹は蝋を溶かしに台所へと引っ込んだ。
湯銭をしながらもうそろそろいいかな? と鍋を睨んでいた尚樹はふと店のほうに人の気配をわずかに感じる。
「ゼタさーん、お客さんじゃないですか?」
書斎の方に引っ込んでいる店主に声をかけると、いつもどおりなかなか渋い声で今日は予定はないとの返事。はて? と首をかしげて尚樹はコンロの火を消し蝋の入った鍋を片手にパタパタと店の方に向かう。
店の方に顔を出すと、そこには数日前に見た顔と、尚樹が一方的に知っている顔が2つ。
とりあえずうっかり持ってきてしまった鍋をカウンターに置き、滅多に使用しない表情筋を酷使して笑顔を作る。
ついでに駆け寄って相手の腰の辺りに抱きつきお決まりの一言も忘れない。
「ぱぱー!」
「…は?」
少年の言葉に抱きつかれた青年の両側に立っていた2人の目が冷たくなる。
「…団長サイテー」
「…まぁいいじゃねぇかシャル。団長もいい年なんだし」
「ちょっ…!待てお前らこいつは違うぞ」
青年があわてて否定するも逆効果。ただひたすら違うと言い募る青年に満足したのか尚樹は手を離してノリが悪いよね、そこはマイサンとか言うべきじゃない? といけしゃあしゃあ。
青年は店に来てそうそうがっくりと肩を落とした。
「それで、今日は何のようですかショタコ」
ンのオニーサンと続けようとした尚樹の口を青年があわてて塞ぐ。
「頼むからそれがあたかも俺の名前であるかのような呼び方はやめてくれ」
「誰ですかこの前名乗らずに帰ったの」
うっとどうやら名乗るのを本気で忘れていたらしい青年は口ごもる。その彼を2人の連れは珍しいものでも見るかのように眺めていた。
「ってそういえば冷める!」
先ほどまで蝋を溶かしていたことを思い出した尚樹はあわててカウンターにおいた鍋をつかむ。若干冷えてはいたがまだ大丈夫だと判断した尚樹は急いでそれを型に流し込んだ。
瓶の方にはついでに花びらを何枚か沈める。
「キャンドル?」
「ええ、試作品で作ってるんです」
さわやかの代名詞のような連れの1人の問いに、尚樹は先ほどとは打って変わって礼儀正しく答える。
「俺シャルナークって言うんだ。よろしくね? シャルでいいよ」
「尚樹です。よろしく」
さりげなく青年より先に自己紹介を済ませるさわやか青年。もう1人の連れもそれに習って「ノブナガだ」とぶっきらぼうに名乗る。
ノブナガさんは花屋に激しく似合わないなーと失礼なことを考えつつも尚樹は礼儀正しく返す。
すっかり出遅れた青年は憮然としてクロロ、とだけ名乗った。
「ところでこの店は表にしか椅子がないのか?」
どうやら長居する気満々の青年…クロロはさして広くもない店内を見回す。大の男が3人も店の中にいたらむさくるしいことこの上ない。尚樹はもう今日は商売にならないなと溜息をついた。
「表のはダメですよ、銀の椅子ですから。若者なんだから立ってたらどうです?」
「え!? あれ銀で出来てるの!?」
どう見たって木造です。少年の言葉を勘違いしたらしい青年…シャルナークが目をぱちぱちさせる。尚樹は不覚にも胸きゅんしてしまった。ちなみに銀の椅子=シルバーシート。
「シャルさん+5点。ここでよければ座ってください」
尚樹は自分の隣をぺちぺちと叩く。カウンターの中の椅子は3人掛け。
何が+5点なのかと首をかしげつつもシャルナークはありがたくそこに腰を下ろす。
「ってちょっと何あなたついてきてるんですか。カウンターの中に入らないで下さい」
「シャルは入ってるぞ」
「シャルさんはさっきちゃんとポイント獲得したでしょうが」
不満顔のクロロを尚樹はしっしっと犬のように追い払う。どうやらポイントを稼がないと残り定員1名の場所は獲得できないらしい。一体どういう加点方式なのかとクロロは思考をめぐらせる。
考えたところで加点基準が尚樹のときめきだとは思うまい。
尚樹はそんなクロロを気にも留めず、お茶は何にしようかとカウンターの後ろの棚を見つめる。やはり無難なのは紅茶かなぁと手を伸ばしたとき今まで成り行きを見守っていたノブナガが口をはさんだ。
「梅昆布茶なんてまぁ珍しいものおいてんな」
「…飲みます?」
「そうだな、俺は紅茶よりそっちがいい」
「ノブナガさん+10点。シャルさんの隣どうぞ」
尚樹の言葉にびしぃっとクロロが固まる。とんびに油揚げ。
一方尚樹は自分の言葉にクロロがショックを受けているとも知らず鼻歌まじりにお茶の準備を始める。
「ノブナガ、梅昆布茶って何?」
「何って言われてもなぁ…ジャポンのお茶? 味がちょっと独特だな」
「へー…尚樹君、俺もそれがいいな」
気になるのか、シャルナークは尚樹の持っている梅昆布茶の缶を興味津々と見つめる。尚樹本日二度目の胸きゅん。
「うーん…好き嫌いの分かれるお茶だから試しに一口飲んでみてください」
尚樹は自分の湯飲みについだ梅昆布茶をシャルナークの前におく。なんだかいかにも外国人な容姿の人が梅昆布茶飲んでるなんて変な感じ、と尚樹はシャルナークが恐る恐る湯飲みに口をつける姿を眺める。
「…ホントだ、変わった味だね」
「飲めます?」
「うん。結構いける」
二口目を飲んでシャルナークが言う。そう言って貰えると嬉しいなぁと尚樹は顔を緩ませた。
今まで共感してくれる人がいなかったらしい。
1人蚊帳の外であるクロロは呆然としてその光景を眺める。前回といい今回といいなんだか少年の自分に対する扱いがひどくないだろうかとちょっといじけちゃう齢23。
「ちょっとそこの人、いじけないでよね。うざったいったら」
とどめの一撃。シャルナークとノブナガはクロロに哀れみの視線を送るともに、一体どんな恨みを買ったんだと呆れた。
しょうがないなぁと尚樹はどこからか棒切れのようなものを取り出し、何事か呟く。ひょいと何かを引く動作に答えるかのように店の奥…自宅の方から丸椅子が飛んできた。それは音もなくクロロの隣に落ちる。
「それで我慢してください」
いきなりのことに大人たちの目が尚樹に集中する。
しかし尚樹はと言えば、何事もなかったかのようにお茶の準備に戻っていた。
「はい。たいしたものないですけど」
尚樹がせんべいとクッキーというすごい取り合わせのお茶菓子をカウンターに置いたところで、クロロは我に返った。